人気作家・東野圭吾の小説を初めてアニメ化した『クスノキの番人』が1月30日より公開される。

無数の祈りを受け止めてきた一本のクスノキと、その番人となった青年のもとで紡がれていく人間ドラマをファンタジーとミステリーを絡めて描く作品だ。
本作の監督を務めるのは、『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』や『HELLO WORLD』で知られる伊藤智彦監督。

東野作品のアニメ化に挑んだ経緯、どんなこだわりで作ったのか、伊藤監督に話を聞いた。

[取材・文=杉本穂高]

■アニメならではの“巨大クスノキ”を創造
――東野圭吾氏の小説がアニメ化されるのは初めてですが、やはりアニメ化の企画としては意外なチョイスだと感じます。どういう経緯でこの企画は始まったのでしょうか。

企画の大元を辿るとアニプレックスで東野圭吾作品をアニメ化する話が立ち上がったことです。そのお話をもらう以前、東野作品は有名タイトルをいくつか読んでいるくらいで、映像化された作品を観ることの方が多かったです。そこからたくさん読ませていただき、どれがいいかなと考えていたところ『クスノキの番人』が刊行されたことを知りました。この内容ならファンタジー要素もあるし、アニメ作品として成立させられるのではないかと考えて、この作品に決めました。

――今作はファンタジーでありながら、東野作品らしいミステリー要素も含まれています。映画化にあたって、どこを重視されたのでしょうか。

(映画化にあたり)要素としてファンタジーやミステリーはフックとして必要ですが、基本的には「ヒューマンドラマ」として描こうと思っていました。あくまで中心は人間ドラマで、盛り上げ要素としてミステリーやファンタジーをバランスよく混ぜていくという感じですね。


――原作を読んだ印象では、やはりクスノキがどうなるのか気になります。

原作では具体的な大きさには言及されず、とにかく大きいという印象ですよね。木の大きさの印象は背景の描き方や対比によって大きく変わりますが、美術監督の滝口比呂志さんの美術ボードが素晴らしかったんです。滝口さんがこだわって時間をかけて描いてくれたおかげで、非常にパワーを感じるデザインになったと思います。

――映像ではかなり大きく見えますね。

日本で一番大きいクスノキは九州にある30メートルのものらしいですが、それよりもはるかに大きいです。公式設定というわけじゃないんですが、3D上での数値を換算すると40~50メートルくらいです。もう「この木、なんの木(※昔の日立のCM)」のCMの世界ですね(笑)。

現実の巨木は鬱蒼とした森の中にあることが多いですから、実写でこれをやるのはやっぱり難しかったと思うんです。森の中ではなく、神社の敷地にあってオープンスペースに一本だけ立っているようにしたかったので、アニメなら周辺は自由に伐採できますしね(笑)。

■かっこいい“高齢女性”をアニメで描きたい
――クスノキの大きさはアニメならではのスケール感を活かしたわけですね。そのほか、東野作品初のアニメ化として、こだわった点はなんでしょうか。


この企画を立ち上げるときに3つの柱を立てました。「ファンタジー性のあるヒューマンドラマ」「静かな話だからこそアート感のある画面作り」、そして「柳澤千舟(CV:天海祐希)というキャラクターをかっこよく描く」です。

今回はバトルがあるわけではなく、人とのやり取りが主体の静かな話なので、映像的なフックとしてアートアニメーション的な表現を取り入れています。本編中にも、商業アニメの原画マンではなく、個人のアニメーション作家さんに一部のパートをお願いしています。

――一例を挙げると、予告編などで見られる水彩調のシーンですね。

そうです。加賀遼也さんや平岡政展さんなど、普段の俺の作品では出会わないような方々に協力をお願いしました。「東野圭吾」という看板があるからこそ、普通のアニメを作るだけでは面白くない。「僕がいつも食べていない料理を食べさせてください」という感じで、存分に暴れてもらいました。既存の“商業アニメ”という枠から、もっと広げてもいいんじゃないかと思っていたんです。

――キャラクターデザインにマンガ家の山口つばささん(『ブルーピリオド』)を起用された意図はなんでしょうか。山口さんのキャラクターで僕が一番好きなのは、佐伯先生だったんですけど、かっこいい高齢の女性を描ける方だなと思っています。


多分、俺もそう思ってたんでしょうね。山口さんにお願いしたのは、キャラクターの描き分けや存在感が、今回の作品に合うと思ったからです。特に千舟(ちふね)のデザインはこだわりました。「日本のアニメにおける高齢の女性」をどう描くか。千舟がおばあさんなのか議論があるところですが、高齢のかっこいい女性の代表例として残るようなキャラクターにしたかったので山口さんにお願いしました。

山口さんとは「千舟はティルダ・スウィントンのイメージ」などとお話ししました。そのほかにも、柳澤将和(CV: 子安武人)はアル・パチーノ、柳澤勝重(CV:田中美央)は韓国俳優のマ・ドンソクのイメージのようなキャラで……といった具合で実在の俳優をイメージしてもらいながらデザインしてもらっています。結果的に、洋画や韓国映画のエッセンスがフィルターを通してキャラクターに反映されているかなと思います。

