『ガンダム Gのレコンギスタ』(『G-レコ』)は富野由悠季監督が15年ぶりに手がけた、ガンダムだ。遠い未来の時代、リギルド・センチュリーに生きる人間群像を活写した本作は、その内容もさることながら、映像面でも強い印象を残した。
近年のアニメの輪郭線は、細く緻密に描かれることが多く、それは絵の硬さにつながる場合も少なからずある。『G-レコ』の線はそれとは方向性が大きく異なる。『G-レコ』における「線」について、キャラクターデザイン・作画チーフの吉田健一、撮影監督補佐の脇顯太朗に話を聞いた。第1回は「どうやって柔らかい線を実現したのか」にフォーカスする。
[藤津亮太]
■ 作画の描き方は特に変わっていない!?
――そもそも吉田さんは、『G-レコ』で線について「何か挑戦してやろう」と考えていたんでしょうか?
吉田健一氏(以下、吉田)
いえ。実はそれは特にないんですよ。
――そうなんですか?
吉田
僕は、基本スタジオジブリの時代から、ずっと作画のやり方自体は変えていないつもりなんです。もちろん線の質については、自分の好みでジブリのころよりエッジを効かせているんですけれど、それはあくまで自分の好みの問題であって。しかも、そういう自分の線が、アニメーションの動画の工程を経て、完全に再現されるというのは正直無理だと思っているんですよ。それは時間だったり、いろんな問題が絡んでくるので。
ただ、制作工程がデジタル化されて10年以上経つ中で、「セル時代は自然にできていたことが、デジタルになったらできなくなっている」ということに直面することは増えました。
――技術が進んだなら、できることが増えてもいいはずなのに減るというのは、釈然としない、と。
吉田
そう。釈然としない。まあ、今の作品って画面観てる分にはやっぱり綺麗なので、気にならない人には気にならないのかもしれませんが……。まあ、そんなふうに考えていた時に、脇さんのほうから「こんな撮影処理ができますけれど、どうします?」って提案があったんです。
――どういう処理だったんですか?
吉田
メカにかけられていたのは「油彩処理」で、すごく油絵っぽい仕上がりになっていて、テクスチャがユラユラしているんです。それについては「このままではセルアニメには向かない」って思ったんですが、「この効果を限りなく薄くかけたらどうなるか、見てみたい」ってお願いして、薄めてもらったり、少し強めてもらったりを繰り返して、実用で使えないかを探っていったんです。
――脇さんはそもそも、なぜ、油彩処理を試してみたんですか?
脇顯太朗氏(以下、脇)
吉田さんに見せた撮影処理は、正確にいうと2つあったんです。ひとつはメカにかけた「油彩処理」で、キャラについては「セルトレス処理」ですね。どうしてそういうことをやってみたかというと……。今のアニメってデジタルっぽいというか、たとえば吉田さんがいい感じで抑揚のある線で修正を入れても、動画になると同じ線の太さになって、よくも悪くも本当にキレイにあがってくるんです。
■ 線に色が混じるアナログなおもしろさ
――そうなんですか。脇さん、まだお若いですよね?
脇
25歳です(笑)。僕は特に'70~'80年代ぐらいのちょっと荒めな、フィルム感が強いセルアニメが好きで。でも、業界に入った時はもう今の硬い印象の画面が普通になっていて。昔の映像を見ると、普通に撮影でカシャカシャ撮ってただけなのに、すごく柔らかくて。手で作っている感じがあって、画面自体があったかい感じがするんですよ。デジタルではそれがない。
これまで撮影として、デジタル的な工夫を要求されることが多かったんですが、今回は『ガンダム』だし、『G-レコ』だし、なんか新しいことできないかな、いや挑戦すべきだろうということで、今までとは違う、単なるデジタルアニメの絵にしたくないところからスタートしました。
――素朴な質問ですけれど、どちらの処理も既存のものを応用したとかそういうことではないんですよね?
脇
そうですね。今回用に自分で開発した処理になります。
吉田
脇さんの、その処理を、キャラにもメカにも2つ合わせてかけてみた時に、僕が気がついたことがあって。
――線に色がまざる? どういうことでしょうか?
脇
見てもらったほうが早いと思って、持ってきたんですよ。
(……といいつつファイルからセル画を取り出す)
吉田
『BIRTH』じゃないですか!(笑)。
脇
そうです(笑)。資料用に使っていたんで汚いんですけれど、このセルのトレス線を見てください。セルってトレス線でセル絵の具がせき止められるようになっているわけですけれど、止めきれずに色が線の中に入り込んできているんですよね。
――ああ。熱転写されたカーボンの粒子の間に、セル絵の具が滲み出してることで、線にうっすら色がついているように見えていますね。
吉田
そうなんですよ。そうだから、髪の毛の上に乗った線は、やっぱ髪の毛の色に少し同化しつつあるし、肌の色に塗ると肌の色が少し混ざる。しかも、その混ざり具合は一定ではない。デジタル化されると、色と色の境界線がバッキリ出過ぎて、セル時代からの描き手としては違和感があったんです。
脇
線がちゃん出すぎてて、コントラストが強すぎるよねっていう話はしてましたね。
吉田 そこを、この処理で技術的に突破できるんじゃないかって思ったんです。僕の線が少し柔らかいタッチのついた線なので、『G-レコ』では、動画さんにそこを念頭において拾ってくださいとはお願いはしてます。でも、そういうのはほかの作品でもあることなので、個別の努力目標という感じで。それとは別のアプローチで線の持つニュアンスをこれで変えられるんじゃないかと思ったんです。
■ 「たまにはこういう絵もあっていいんじゃない?」
――セル画のアナログ的なテイストを撮影処理でシミュレーションするような感覚ですね。
脇
そうですね。あと、やろうとしたことに色トレスの線があります。セル時代の色トレスはセルの面に引いてあるんです。たとえば、影の部分の境界線はセルの表面に色トレスの線があって、セルの裏側で塗り分けられている。そうすると面にある色トレスの線はちょっと明るい色になる。それを再現しようとしたら……(笑)。
吉田
それは阻止したんですけど(笑)。「そこまではいいや」って。
――(笑)。素朴な質問ですけど、撮影処理を加えた後に線が途切れたようになっているところも、元の動画では繋がっているんですか?
