映画『リズと青い鳥』が4月21日より公開中だ。

高校吹奏楽部の青春群像を描いた武田綾乃さんの小説「響け!ユーフォニアム」シリーズ(宝島社)は、2015年から京都アニメーションの手で、2期にわたってTVアニメ化されている人気シリーズだ。


映画『リズと青い鳥』は、武田さんが書いた『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』(以下、波乱の第二楽章)から、鎧塚みぞれと傘木希美に焦点を当てた完全新作映画。上手くかみ合わない歯車のようなふたりの関係性を、京都アニメーションの山田尚子監督をはじめ、映画『聲の形』のスタッフが独自の世界観で丁寧に描き出している。

そんな本作について、監督の山田尚子さんと原作者の武田綾乃さんにインタビュー。原作と映画の両面から、作品の生まれた背景をうかがった。

【あらすじ】
北宇治高校吹奏楽部の3年生、鎧塚みぞれ(オーボエ担当)と傘木希美(フルート担当)は、自他ともに認める親友同士。でも、希美が自分の世界そのものだと思っているみぞれは、いつか彼女との別れが来ることに不安を感じていた。
そんな中で迎えた高校最後のコンクール。自由曲“リズと青い鳥”には、オーボエとフルートが掛け合うソロパートがあった。しかし2人の演奏はなぜか上手くかみ合わない。

「リズと青い鳥って、私たちみたいだな」。
2人はこの曲の元になったという童話の物語に自らを重ねるが……。

映画『リズと青い鳥』
http://liz-bluebird.com/

原作
>『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編』
>『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 後編』

■「みぞれと希美の関係にときめくものを感じた」(山田)

――本日は原作者と監督という視点から、映画『リズと青い鳥』が生まれた経緯や魅力を教えていただけたらと思います。
そもそもおふたりの面識は?

山田尚子(以下、山田)
何回目だろう。細かいのを数えればいっぱいあります。

武田綾乃(以下、武田)
たしかに。色んなところでちょこちょことお会いしてる気がしますね。

山田
たしか『響け!ユーフォニアム』のTVシリーズを始める時に弊社(京都アニメーション)に来てくださったのが最初だったと思います。

――山田監督はTVシリーズで“シリーズ演出”という役職に就いていますが、具体的にどんな役割を担っているんですか? 

山田
ふふ、なんでしょうね。

――石原立也監督からは“参謀”という表現もあったようですね。

山田
切り込み隊長って言われたこともあります(笑)。『響け!ユーフォニアム』のTVシリーズは石原(立也)さんが監督を務めていますが、作品自体のキャラクターが多いうえに、吹奏楽という音楽モノでストーリーもしっかりしているから、ひとりで全部をチェックするのはどうしても難しくて。だから監督の負担が少しでも軽くなればということで、音楽やシナリオ、キャラクター、コンテなどの作業に参加させてもらっています。

――今回の『リズと青い鳥』は、武田さんが書かれた『波乱の第二楽章』が原作になりますが、映画化までの経緯を教えてください。

武田
映画のお話はけっこう前からいただいていて、TVシリーズの第2期が終わった頃には『波乱の第二楽章』の前後編のプロットを書いていた記憶があります。
かなり細かく書かせてもらって、あとは京アニさんにお渡しして完全にお任せしていました。

山田
石原さんが『波乱の第二楽章』で映画を1本作る、というお話からスタートしていたので、そもそも2本というプランはなかったんです。ところが武田先生のプロットを読むと、どうしたって希美とみぞれにときめくものがありまして。
石原さんは黄前久美子(TVシリーズの主人公)の物語を描きたいという意思があったので、それなら分けてしまった方が物語にとってもキャラクターにとっても、ちゃんと描き切れて良いんじゃないかなと。そんな流れで今回の『リズと青い鳥』は生まれました。

武田
初めて聞いた時はビックリしました。私はいつもファン的な気持ちで『響け!ユーフォニアム』のアニメを楽しんでいるのですが、映画化の時点で十分に驚いていたのに、まさかあのプロットから独立してもう1本作っていただけるなんて、と(笑)。

――山田監督は先ほど、プロットを読んで「ときめくもの」があったとお話していましたが、みぞれと希美の関係について、もう少し詳しく教えていただけますか?

