映画やアニメ作品のパイロットフィルムに特化した映画祭<渋谷パイロットフィルムフェスティバル>が、12月14日(土)に渋谷PARCOが手掛ける映画館<CINE QUINTO>にて実施された。
最初のプログラムでは、上映作品でもあった『この世界の片隅に』『つるばみ色のなぎ子たち』を監督している片渕須直氏が登壇し、作品の制作秘話などをたっぷりと披露してくれた。


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パイロットフィルムとは、映画や番組を製作するまえに、テストとして作られる映像のこと。企画書や脚本だけでは掴みきれない映像としての魅力を伝わりやすくし、制作チームや製作資本を集めるために活用される、いわば「映画の原石」だ。

そんなパイロットフィルムだけを集めた異色の映画祭として12月14日(土)に開催された<渋谷パイロットフィルムフェスティバル>では、全20作品の上映のほかに、豪華ゲストを招いたトークも実施された。最初のプログラムでは、『この世界の片隅に』や『つるばみ色のなぎ子たち』を含めた全6作品の上映が終わると、片渕須直監督が登壇。スクリーン上で自身のパソコン画面を共有し、実際のトークが始まった。

まず述べられたのは、パイロットフィルムを制作することの意義とは、「考えていることを一度形にする」と「世の中に周知する」の二点にあるということだった。
「考えていることを一度形にする」という点に関しては、いくつかの実例を挙げながら、パイロットフィルムと本編との間に様々な試行錯誤があったことを教えてくれた。

例えば、『この世界の片隅に』パイロットフィルムの中で、畑にいるすずさんの頭上を高角砲の弾幕が黒く染めるシーン。実際の呉の山上の高角砲からは白い弾幕の弾が撃たれたことを承知していながら、印象が伝わりやすい黒の弾幕でひとまず作ってみて、本編では史実に沿った白に戻した。
さらに、同じシーンのなかで飛んでいたモンシロチョウが、当日の気象データでは気温が低すぎてまだ飛ばないだろうことに気づいて描き直すなど、歴史学者のような細かい史料分析の様子も明かしてくれた。

また、パイロットフィルムと本編とでは、包丁の形が違っていることも挙げられた。パイロットフィルムの制作時には広島に独特な包丁の形があることに気づいていなかったのだという。
『この世界の片隅に』にはけっきょく間に合わなかったのだが、2019年公開の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』では全カット修正されたそうだ。

片渕監督の制作中の最新作でもある『つるばみ色のなぎ子たち』についても言及があった。今回上映されたものと同じパイロットフィルムは、YouTube上でも見ることができるのだが、この映像は平安時代の夜の暗さが表現できるかを試したものだったため、この映画祭のように劇場での環境でなければ意図した見え方にはならないというのだ。
実際に、YouTube上ではグレーにしか見えないものが、映画館で観ると闇になり、そのなかにあるディテールが細かくわかるようにもなっていた。『なぎ子たち』を完全に映画館用の映像にするかどうかは、今後の課題にもなるだろうということだ。

続いては、パイロットフィルムのもう一つの意義である「世の中に周知すること」と関連させながら、『この世界の片隅に』劇場公開までの過程について語ってくれた。
『この世界の片隅に』は2016年に公開されたが、企画自体は2010年からスタートした。2012年の正月までに脚本を書き終えると、いわばパイロットポスターとも呼べるようなものを2012年の8月に作った。スケッチのようなすずさんを描き、その後ろに絵コンテを置くことによって、絵コンテ作業が行われていることもアピールした。

ポスター発表後の2013年には、今回のフェスティバルで上映されたものよりもさらに古いパイロットフィルムを制作。監督のパソコンから、コトリンゴによる「悲しくてやりきれない」のメロディーとともに、軍艦をスケッチするすずさんの横をタンポポの綿毛が通りすぎる映像が流れた。
この最初期のパイロットフィルムのために描いた絵から、呉市のラムネ店の特典用のラベルを作るなど、様々な方法で人々の耳に届く、目に入ることを意識したとのことだ。


2015年3月になると、有名な『この世界の片隅に』制作のためのクラウドファンディングが実施される。その結果として出来上がったのが今回上映されたパイロットフィルムになるのだが、支援が多く集まったため、『冬の記憶』と題された別のパイロットフィルムが制作された。

このパイロットフィルムでは、本編では冒頭に出てくる、すずさんが中島本町まで海苔を届けに行くシーンが、音声はなく、字幕で表現されている。
片渕監督が2本目のパイロットフィルムを制作したのは、早く見せたいという使命感からだった。というのも、この場面は、原爆の爆心地近くの現在の平和記念公園にあった街並みを、その町の住民だった方々からの話を聞いて再現した映像であったからだ。2015年の時点でご高齢だった方が多く、どうしても早く見せたかったのだ。

そして2016年に『この世界の片隅に』が劇場公開されると、初週からヒットを記録する。片渕監督は「(パイロットフィルムを含めた様々なプロモーションによって)4年がかりくらいで、世の中の方々に『こんな映画が作られつつあるんだよ』と広めていった、そのことが無駄ではなかった」と語った。

最後にスタッフから一言を求められると、片渕監督は「(パイロットフィルムを制作することが)映画を形にしていく大事なステップだと思っていたりもします。それをこんな形で集めるといった素敵な企画が成立したのは本当に素晴らしいと思いますし、その最初の日の一番最初に話をさせていただいて本当に光栄です」と締めくくり、観客席からは拍手が沸き起こった。
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