2020年12月、東京都の小池百合子都知事が発表した「4輪は2030年、2輪は2035年以降、純ガソリンエンジン搭載車の販売を禁止する」という方針と、2024年以降に施行される新基準の排出ガス規制EURO 6。ガソリンエンジンの新車が手に入らなくなる前に、一生モノのバイクを探す当企画。
いつも不肖がお世話になっているHonda Dream新宿

「CB1100 Final Edition」。また一つ、愛すべきバイクが世から消えてしまうという事実。これは乗るしかない! と試乗することにしました。価格はCB1100 EX Final Editionが136万2900円、CB1100 RS Final Editionが140万3600円(ともに税込)です。
※「CB1100 Final Edition」は販売計画を上回る予約のため、10月25日17時で予約受注を終了しています。
本田宗一郎さんの理想は空冷マルチシリンダー

CB1100が誕生したのは2010年のこと。当時のプレスリリースによると「鷹揚(おうよう)」を開発のキーワードに、「味わいのある走り」「操ることの喜び」「所有することの喜び」を高い次元で具現化した、大人のロードスポーツとして誕生しました。現在はベーシックなCB1100のほか、クラシカルなスタイルの「CB1100 EX」、よりスポーツテイストを高めた「CB1100 RS」の3モデルがラインアップされています。今回お借りしたのはCB1100 RSで、どこかカフェレーサーというスタイリング。一言で言えばカッコイイ!

そんなCB1100の技術的キーポイントは、何といっても排気量1140ccのSC65E型空冷4ストローク4バルブDOHC直列4気筒エンジンでしょう。Hondaの創業者である本田宗一郎さんは、自動車量産メーカーとしてスタートを切った頃、シンプルで軽量、メンテナンスも容易な空冷エンジンこそが理想のクルマを作るのに欠かせない要素としていました。


ですが、アメリカで厳しい排気ガス規制法案「マスキー法」が1970年に成立すると、本田宗一郎さんは千載一遇のチャンスとばかりに、低公害エンジンの開発に着手します。ですが空冷式では、冷却のコントロールが難しさゆえ、一酸化炭素(CO)や窒素酸化物(NOx)の低減が困難。水冷エンジンでなければ打開できないとする若手エンジニアに対し、「水冷といえど結局最後は空気で冷やすんだからそれなら最初から空冷でいいに決まっている」とする本田宗一郎さんという社内対立が激化します。
そこで当時の副社長である藤澤武夫さんが本田宗一郎さんに「貴方は技術者なのか? それとも社長なのか?」を説得、本田宗一郎さんが折れてエンジニアリングの第一線から退くことに。これにより水冷式エンジンの開発が本格スタートし、2年後の1977年、マスキー法に対応した世界で初めてのエンジンCVCCが誕生、ベーシックカーの「CIVIC」に搭載し販売して大ヒットしたのは有名な話です。
CVCCの成功を見た本田宗一郎さんは1973年に社長を退任、藤澤さんも同時に副社長の職を辞しました。そして、2人とも会長や相談役にもならず、最高顧問という象徴的な肩書だけを受け取りました。宗一郎さんは名実ともに次世代に会社を託したのです。その後、Hondaから空冷式の自動車用エンジンは登場することはありませんでしたが、宗一郎さんが理想とする空冷エンジンは、バイクに引き継がれていきました。

宗一郎さんのエンジンに対するもうひとつの考えはマルチシリンダー化。
これらのことから、空冷4気筒エンジンは宗一郎さんの考える理想的エンジンといえそうです。この形式はその後、各社から出ましたが、その後の排出ガス規制などにより、各社は水冷式にシフト。ですがHondaのエンジニアたちは、困難な問題を解決し続け、世界で唯一となった空冷4気筒エンジンを今でも作り続けているのです。まさにPower of Dreamsです!

しかも、単なるノスタルジックなエンジンに仕上げないのがHondaのHondaたるゆえん。最高出力は90馬力、最大トルクは91N・mというスペックは、必要にして十分すぎるビッグパワー。教習車で知られる「CB400 SUPER FOUR」のほぼ2倍に匹敵します。


エンジンのフィンはもちろんのこと、4本のエキゾーストマニホールドは美しいの一言。その上にはオイルクーラーが配され、このエンジンが空油冷であることを物語ります。2本出しマフラーは、1番シリンダーと2番シリンダーのエキパイと、3番シリンダーと4番シリンダーのエキパイをそれぞれ集合させたもので、この2系統は完全に独立しているところもポイント。これについてはインプレッションのところで後ほど。



大柄なフレームは完全新規設計。前後18インチの大径タイヤと相まって「デカい!」という印象を強く与えます。面白いなぁと思ったのは、最初からセンタースタンドが設けられていたこと。オイル交換をはじめ、自分でメンテナンスをする場合にとても便利です。