山田
原作の第2巻、『北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏』の時からずっと思っていたんですけど、すごいところを切り込んでくるんだなと。作品を読んだ人たちに彼女たちの関係性について感想を聞くと、だいたい不思議な反応をするんです。すごく分かる人もいれば、全く分からないという人もいて。
恋愛でも男女の関係でもない、一番親密な者同士が、普通は隠しちゃうような感情をこんなにダイレクトにぶつけてくるなんて。こういう作品に出会えるチャンスは滅多にないなと思いました。


■「人の無意識を色々な要素を使って揺さぶりたい」(山田)

――武田さんは山田監督について、どんなイメージを持っていましたか?

武田
ご本人を前に何と言ったらいいか……。

山田
思っていることをそのまま言っちゃってください!

武田
(笑)。私はいつも無意識とか、無造作とか、そういうものを小説で書きたいなと思っているのですが、それって文字で表現することがすごく難しいんです。でも山田監督は、私が書きたいものをフワッと魔法の手のように美しく描いていらっしゃって。いつも作品を観ながら、すごいなって感動してます。

山田
ありがとうございます。人の無意識を揺さぶりたい、という気持ちはすごくありまして。音楽や絵画、映画などで心を動かされた体験がたくさんあって、「何で心を動かされたんだろう」という疑問を日々研究している感じといいますか。
武田先生だったら言葉を尽くして表現できるものを、私は色や音、空気、時間などを色々と使ってやっと表現できている気がします。

――実体験で受けた感覚を自分だったらどう描くか、いつも咀嚼しながら蓄積しているんですね。

山田
たぶん作るということにずっと憧れや尊敬があるんだと思います。たとえば「寒い」を表現したい時に、キャラクターに「寒い」と言わせたらダメだっていう価値観が頭の中にあって。
なので、「寒い」と表現するためには何が必要かということをいつも考えてます。

――本作で描かれるみぞれと希美の関係性ですが、武田さんは『波乱の第二楽章』のふたりについて、どういった着想で書かれたんですか? 

武田
第2巻の頃から、みぞれと希美が互いに向けている感情ベクトルはずれてるな、という感覚がずっとありまして、その変わっていく様を書きたいと思っていました。彼女たちのお互いに対する感情は、常に固定ではなくどんどん変化していて、それが良くも悪くも異なる方向に動いていくという。
じゃあ作品として、どうやって上手く絡められるかなって悩んでいた時に、“リズと青い鳥”という自由曲をテーマに活かせたらなと思い浮かんで、物語を組み上げていった感じです。

――原作を読んでいて、みぞれの「私、希美のこと、大好き」っていう言葉に対して、希美の「私も、みぞれのオーボエ大好き」という台詞がすごく印象に残りました。

武田
いつも小説を書いていると、キャラクターが勝手に動き出す感覚があるんですけど、あの時の希美はきっとそれが精いっぱいの誠意だったのかなと思います。みぞれに対して自分のできるMAXまで歩み寄って、認めるところは認めたい、という気持ちがポロっと出たのがあの台詞なのかなって。まさに振り絞った感じだと思います。

■「身を潜めて少女たちの秘密をのぞき見るイメージ」(山田)

――その2人の関係性を映画化するにあたって、山田監督は絵作りの面で何を心がけていましたか?