脇
繋がっています。
吉田
最初は、キャラクターもメカも、油彩処理をかけて色が揺らぐ感じだったんですが、キャラに関しては、それを線だけにできないかっていう話を脇さんにしました。メカのほうは全体に油彩処理をかけていて、セル絵の具で塗った時の塗りムラっぽい感触が出るようになっています。
脇
そこはちょっとねらった感じはあります。やっぱり同じRGB値で均一に塗られちゃうのが気になっていたので。
吉田
あと、僕が今回の脇さんの提案を面白いと思ったのは、1コマ1コマこういう処理をかけたとして、仕上がりがいつも同じになるというわけではないというのもあるんです。1コマ1コマの仕上がりが違うことによる違和感や偶然性みたいなものが、ある。デジタルの技術にしては珍しいことだなと。
脇
実際に撮影している時の処理に関しては、吉田さんがおっしゃる通り、仕上がりに差があるんです。
■ 絵であることを思い出してもらいたい『G-レコ』
――そこまでアナログ感を目指す目的や理由というのは何なんでしょうか?
吉田
結局、なんでそういうことをやったかというと、お客さんに「これは絵なんですよ」っていうことを認識してほしいからなんです。「これはリアルなものです」「実写みたいなものです」っていうんじゃなくて、「これはマンガですよ」「これは絵なんですよ」っていうことをちゃんと伝えたい。
――手で描いた絵であることを意識してほしいためのアナログ感というわけなんですね。そういえば『G-レコ』では拡大作画禁止と聞きました。
吉田
原則、ですね。原則として拡大作画はしないという。
――それも「絵であることを意識してほしい」ということと同じ発想ですよね。
吉田
拡大作画に関しては、これまでも、決して好きではなかったです。でも、演出さんが望めばやってはきました。その時に僕は「なぜ拡大作画をするのか」を、いちおう聞くんですよ。そうすると理由はいろいろ出てきます。「小さいものは拡大して描いたほうが動画さんの効率があがって早く上がる」という言い方もあれば「大きな画面で見栄えがするような精密感が出るから」という言い方もあって。でも、それには疑問があって。
――疑問ですか。
吉田
僕は、小さいものは小さく描くのが普通だと思うんですよ。それで時間がかかってしまうなら、そこを早く描くのが仕事だろうと思うし。あと、小さいものは細部をうまく省略して描けばいいんですよ。絵なんだから。
今回、あるアニメーターじゃないベテランスタッフさんに言われたんですよ。いつからアニメーターはこんなに省略がヘタになったんだ、と。ただ細かく描くだけが、よい仕事ではないですよね。そこはとても大事なことだと思うんです。
――観客だけでなく、作り手側も描いているものが「絵」だと再確認したほうがよい、と。
吉田
たとえば、エフェクトにエアブラシのようなぼかしの効果を加えようとしますよね。今は、アニメーターはそのぼかしの効果の範囲を実線で描いて、撮影さんがぼかすという段取りになります。僕としては、それがもう「絵じゃなくなっている」感覚があるんです。
昔は、原画マンが鉛筆の腹でグラデーションのある線をシャーッと勢いよく引いて、それを動画さんが、原画の気分を拾おうとしながら描く。それを特効(特殊効果)さんが、「お、このシャーッ! はこうだろ」ってエアブラシで吹き付けていく。最終的にそれは原画さんが望んだイメージとは変わっちゃってるかもしれないけれど、前の絵描きが描いたものを次の絵描きが読んで、気分をバトンしていく感覚があったんです。後の人は「あれはきっとコントロールされた絵に違いない」って思うんだけれど、ほとんどがそういう「絵を読んでいく」流れで起きた偶然だったりする(笑)。
脇
そう、偶然なんですよね。
吉田
アニメ業界としては、その時はそれが効率的だからそうしていただけで、今も今なりに効率的にやってるだけなんです。ただアナログ時代に、効率の中で偶然生まれていたよさが、デジタルの効率の中では消えてる。
とするとデジタルのソフトの使い方としては、そういう偶然性を増やしていく方向で、使い方を考える余地はあるんじゃないかなと思うんです。その上で、一番大事なのは、もう一度みんな絵描きに戻って、描くことで今の状況を突破することなんじゃないかと思うんです。
[第2回に続く]
[プロフィール]
□ 吉田健一(よしだ・けんいち)
アニメーター。主な作品に『OVERMANキングゲイナー』(キャラクターデザイン・アニメーションディレクター)、『交響詩篇エウレカセブン』(キャラクターデザイン、メインアニメーター)、『茄子 スーツケースの渡り鳥』(作画監督)などがある。
□ 脇顯太朗(わき・けんたろう)
主な参加作品に『革命機ヴァルヴレイヴ』(撮影監督補佐)、『GOD EATER』(撮影監督)などがある。
油彩処理の比較(上段が処理前・下段が処理後)
『ガンダム Gのレコンギスタ』 第9巻<最終巻>
発売日:2015年8月26日
発売元:バンダイビジュアル 販売元:バンダイビジュアル
Blu‐ray[特装限定版] 7,800円(税抜)
DVD 5,000円(税抜)
『ガンダム Gのレコンギスタ』
(c)創通・サンライズ・MBS