「自分の親なんだから介護してあげないと」という思い込みで自分を追い詰めていませんか?

『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(岡山容子著)は、複雑な感情を抱える「関係のよくない親」「疎遠な親」の最期にどう向き合い、自分自身の心を守るべきかを自身の看取りの体験談とともに紹介しています。

今回は本書から一部抜粋し、家族の介護に「金銭による清算」を取り入れて精神的な平穏を保つ具体的なエピソードを紹介します。


■姉の介護にバイト料を提案
父が母と離婚し、その後2人目の妻とも離婚したあとのことです。父の生活の支援のために姉がしばらく週3回ほど実家に行ってくれていた時期がありました。

そのときに私は、父に対して「姉にアルバイト料を支払うように」と言ったことがあります。それはのちのちの姉妹げんかを防ぐためでもありました。

私たち妹らが「お姉ちゃんありがとう」と言っても、きっと自分の時間と労力を取られることについて、姉にも気持ちの収まらない部分はあるでしょう。

また、のちのちの遺産分割のときには「全員同額なんて納得できない」と言うかもしれないと思いました。

姉の気持ちは断定できませんが、少なくとも私ならそう言うでしょう。過去の貢献を考慮に入れて遺産で清算するというのは、バランスや計算がなかなか難しいところがあります。

それならば、支援したその場でニコニコ現金払いのほうがいいと考えたのです。父は私の言うとおりに姉の支援に対してお金を支払い、月10日~15日程度実家に行って、10万円程度のアルバイト料を姉は得ていたそうです。

■無料の飯作りで溜まった怒り
父は「あいつは金やらな来えへん」とぼやいていましたが……。私は父に対して、こう伝えました。


「実家の片付けとか洗濯するなら、お金をお父さんからもらってって言ったんは私。お姉ちゃんはお金を払ったら来てくれるけど、私はお金をもらっても行かへんからね。お金あげたら来る娘とお金あげても来えへん娘と、どっちがましやねん」

そう伝えたら、父は何も言いませんでした。その後父と母は再婚し、やがて母が亡くなりました。

母が亡くなったあとも引き続きサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)で暮らしていた父でしたが、入居当初はごはんに満足していましたが、途中から厨房の体制が変わって満足できなくなった時期があります。

「飯がまずい」と何度も言うので、私はおかずを持っていくことにしました。それは、母が父の貯金をすっからかんにして亡くなったあとのことです。

父が「金がない、金がない」と言うのも当然かと思い、とくにアルバイト料もとらずに、おかずを持っていっていたのです。しかし、毎日のことです。

そのうえ私の家ではまとめて作って数日同じものを食べるというのは当たり前なのですが、父は昭和の人間です。毎日同じおかずというのもいやがるかと思って、日ごとに種類の違うおかずを作っていました。

そうしているうち、私もかなりのストレスになっていたのでしょう。
そのころは精神的に荒れていました。その時期の正月の出来事です。

■その場で現金清算する重要性
サ高住から堺の実家に帰省したときに、父が実家の近所の人たちに小遣いをあげると言い出したのです。「あいつに何万円小遣いやって、あいつにも小遣いやって……」と話す姿を見て、私は激怒したのです。

「母が亡くなって4カ月ほど無料でご飯作りをしてきた自分には、食材費を含めてまったく金銭的な返礼はないのに、なんら父の面倒をみるでもない赤の他人に気前よく小遣いをあげるなんて!!!! 」

その騒動のあとは、材料代と労働代を父から徴収しました。お金の問題はその場で清算することが、揉めごとを作らないために必要なことだと思います。

岡山 容子(おかやま・ようこ)プロフィール
医師。おかやま在宅クリニック院長。1971年、大阪府堺市生まれ。四人姉妹の次女として育つ。1996年、京都府立医科大学卒業後、麻酔科医として京都府立医科大学病院や西陣病院にて勤務、その後在宅医療分野へ転向。2015年、京都市内に在宅療養支援診療所おかやま在宅クリニックを開設し、訪問診療、緩和医療、認知症治療などに携わる。
2018年より産経新聞大阪本社地方版でコラム「在宅善哉」を連載開始(筆名:尾崎容子)で。現在は終末期をみる医師として、地域密着医療を実践するほか、看取りの勉強会を主宰する。
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