2021年12月、マツダのロードスターが改良されました。その新型ロードスターに、2月に開催されたメディア向け試乗会で乗ることができました。
右が新規に導入された「990S」、左が「RF」。試乗会は伊豆のワインディングを舞台に実施されました
今回の改良のトピックはKPC(キネティック・ポスチャー・コントロール)と呼ぶ姿勢制御技術が採用されたことです。これまで25年以上にわたってロードスターに乗ってきた筆者としては、非常に気になったのがその働き具合です。いったい、どのような効果を発揮するのか? そして、それはドライビングの楽しさをスポイルすることはないのか? 不安半分、期待半分で臨んだ試乗会をレポートします。
スポーツカー好きの本音は「制御はいらない」
筆者が、これまで長くロードスターに乗り続けてきた最大の理由は「運転していて楽しい」から。決して「速いから」ではありません。そして、ロードスターの走りの楽しさは、クルマ本来の軽さや、もともとの設計が生み出したクルマの特性からきていると言えます。そして、ロードスターが目指す走りやキャラクターは、今から30年以上も前になる、1989年に誕生した初代NA型ロードスターが決定づけました。

当時のNA型ロードスターは、電子制御なんてものはひとつも使っていません。DSC(横滑り防止装置)どころか、ブレーキのABSもありません。下手をするとパワーステアリングやパワーウインドウさえないグレードもありました。
でも、NA型ロードスターには、確固たる運転する楽しさが存在しました。何もないだけダイレクトにクルマの動きが分かります。そして、ドライバーがミスをすればスピンもするし、狙った通りに止まれないことも。でも、それこそがスポーカーなんです。安全を担保されたジェットコースターではありません。リスクを含み、それを回避することもスポーツカーの醍醐味です。そして、そうしたプリミティブなロードスターを求める人が世の中にたくさんいたのです。


つまり、ロードスター乗りとして、「ロードスターは電子制御なんてなくても楽しかった。だから、電子制御なんて余計なおせっかい。いりません」という思いがあります。
そうしたマインドに真正面から挑戦状を叩きつけるのが、今回のKPCという姿勢制御技術だったのです。
ロードスターに搭載されたKPCの仕組みとは?
ユーザーは「余計なおせっかいはいらない」と思っていても、メーカーはそうもいきません。危険性が指摘されており、それを克服できる技術があれば採用するのは当然のこと。マツダだって、当然、ユーザーの「おせっかいはいらない」という思いは理解しています。だからこそこれまでABSを採用し、DSC(横滑り防止装置)をロードスターに採用してきました。大切なのは、「運転の楽しさ」を邪魔しないことです。実際に、ロードスターのABSやESC(横滑り防止装置)、電制スロットルに文句を言う人は、ほとんどいません。そういう意味で、これまでロードスターに採用された電子制御は合格点を得ていたと言えるでしょう。


では、新しいKPCは、ユーザーに合格点をもらえるのか。まず、KPCがどういうものなのかから読み解いてみましょう。
この制御は、現行のND型ロードスターならではのサスペンションの特性を土台としています。そのサスペンションの配置は、後輪にブレーキを掛けると、車体を引き下げる力が発生するようになっています。車体を引き下げる力は、車高が高いほど大きくなります。この特性を利用したのがKPCです。
作動ロジックは、非常にシンプルなもの。0.3G以上の横G(コーナーで体が傾くほどのG)がかかったときに、コーナー内側の後輪ひとつに、一瞬、微小なブレーキを掛けます。これにより、クルマの後ろ側が下に微妙に引き下げられます。そして、後輪左右の回転差が大きくなるほどに、ブレーキが強くかけられます。下げられる車高は、わずか数mm単位。
重要なのは、KPCは車高を下げるだけで“より曲げる”とか“より速くなる”ものではありません。狙いは、コーナーリング中のタイヤの接地感を高めること。ちなみに、ブレーキやサスペンション、LSDを社外品に交換しても、なんら問題はありません。またDSCをオフにすれば、同時にKPCも作動しなくなります。気に入らなければ、オフにできるというのは重要なところです。


また、まっすぐに走っているときに効かず、ロールしたときだけ働くKPCは、言ってしまえばスタビライザーと同じ働きをします。鉄の棒を使うスタビライザーと比べてKPCは電気だけで動きますから、重量増もコストもゼロということも特徴でしょう。
違和感はあったのか? 作動は気が付くのか?
今回の試乗会では、複数のグレードを試すことができました。ロードスターは、外から見るとどれも同じようですが、実はグレードによって、走りの味付けが異なります。

大きいのが、LSDと後輪のスタビライザーのアリナシです。LSDは、左右の車輪の回転差を制限する装置です。
新規に導入された「990S」グレードは、そのどちらも装着されていません。一方、ほかのグレードは、すべて装着されています。また、「RF」グレードはパワフルな2リッターのエンジンが搭載されており、車両重量は1100~1130㎏もあります。最軽量の「990S」よりも最大で140㎏も重いのです。
そして今回の試乗では、それらすべてのグレードでKPCのオンとオフを乗り比べてみました。
まず、最も気になっていた違和感はあったのか。答えは、うれしいことに「NO」でした。
注意深く走らせてみても、KPCが作動していることに気づけませんでした。しかし、DSCをオフにすれば、その差は歴然。
そんなKPCの効き目が、最も大きかったグレードが「990S」。次が「RF」です。一方、足を固めた「RS」グレードでは、効き目が小さいことにも気づきます。考えてもみれば、それは当然です。なぜなら、左右の回転差が大きく、ロールが大きいほど、KPCはよく効くのです。LSDは、左右の回転差を小さくする装置ですし、スタビライザーはロールを抑える装置。その両方のない「990S」が最も効果を発揮し、次に重量があってロールの大きい「RF」が続くのも当たり前の話。また、LSDとスタビライザーがあってロールの少ない「RS」グレードでKPCがあまり働かないのも、原理的に当然のことです。

つまり、車高を下げたり、サスペンションを固めたりした「走り重視」のカスタムをしたロードスターには、KPCは、あまり働きません。逆に、重い「RF」や、なにもついていない「990S」のための装置という意味合いが強いのではないでしょうか。
結論は、長年のロードスター乗りとして、今回のKPCの採用は「あり」だと思います。だって、効いていることに気づかないほど自然だったし、嫌ならオフにできます。しかも、チューニングするほどに効果が薄くなるというのもよいところです。「スポーツカーに余計なお世話」とモヤモヤしている方は、とりあえず乗ってみること(試乗)をオススメします。きっと納得できると思いますよ。

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筆者紹介:鈴木ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)。
