第4回 『G-レコ』のその先を見据えて

ガンダム Gのレコンギスタ』(『G-レコ』)は富野由悠季監督が15年ぶりに手がけた、ガンダムだ。遠い未来の時代、リギルド・センチュリーに生きる人間群像を活写した本作は、その内容もさることながら、映像面でも強い印象を残した。
それはキャラクター。メカの輪郭線にメリハリがあったからだ。近年のアニメの輪郭線は、細く緻密に描かれることが多く、それは絵の硬さにつながる場合も少なからずある。『G-レコ』の線はそれとは方向性が大きく異なる。
『G-レコ』における「線」について、キャラクターデザイン・作画チーフの吉田健一、撮影監督補佐の脇顯太朗に話を聞いた。第4回は、富野監督の関わりと、『G-レコ』で使われた撮影処理の可能性について。
[藤津亮太]

■ 富野監督が怒る時とは……

――素朴な質問なんですが、今回の撮影処理について富野監督はどんな感じだったんでしょうか。

吉田健一氏(以下、吉田)
富野監督も、現在の制作スタイルについてはいろいろ思っていることがあるようで、現場で話し合いをすると富野さんから「こういうふうにしたい」という話が出てくるんです。それに対して僕は「実は今、現場でそれは無理なんです」「簡単にはできない」って説明していました。その上で、富野さんに「ちょっとでも絵をよくするような方法があるんだったら、やらせてほしい」とお伝えはしていたんです。今回の技術はそういう言い方でOKをもらっていました。

――富野監督はそのあたり理解がある感じなんでしょうか。


吉田
富野さんは、当然あがってきた絵についてはいろいろ思っているわけですが、技術については「僕は分からないから」っていうことだと思います(笑)。

――それは「絵については任せた」っていうことですか?

吉田
いや、任せるっていうほど簡単な問題じゃないですね。僕は全話数のレイアウトを見ていますが、富野さんもスタッフがワンサイクルするまでの第10話ぐらいまでは、全カットチェックしたんですよ。そうすると「ここはこのまま流そうかな」というカットに、富野さんのメモがびっしり書いてある。「おおー!こんなところまで見てるんだ」と思いましたね。
それで、その時にちょくちょく相談というか、厳しい意見は聞きました。「鈍感な原画が上がってくることがある。なぜこうなるんだ」って。富野さんは厳しいもの言いをする人なんで、そういう言い方になるんですが、確かに富野さんの描いたコンテのポーズを全然意識してなくて、ただ演技になっている立ちポーズが、棒立ちで描かれているようなことはありました。で「吉田君、僕直していいのかな?」って富野さんが言うんです。僕は「直していいんじゃないですか。作監さんはうまい人だからこれ拾ってくれますよ」と言って総監督修正を入れてもらって。
作画監督さんには「富野さんが描いた絵の方が雰囲気がいいから、修正の方はそういうふうにしてくれ」ってお願いをして。そういうことはありましたね。

――絵コンテで演技がつけられているのが、読み取られていないわけですね。

吉田
そうです。こういうのは、昔からあったことだとは思うんです。ただ、最近、目立つというところはあります。富野さんは「でも、昔の絵の方が下手だった、下手な人が多かったよ」とは言うんです。なので僕は「今は下手な絵じゃなくて、下手な線になってきているから、下手なのがより気になるんじゃないですか」って答えました。昔は下手なんだけれど絵にはなっていて、だから「お前の気持ちはわかるよ」ってなったんじゃないかと。

脇顯太朗氏(以下、脇)
富野さんはそこを気にしてますよね。

吉田
ずっと言ってる。


ちゃんと「こうじゃないかな?」って考えて描いてる分には富野さんそんな言わないですもん。


吉田
言わないですね。「ああ、よく考えてくれているのね。でも、もっとうまくなってくれると本当は嬉しい」っていうような感じの言い方になる場合が多いですよ。だけど、なにも考えていないものを見ると、「どうしてこうなるんだ!」となる。

■綺麗な動き=情感が出るというわけではない

――富野監督は、考えなしにルーチンで対応する姿勢に対して厳しいですからね。

吉田
怒りますね。ただ、考えているっていうことには寛大ですよね。ただ、考えすぎの時には、考えすぎって怒ります(笑)


僕はそっちですね。「だからやっぱり、君は仕事が下手だよ、それでは」って言われました。ちょっとやり過ぎ、みたいな意味で「それだと身体が持たないよ」とか。

吉田
芝居って、綺麗に動いたら芝居がよくなってというわけじゃないんですよね。綺麗に動いたから情感が出るわけじゃない。
例えば『伝説巨神イデオン』で、イデオンが敵のジグ・マックをガーンって蹴るカットがあるんですよ。あそこ、巧拙でいうなら決して上手いほうじゃないんですけど、でも、すごく巨大なメカがぶつかり合った「ガーン!」ていう感じが出てるんです。富野監督とも話をしたんですけれど、「吉田君、僕は本当にあんまり絵が巧くないと思うんだけど、でも僕好きなのよね」って言うんで、「僕も好きなんですよ」って話して。「今この原画が回ってきたらどうする?」って言われた時に、「通しちゃうかもしれません」ってやっぱ言ったんですよ(笑)。
当時もなにも凝ったことをやろうとしていたわけではなく、基本的に効率重視でやってたんですよ。ただ描くしか方法がなかったんで、そこに雰囲気が出てたんですよね。


だから逆にいうと今は結構、意図してやらないとできないところありますよね。

吉田
そう。


『G-レコ』の反省会の時に、富野さんは「今のアニメはみんなルーチンワークで作ってるものが多い」っていう話をされていて、基本的にみんな今までと同じやり方でやろうとしてるから、そういう風になるんだって話をしてましたね。反省会で出ていた話題で言うと、「原則拡大作画禁止」みたいな話があっても、それは「原則」なんで、やりたいことがあったら、それは吉田さんとかに聞きにいけばいいと思うんですよね。そういうことが減ってるのがよくないのかな、という気もしました。

■『G-レコ』でやったことの手応え

――脇さんは『G-レコ』で新しい撮影処理を試してみて、手応えを感じましたか?


