『ガールズ&パンツァー』や『SHIROBAKO』で知られる水島努監督の最新映画『荒野のコトブキ飛行隊 完全版』が9月11日から全国の映画館で公開される。本作は、西部劇のような荒野が広がる世界"イジツ"を舞台に、レシプロ機に乗って戦う少女たちの活躍を描いた作品だ。TVシリーズは2019年1月から3月にかけて放送され、隼や零戦などの実在のレシプロ戦闘機による迫力ある戦闘と音響で話題となった。劇場版は、TVシリーズを再構成したものに新規シーンを追加、さらに映画館向けに新たに音響演出を設計し直し、7.1chサラウンドにパワーアップさせて、より臨場感あふれる作品に仕上がっている。さらに、MX4D上映も予定されている。そこで今回は、音響演出のキーマンである音響効果の小山恭正氏とサウンドミキサーの山口貴之氏に劇場版の音の魅力について語ってもらった。[取材・文=杉本穂高]■空戦シーンは音楽を外してSEだけで勝負――今回の劇場版では、音響面で新たな試みはありますか。小山:TV版の2.1ch音声(※Blu-rayに収録。放送版はステレオ)では、サブウーファーはにぎやかしのためだけに使っていたんですが、劇場版では演出として、より効果的な使い方をしています。あとは、スピーカーが増えて音のギミックを細かく配置できるようになったので、まるでその場にいるかのような臨場感を味わえると思います。――具体的にサブウーファーの使い方がどう変わるのでしょうか。小山:実はTV版よりもサブウーファーの容量は減らしているのですが、それは劇場でずっと鳴らしているとうるさく感じてしまうからです。山口:TVのステレオや2.1chの環境では、音を詰め込めるだけ詰めるぐらいで丁度いい情報量になるんですが、同じことを劇場で、8つのスピーカーを使ってやると音がごちゃごちゃしてしまうんです。劇場の時は、より意図した整理が必要で、小山さんはその整理のために音を抜いて、聴かせたい音をきれいに配置していったということです。人間は、ずっと大きな音を聴いていると耳が疲れてきて、全ての音がノイズにしか感じられなくなります。だから、静かなシーンは静かに、迫力あるシーンは迫力を出し、お客さんの耳が疲れないよう全体の音量をコントロールしています。逆説的ですけど、劇場版でできることが増えた分、我慢しないといけない部分も増えました。小山:TV版の時は音数が異様に多くて、空戦シーンでは音が止む場面がほとんどありませんでした。山口さんと組む時は、もっとメリハリをつけることが多いのですが、TV版の時はそれをする間もないぐらい音をたくさんつけていたんです。でも、劇場版では、空戦中の音楽が減ったので、全てにSEをつけっぱなしにしてしまうとドラマが伝わりません。なので、「ノンモン」と言って、意図的に無音になるシーンなども作っています。無音は、音響演出の中ではすごく強い演出です。例えば、大きな爆発が来る前に一瞬無音にすると、見ている人を引き付けられるわけです。――空戦シーンの音楽が少ないことは、劇場版とTV版の最も大きな違いだと思います。これは、空戦シーンはSEだけで勝負するという意気込みでしょうか。山口:まさにその通りです。この作品は、水島監督自ら音響監督も兼任されていて、監督から空戦シーンの音楽を外したいと提案されたんです。小山:僕は意気込んでなかったんですが(笑)、水島監督が思いついちゃったみたいです。山口:これは伝聞ですけど、音楽なしでセリフとSEだけの音声で総集編部分の編集をしている時に、音楽がないとSEの音がはっきり聞こえて格好いいと思ったようです。――かなりチャレンジングな演出ですよね。山口:チャレンジというか、本来は無謀ですね(笑)。でも本作ではその試みがバチッとハマりました。■飛行機も戦車も、心のリアルの音を追求する――本作はレシプロ機を題材にしていますが、当時のレシプロ機の音の資料はあまり残っていないと聞きました。