ハンドルまわりは、ほかのCBシリーズを踏襲したもの。最初からグリップヒーターがついているので、冬はもちろん、雨の日もありがたいところです。


燃料タンクは16リットル。ガソリンはレギュラーでOKなのはおサイフに優しいところ。気になる燃費ですが、街乗りで結構回す感じ(3速で走行)の時にリッター12km程度、5速まで入れて走れば14km程度は可能のようでした。



RS専用装備としてタンクのHondaのロゴがブラックであること、シート、そしてサスペンションが異なるようです。全体的にワルという印象を与えます。それでは試乗してみることにしましょう。
まさに鉄騎! いつまでも走っていたい硬質な乗り味

「フロントのブレーキレバーを握りながらスタンドを掃って……」と教習所で学んだ方法で乗ろうとした瞬間、グラッとバイクが倒れそうに。「何この重さ!」と、今まで経験したことのない重たさに驚きます。カタログを見ると、なんと250kg越えというではありませんか。これが手押しする時に猛烈にこたえるわけで、駐輪場でえっちらおっちらやろうとしたら、全身汗だくに。

エンジンをかけると、野太いながらもジェントルなサウンドが響きます。CB1000Rのような図太い咆哮を覚悟していたのですが、それほどでもないことから「これならご近所問題は起きないだろうな」と一安心。実は不肖が借りている駐輪場が閑静な住宅街で、以前CB1000Rを朝動かそうとした時、クレームが来たんです……。
走りだして気づくのは、CB1000RやCB400 SUPER FOURなどの直4エンジンとは異なるフィーリング。これら2台を試乗した時、モーターフィールという言葉がふさわしい、実にストレスフリーの乗り味である反面、2気筒エンジンや単気筒で感じられる「鼓動感」は少なく物足りなさも。ですがCB1100のそれは、鼓動感があり「このエンジン、生きている」と思わせるもの。バイクの重たさと相まって「鉄馬」という言葉が相応しいと思います。

街中で1000~2000回転の間で走行している時は、ジェントルそのもの。ですが発熱量がとんでもなく、渋滞中は地獄そのもの。

ですが、回転数を上げていくと、鼓動感とともに独特の排気音が。それは2気筒エンジンを2つ乗せたかのような音で、なぜかアメリカンV8のようなドロドロっとした音。ハンドルに伝わる振動も相まって「これ最高じゃないか!」と評価が変わるのだから不思議。Hondaのエンジンは、性能はいいけれど官能的ではないと思っていたのですが、とんでもない。こんなに官能的なエンジンが作れるのですね。適度に硬質な乗り味も◎。バイクってイイナ、いつまでも走っていたいナ。そんな気持ちにさせてくれます。
高速道路での巡行は快適のひと言。もちろんネイキッドですから風との戦いが待っています。ですが安定性が高いので、怖さとかはなく。

もちろん都内でも、冬の朝、海を見に走らせて到着したら缶コーヒーで体を温める、という孤独な浪漫を楽しむのも似合いそう。速く走らせるだけがバイクじゃない。味わいを楽しみながらのバイクライフ、年を経たオトナだからこそ似合う世界な気がします。ホント、このバイクが似合うオトナになりたい。
こうしてCB1100 RSを楽しみ、気持ちは買う寸前。で、駐輪場にバイクを入庫しようとした時、またしても250kgを超える車体重量に四苦八苦し、心が折れそうに。50歳、60歳と年を重ね、筋肉量が落ちてきた時にはたして乗れるのか? でもCB1100が欲しい……。でも夏はメッチャ暑い。試乗後、この葛藤が延々と続いています。
【まとめ】

当時社長であった本田宗一郎さんはCVCC開発の報を聞き、大幅な売上が見込めると大喜びしたそうですが、開発陣から「排気ガス問題を減らし、少しでも空気が綺麗になるように願って開発したものであって、社の売上に貢献するためではない」との主張を聞き反省したといいます。Hondaは今年4月、2040年に電気自動車、燃料電池車の販売比率を100%にする目標を明らかにしました。数多くのエンジンを開発してきたのに……という想いもありますが、(会社存続の意味もありますが)環境のために電動化に取り組むというのもHondaらしいですし、そのイムズは今も息づいていると、私は好意的に受け取りました。エンジンでなくても楽しいクルマが作れる会社であることは、既に「Honda e」で証明されています。

その一方で、ガソリンエンジンに対するノスタルジックな想いがあるのも事実。CB1100は、このバイクでしか味わえない独特のフィールと共に、本田宗一郎さんの理想が詰まった1台として、Hondaファン、いやバイク好きなら、許されるなら手元に置いておきたいと強く思わせる1台でした。
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