他の会社の人や、プロデューサーから「どうやってるんだ?」みたいな話はよく尋ねられたりしました。
ただ、セル画っぽいっていうより、今の人から見て単純に新しいビジュアルに見えたからかな、という感覚もあります。『G-レコ』は、セルアニメの方向に寄せていくと、作品に暖かみが出てくるかなと思って、いっそフレアもなし、パラをかけるにしてもダンパラ(画面の一部に色つきの影を落とす手法。現在はパラをかけるというと、キャラクターの輪郭に合わせてグラデーションの影をつけることが多い)だけにしたらどうだろうって思ったりしていたんです。
ただ、なかなかそのあたりは理解してもらえず、最終的にはセルの質感に近づけることだけができたので、そこはちょっとこれからの課題かなって。……そうやって考えると、最近、うちの会社に入りたい新人さんを面接したりするんですけれど、単に作品が好きなだけじゃなくて、もうちょっと技術に興味をもってもらいたいなぁとは思ったりしますね。

吉田
脇君、撮影の中で勉強会を開いたらいいんじゃない?(笑)


どういう勉強会ですか?

吉田
「俺の好きなアニメ」っていう勉強会を。そうやって、知ってもらうのもいろいろ大事だと思う。


そうやって、昔のいろいろ試してた頃の、いろんな作品があるぞっていうのを見せるのはいいかもしれないですね。

――吉田さんは、脇さんの今回の処理についてどういう手応えを感じましたか?

吉田
この技術、ほかの会社に“輸出”してもいいんじゃないかっていう気はちょっとしてるんですよ。きっと僕以上に、いろいろ試したい人がいるかもしれないですよ。


ああ、そういうこともありえますね。ぜんぜん、言ってもらえればって感じですね。


■『G-レコ』後にこの撮影処理をどう使うか

――「脇フィルタ」みたいな名前で広まるとおもしろいですよね。

吉田
今回の効果はボタン1発でできるわけではなく、カットごとに脇さんが調整してくれるんですけど、そこには脇さんの好みも結構入っているわけです。ということは、この効果を使う撮影さんによっても違う使い方が出てくるだろうし、スタッフのオーダーの仕方でも違う使い方が出てくると思うんですよね。そうなっていくのが、一番いいんだろうなあって思いますね。


それは考えます。例えば監督が「もっとこういうふうにしたいんだよね」ってイメージを持ってもらえると、同じ処理を使うにしても、ルーチンワークじゃなくなって、よりノッて仕事できると思います。

吉田
アニメーションって結局、総合的なものなんですよね。作画があり、美術があり。そういう各パートが、それぞれの絵を読み合って、完成画面を考えていくっていうことを考えれば、それぞれのパートがこの撮影処理のそれぞれの試し方を要求してくる気がします。とはいえ『G-レコ』がどこまでできていたかは別としても、こういうことはどんどん試すべきだと思うんですよね。試すことが呼び水になって状況が変わっていく可能性はあるので。だから『G-レコ』でやりました、で終わりではなくて、次の一手も考えなきゃいけないんですよね。


そうですね。僕らも、よりよい表現をどうやって獲得するか、考えるのを止めちゃいけないと思います。

――今回、お話を聞いていると、『G-レコ』での挑戦は、スペシャルな集中管理体制ではなく、今のTVアニメの中で何をできるかを考えているというところが大事だったのかなとも思いました。

吉田
そうですね。集中管理した映画や、短編などの作り方もいいんですけれど、「そうしたら富野さんの作品みたいに大人数出てきて、ワーッてやるような作品絶対作れないよ」とは言ってるんですよ。TVの場合は、全編ではなく、要所で集中管理的な作り方を入れて、ポイントを押さえていくほうがいいと思うんです。第19話のランニングなんかは、富野監督が「僕ね、これね、全部違う走りにしたい」って言って、僕が「じゃあ、やっちゃいますか」ってやったんですけど、誰でも描けるというわけにいかないんで原画は倉島(亜由美)さんにお願いして、最後に僕が入れるという集中管理的なやり方をやったシーンなんですよね。
僕は、主人公が主人公であるために、周囲にキャラクターがいて、立体的な視点がある作品が好きなんです。そういう意味では『G-レコ』は明らかに立体的な作品でした。人数がすごく多くて、作業している時は、死ぬかと思うぐらい大変でした(笑)。でも、完成した映像を見て、作画についてある種の不安を持っている人が、まだアプローチの方法はあると思ってくれればうれしいですね。


そうですね。

[終]

[プロフィール]
□ 吉田健一(よしだ・けんいち)
アニメーター。主な作品に『OVERMANキングゲイナー』(キャラクターデザイン・アニメーションディレクター)、『交響詩篇エウレカセブン』(キャラクターデザイン、メインアニメーター)、『茄子 スーツケースの渡り鳥』(作画監督)などがある。

□ 脇顯太朗(わき・けんたろう)
主な参加作品に『革命機ヴァルヴレイヴ』(撮影監督補佐)、『GOD EATER』(撮影監督)などがある。

『ガンダム Gのレコンギスタ』 第9巻<最終巻>
発売日:2015年8月26日
発売元:バンダイビジュアル 販売元:バンダイビジュアル

Blu‐ray[特装限定版] 7800円(税抜)
DVD 5000円(税抜)

『ガンダム Gのレコンギスタ』
(c)創通・サンライズ・MBS
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