山田
女の子ふたりの思春期の日々に全力で寄り添っても良いというプロジェクトでしたので、石原監督の本編があるという安心感の下に、本当に夢中になって少女たちの機微を撮り切ろうと思ってました。
今回のお話は視点がどんどん切り替わっていくので、みぞれと希美、それに周囲の3つの目線を意識しています。身を潜めてのぞき見るような感覚で、女の子の秘密のお話を撮り逃さないように意識を集中していました。

――みぞれと希美の関係性の変化について、主人公の久美子が気付きを促していた原作に比べると、本作は登場キャラクター数を絞っているように感じました。


山田
やっぱり本人たちの問題であってほしいという気持ちがありました。彼女たちがいっぱい悩んでいっぱい考えた思いを、第三者にすっと引き出されるよりは、自分から吐き出してほしいなって。そういう意味でも身を潜めて撮ることで、誰にも見せたくない内緒話を彼女たちに打ち明けてもらいたかったんです。

――ちなみにお二人はみぞれと希美のどちらに共感しますか?

武田
『波乱の第二楽章』を書いている時は、けっこう希美寄りになっていた気がします。私と久美子はまったくの別人格で、執筆中も久美子と私では世界の見え方が違うんですが、たぶん久美子はみぞれ寄りの目線なんです。
だから久美子がみぞれをかばうたびに、私は「希美もそんなに悪い子じゃないのにな」と思ってました(笑)。

山田
私はみぞれと希美にしろ、リズと青い鳥にしろ、飛び立つ方の気持ちは分からないけど、執着してしまう側の湿っぽいしみったれた感じはよく分かる気がします。
ただ、希美ってなんだか演歌っぽいなあって思うんですよ(笑)。いっぱい悩んだり思ったりして色々考えているのに自己完結している。しかも相手にはそれがちゃんと重くのしかかっていて、一緒に悩ませたりとかしていて。

武田
たしかに周囲を巻き込んでますよね。オブラートに包んで言っているわりに影響力があるというか。


山田
そうなんです。相手に何かを求めていそうなのに、まるで自己完結してるみたいに話すところがほっとけないというか、気になって仕方がないんですよ。一方、みぞれはみぞれで希美以外に一切興味がなくて、潔さが男前だなあって思うんです。

武田
(笑)。むしろ希美のほうが庇護欲を掻き立てられますよね。すごい頑張ってるのに……。

山田
しかも色々と言葉を尽くしてるのに、いっぱいミスをしてる感じがします(笑)。

■「静かできれいで波打っている青春を浴びているような作品」(武田)

――みぞれと希美の関係について、武田さんの実体験は含まれているんですか?

武田
キャラクターを作る時は、いつも私の友人や知人から、色々なパーツを抜き出して組んでいくんですけど、やっぱり学生時代を思い返してみると、色々とままならない友達関係を目撃することがあって。「なんでそんな風になってるんだろう」という気持ちが、みぞれと希美の関係性に表れたのかも、と思うことがあります。

――具体的なシチュエーションはありますか?

武田
ちょっとしたことなんですけど、5人とかで電車の帰り道にしゃべっていて、そのうちのひとりとは仲が良いけど、他の子とはそれほどみたいな……。自分がしゃべったことでちょっと気まずくなって寂しいな、という。そんな気持ちかもしれません(笑)。

山田
すごく上手に書かれてると思います。何をしゃべったらこの人喜ぶんだろう、みたいな。そういう時、何をしゃべっても刺さってる気がしないんですよね。

武田
手探り感がありますよね。ああいう感じが出ている気がします。

――武田さんは、今回実際にフィルムをご覧になられていかがでしたか。

武田
これまでTVアニメシリーズでも、自分が書いたものと映像って全然感じ方が違っていたんですけど、今回の『リズと青い鳥』はさらに世界観が独立していて。静かできれいでちょっと波打っている青春みたいなものをギュッと閉じ込めて、それを直に浴びているみたいな感覚でしょうか。
こんな言葉にしかできないんですけど、自分が書いた作品を色んな切り口で描いていただけて本当に感激しました。

――特にリズと青い鳥の童話パートは映画独自の表現で、小説とはまた違う見え方もありました。

武田
新鮮な気持ちになりますよね。リズと青い鳥の童話部分は、小説の中だとあらすじをしゃべっているような流れになっているので、映像になるとこんな風に見えるんだって思いました。

山田
今すごく緊張しております……。映像化すればどうしたって自分側の解釈が入ってしまうわけで、それに対して原作者の方がどう思われているかを考えると、もう何も言えないなって(笑)。

――山田監督は映画を作るうえで、プロットに書かれていた言葉を手がかりに拾っていかれたのかなと思うのですが、その中で一番大切にした言葉はありますか?