そういうものの音をどうやって作ったのですか。小山:資料が残ってないということは、みんな本当の音を聞いたことがないということなので、正解はないんです。ロボットアニメのように、本当の音は知らないけど、みんながイメージするメカの音ってあるじゃないですか。そこに上手くはめて、『荒野のコトブキ飛行隊』ならではの音を足していく感じです。ただ、現存するもので似ているエンジンの音は意識しています。でも、それで派手さが失われたら本末転倒なので、演出としての音を優先しました。これは『ガールズ&パンツァー』(以下、『ガルパン』)の時からずっとそうやっています。山口:『ガルパン』でも心のリアルな音を追求したので、本物の音をそのまま使っておらず、いろいろ音を足しています。小山:アニメでは演出として色々と音を足していますが、本物の戦車や飛行機は、エンジン音しか聞こえないんです。空戦は基本的に、エンジン音と金属の軋み音くらいしかしないので、カメラが外に出て翼を映したら翼が軋む音を付けたりなど、カメラに従って音をつけています。水島監督からは、主人公チームの機体が割と細くて貧弱な感じなので、壊れそうなぐらいに音を軋ませてほしいとオーダーがありました。――『ガルパン』は、戦車ごとに反響音を変えているという話を聞いたことがありますが、今回も飛行機の種類ごとに音を変えているんでしょうか。山口:飛行機自体が割とペラペラで、本物はあまり音が反響しないと聞いたので、反響はあまり入れてないです。小山:エンジン音など、飛行機の種類ごとに音を変えています。主人公チームの機体は全て同じですが、悪役の機体には悪い奴っぽい音を付けたりしています。――悪い奴っぽい音とは、具体的にどんなイメージの音ですか?小山:一番わかりやすいのは低い音ですね。あとは奇抜な音をつけるとか。山口:無線の音声を歪んだ音にするとかもやりますね。――では逆に主人公チームの機体にはどういう音を付けたのでしょうか。小山:主人公チームは標準になるので、一番ニュートラルな音です。それを基準にして、弱い機体は軽い音にしたり、イサオの機体は最強なので重い音にしたりするなどして差別化しています。イサオの機体は初登場時にはレシプロなんですけど、実はあまりレシプロを意識した音にしていません。自分としては『スターウォーズ』のスターファイターのイメージで音を付けました。――音にもキャラクターの個性が反映されるんですね。小山:そうやってコンセプトを固めないと、バラバラになって音が崩壊しちゃうんです。特に飛行機は『ガルパン』の戦車と違ってみんな似たような形状ですから、敵と味方を音で区別しないとわかりにくくなるんです。→次のページ:水島努作品の音響の秘密とは■水島努作品の音響の秘密とは――おふたりが水島努監督と組む時は音響の打ち合わせをほとんどやらないと聞いたのですが、今回も同様でしょうか。山口:はい。僕らが一緒にやる時は何も打ち合わせしません。小山:別の作品をやっている時に、「次回作は飛行機なんでよろしくお願いします。レシプロ機です」と言われてそれだけでした(笑)。――そんな簡単なんですね。にもかかわらず、水島監督作品の音響はいつもすごく格好よくて整理されていますけど、なぜそれが可能なんでしょうか。山口:水島監督の作品は、映像に合わせて音を付ければ、それだけで音が整理できてしまうんです。例えば、大事なことを言う時は顔のアップでSEが鳴らないようになっていたり、ミサイルを撃つ時はミサイルのアップになったり、何かが爆発する時はそのプロセスを映像で見せるなど、これはすごく基本的なことですが、実は難易度の高いことです。それが出来ていないと、大事なセリフをオフで聞かせないといけなくなったり、戦いながらセリフをしゃべらせたりしないといけなくなるんですが、水島作品にはそれがないんです。