――キャスティングについて伺います。主演の直井玲斗役に高橋文哉さんを起用された理由はなんでしょうか。

玲斗という役については、イケメンかどうかはわかりませんが、「情けないけどかわいらしい、放っておけない感じ」を出せる人を探していたんです。そんなとき、ある実写映画の予告編で彼が情けない表情を見せていて「これだ」と思い、オファーしました。
結果高橋さんは、玲斗のダメ男だけど愛すべきキャラクターを見事に演じてくれたと思います。

――千舟役の天海祐希さんは指名だったそうですね。

手紙を書いてお願いしました。天海さんは、生き方や佇まいが千舟というキャラクターに重なる気がしたんです。アニメの強い女性キャラはピーキーな感じに描かれがちですけど、天海さんなら落ち着いていて、強く格好いい女性像を体現してくれると思いました。

――佐治優美役の齋藤飛鳥さんも素晴らしかったです。

彼女はオーディションに来てくれたんです。「私がここに来ていいのかな?」という雰囲気で佇んでいましたが(笑)、第一声を聞いて「あ、この声だ」と感じました。

――音楽についてもお聞かせください。作中では佐治家にまつわる「歌」が重要な鍵になりますね。

音楽の菅野祐悟さんには、本格的に劇伴を作る前に、まず「記憶をこじ開けるような曲」として劇中で重要なハミング曲を作ってほしいと依頼しました。先日NHKの番組で、ビートルズの曲を聴いた高齢の方が「心のカーテンを開いたようだ」って言っていたんですけど、まさにそういうイメージです。
菅野さんはピアノだけで素晴らしい曲に仕上げてくださいました。

■日本のアニメ制作の現状―「日常芝居」を描ける人材とは
――伊藤監督にとって長編映画は3作目となりますが、映画を監督することに特別な思いはありますか。

意外と映画に対して特別な思いがあったんだなって感じです。細田守監督の下でやっていた経験もあるからだと思いますけど。そういう自覚を持ってからは、意識的に映画館でお金を払ってアニメ、実写に限らず映画を見るようにしています。そうしないと作り手として文句も言えませんから(笑)。

――近年の長編アニメ市場についてはどう感じていますか。シリーズもののヒットが目立つ一方で、単発のオリジナル企画の難しさも言われています。

ジャンプ作品や『名探偵コナン』のようなシリーズの劇場版は作られ続けるでしょうが、単発の映画を作るときにスタッフ集めが困難になってきています。アクション満載の作品なら、世界中から「描きたい」というアニメーターやスタッフが集まり、さながら作画博覧会のようになるかもしれませんが、今回のような「地道な日常芝居」を丁寧に描けるアニメーターは世界的に見ても貴重だと思いました。日本のベテランの方々の存在が有難かったです。そういう職人のようなアニメーターを大事にし、同時に若手も育てていかないといけないと感じています。


――そういった「日常芝居」を描ける人材の育成に課題があるということですか。

数年に1本単位でもいいから、今回のような企画が継続的にあることが大事だと思います。俺自身も、原恵一監督や山田尚子監督のように、日常芝居を大切にする作品も作り続けられたらいいですけど。

――本作はフランスのセールス会社Charadesがセールス権を獲得したというニュースもありました。海外展開も視野に入った作品なわけですね。

Charadesは細田監督のプロデューサー齋藤優一郎さんが繋いでくれたんです。『HELLO WORLD』のときはコロナで海外に行けなかったので、今回は海外に作品と一緒に行きたいという思いがあります。

――最後に、これから映画をご覧になるアニメファンに向けて見どころをお願いします。

気楽な気持ちで見に来てほしいです。ちゃんと泣ける作品になっていると思います。映画のチケット代の元は取らせますよ。損はさせませんので、ぜひ劇場でご覧ください。

『クスノキの番人』
1月30日(金)全国公開

【CAST】
高橋文哉/天海祐希
齋藤飛鳥 宮世琉弥/大沢たかお

【STAFF】
原作:東野圭吾「クスノキの番人」(実業之日本社文庫刊)
監督:伊藤智彦 
脚本:岸本卓
キャラクターデザイン:山口つばさ 板垣彰子
音楽:菅野祐悟
美術監督:滝口比呂志
美術設定:末武康光
色彩設計:橋本 賢
衣装デザイン:高橋 毅
CGディレクター:塚本倫基
撮影監督:佐藤哲平
編集:西山 茂
スーパーヴァイジングサウンドエディター:勝俣まさとし
リレコーディングミキサー:藤島敬弘
制作:A-1 Pictures / Psyde Kick Studio
配給:アニプレックス

【主題歌】
Uru「傍らにて月夜」
作詞・作曲:清水依与吏
編曲:back number

(C)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
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