山田
TVシリーズの時は、久美子が見ているゴミとかホコリとかをすごくチェックしたりしてましたが……。

武田
たしかに(笑)。すごく描写が出てきますよね。

山田
はい。そういう描写からイメージをいただいたんですけど、今回はなんかそういった周りの雰囲気というよりは、希美の「物語はハッピーエンドが良いよ」という心情にガツンと刺激をいただいたので、そこに寄りかかっていた感じですね。

■「彼女たちの将来を見守ってほしい」(武田)

――山田監督はトークイベントなどで、この作品について「この気持ちをなんて言っていいのか分からない」とおっしゃっていましたが、今もそのお気持ちは変わりませんか?

山田
そうですね。何となく「成長して骨が伸びる瞬間、その前の初期微動」みたいな感覚を映像にしたいと思っていたのですが、コンテを描いていても、なんか胸が詰まっていて。「この胸が詰まっている感じに名前を付けてください」って、みなさんに募集をしたいです(笑)。

――公式サイトでも感想投稿キャンペーンをされていますよね。言葉を操る者として、武田さんはいかがですか?

武田
すごく刹那的ですよね。たとえるなら「割れる直前のシャボン玉を写真で撮った」みたいな感じでしょうか。映像では割れていなくて綺麗で美しい瞬間を捉えているけど、実は変動していて……。言葉にするのは難しいですね。

山田
すごく良い表現だと思います! 映画はある一時期を切り取っているけど、その前後でカタチが大きく変わっているんですよね。

――ふと気になっていたのですが、今回、『リズと青い鳥』を描いたことによって、石原監督が手ける映画に影響はありませんか?

山田
そちらは完全に久美子の物語になっているので、作品自体の影響はないと思います。あくまで『リズと青い鳥』は問題が起こって解決されるまでを描いているわけじゃなくて、ある一時期のイメージですから。
ただ、本作を観ていただいた後に『響け!ユーフォニアム』の本編を観て、何か感じるものがあるかもしれない、とは思います。

――武田さんは書く側にとっていかがですか?

武田
やっぱり映像ってすごく力があるので、何かしらの影響は出てくると思んですけど、それを具体的に出すのは難しいです(笑)。『響け!ユーフォニアム』って、京アニさんが作ってくださったキャラクターから輸入しているものもあるので、そういうところでちょっとずつ影響を受けているのかなって。

山田
TVシリーズを作っている時、ふと「いま交換日記してるかも!」と思う瞬間はありました。武田先生が新たに書いた短編を読んで何か発見を見つけたら、それをコンテに入れさせてもらったりして。直に言葉を交わしてなくても、交換日記みたいな関係を感じていました。

武田
そう言っていただけて良かったです。私もアニメから色々とキャラクターをお借りしているので(笑)。

山田
石原監督も「あっ、このキャラ出てる! やったー!」って喜んでましたよ(笑)。

――では最後にこれから映画をご覧になる方々に向けて、見どころをお伺いします。

武田
みぞれと希美というふたりは、『響け!ユーフォニアム』から見ても動きが独立していて、特殊な立ち位置にいるキャラクターだと思います。王子様がお姫様を迎えに来るような、みんなが思い描く典型的なハッピーエンドではないかもしれませんが、明るい方向に進んでいると思いますので、2人の将来をぜひ見届けてください。

山田
演奏シーンはもちろん、世界を作る音もすごく大事にしています。色々な形の音がありますので、本当に映画館のサラウンド環境で体験していただけたら嬉しいです。とても静かな映画のようで、ものすごい映画体験をしていただけるのではないかなあと思っています。ぜひよろしくお願いします!
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