――水島監督は映像作りの段階から音のことまで徹底的に考えて作られているんですね。小山:本人は全然何も考えてないと言うんですけど、それが本当だとしても、無意識にできているんです。インタビューなどで水島作品の音の工夫についてよく質問されるんですが、映像がこういう音響演出をしてくれと主張しているので、それに対して素直に音を付けているだけです。もちろん、水島監督の作品だから頑張ろうって思う気持ちもありますけど、だからと言って特別なことはしていません。山口:そうなんです。映像通りに音を付けていくとああなるだけで、ほとんど水島監督の功績です。――そういった音の整理がなされた映像を作れる水島監督のセンスは、業界の中でも特殊なのでしょうか。山口:そうですね。水島監督は音響に造詣が深く、同じことができる方はなかなかいないと思います。小山:あと、昨今アニメの制作本数が多くて、ダビング時に映像が出来上がってないこともありますけど、水島監督はそれを許さない人なので、それも音響の質を高めている要因だと思います。山口:映像が未完成の状態で音を付けると、映像だけでは説明できていないんじゃないかとどうしても不安になるので、音を盛ってしまうんです。でも映像がきちんと完成していれば、映像で説明できている部分は安心できるので、音が整理しやすくなるわけです。――長年一緒に仕事してきたので、阿吽の呼吸でわかるから打合せがいらない、ということだと思っていましたが、そうではないんですね。山口:出会ったころから同じようにやっています。小山:ダビングのテストで一回聞いて、少し指示出すくらいですね。ただ、何も言わない分こちらもプレッシャーはあります。水島監督は常に新しいことを求める人ですから、いつも同じことをやっていては駄目なんです。山口:そうですね。新しい作品の話をいただくためには常に新しいことをしていかないといけません。――最後に今回の劇場版でお気に入りの空戦シーンがあれば教えてください。山口:やはり最後の市街地でのイサオとの戦いです。サブウーファーがぶんぶん鳴っているので劇場で聞くと気持ちいいです。小山:ジェット戦闘機が突然出てきたりして、映像的にも音的にも盛り上がります。山口:最後にようやくレシプロ縛りから開放されましたね。小山:それに何もない空よりも、市街地のほうが音の演出はしやすいんです。最初の空戦シーンは、ソニックブームの「ブオン」みたいな空気圧の音をいっぱいつけているのですが、空気圧に音をつけても、画に映ってないからみんな気が付いてくれません。でも市街戦なら、いろんなものが出てきてそれに合わせて音をつければ、みんな気がついてくれるんです。そういった工夫を劇場の音響でぜひ味わってほしいです。『荒野のコトブキ飛行隊 完全版』 9.11(FRI)全国公開◆スタッフ監督・音響監督:水島努シリーズ構成:横手美智子脚本:横手美智子 吉野弘幸 檜垣亮メインキャラクター原案:左 キャラクターデザイン:菅井翔ミリタリー監修:二宮茂幸 ミリタリー設定:中野哲也 菊地秀行 時浜次郎 設定協力:白土晴一3D監督:江川久志 テクニカルディレクター:水橋啓太総作画監督:中村統子 美術監督:小倉一男 色彩設計:山上愛子 撮影監督:篠崎亨編集:吉武将人 音楽:浜口史郎 音響効果:小山恭正 サウンドミキサー:山口貴之エンディング主題歌:コトブキ飛行隊「翼を持つ者たち」制作:デジタル・フロンティア アニメーション制作:GEMBA 作画制作:ワオワールド◆キャストキリエ:鈴代紗弓 エンマ:幸村恵理 ケイト:仲谷明香 レオナ:瀬戸麻沙美 ザラ:山村響 チカ:富田美憂マダム・ルゥルゥ:矢島晶子 サネアツ:藤原啓治アンナ:吉岡美咲 マリア:岡咲美保 アディ:島袋美由利 ベティ:古賀葵 シンディ:川井田夏海ナツオ:大久保瑠美 ジョニー:上田燿司 リリコ:東山奈央(C)「荒野のコトブキ飛行隊 完全版」製作委員会