2022年7月16日、三本和彦さんが亡くなられました。生前のご功労に対し深い敬意を表すとともに、心より哀悼の意を捧げるものです。
私のような者が言うまでもなく、我が国の自動車文化に多大な影響を及ぼした方でありました。ジャーナリスト、カメラマン、ラリーイストと様々な顔を持ちつつ、最も知られていたのはテレビ神奈川で放送されていた「新車情報」の司会でしょう。
なにより10代の頃に見たあの番組のおかげで、私はまるで興味のなかった自動車の社会的側面に目が向くようになり、おかげで自動車雑誌のバックナンバーを集め、取る気のなかった運転免許も取ったりして、今では調子に乗ってこのような雑文まで書いています。
皆様先刻ご承知の通り、この連載のタイトルもかの番組から勝手に拝借したものです。自動車について考えはじめると、あの三本節がどうやっても頭から離れない。そこで何度か書いて終わるつもりで止むを得ず始めたものですが、気がつけばこの連載も100回を超えてしまいました。このタイミングで他にやりようはないかと考えてはみたものの、当初がそうだったように難しい。しばらくはこのスタイルで、雲の上を伺いながら続けさせていただきたい所存です。
三本御大が他の評論家と違い徹底していたのは、庶民の生活の道具としてクルマに必要なものは何かという視点でした。今回の話題の中心と致しますのも、庶民である私が、北国での生活の道具として必要に迫られ購入した、2017年型フォレスター「2.0i-L EyeSight」。新車じゃなくてすみません。
納車から1ヵ月で2000kmほど走り、どんなクルマか掴めてきた気になっていますが、アクセルの踏み加減がまだよく分かりません。
重く感じるのは非力なせいじゃない

中古車を買いますと、まあ色んなことがいっぺんに起こるものですが、まずキーを受け取り、最初にアクセルを踏んだところから始めましょう。
真っ先に感じたのは「さあ、これから重いものを転がしますよ」というペダルの感触でした。1.5tを超える常時四駆ですから仕方ないのですが、それは決してエンジンが非力だからではありません。
アクセルをちょっと踏んでも、思ったほど進まない。ならばと踏み足すと、今度は思ったより勢いよく転がろうとする。それでペダルを戻すとエンジンブレーキが効いてカクンと減速する。そこにエアコンのコンプレッサーのオンオフも加わり、どうにも動きがギクシャクしがち。特に赤信号からの右左折、駐車場での後退、その他微妙な速度調整が要るところで、思った通りに操れません。
慣れればなんてことはないのでしょうが、気の短い私はドライブモードで対応することにしました。

このフォレスターには「SI-DRIVE」というドライブモードの設定スイッチがあります。低いエンジン回転で高めのギアを選ぶインテリジェントモードの「I」。これは省燃費を狙った標準モードです。そして高回転で低めのギアを選ぶスポーツモードの「S」。
ただでさえ燃費が悪いと噂の水平対向エンジンですから、Sモードはできるだけ使いたくありません。ところが試しに押してみると、こちらの期待とエンジン回転とギアがうまくシンクロして、先のギクシャク感も解消。困ったことにそうやってエンジンが回っていると、ちょっと楽しいのであります。
おいちょっと待て!パドルシフトがあるぞ!

おまけに、どういうわけだかパドルシフトがあるんですよ。ノンターボの、純然たる5ドアのファミリーカーにもかかわらず。
水平対向エンジンのクルマにパドルシフトとくれば、ポルシェのティプトロニック。いまどき水平対向なんかポルシェとスバルしか造っていませんし、常時四駆とくればカレラ4も同然。これはお買い得ですよ、奥さん!
というのは冗談ですが、まあパドルシフトなんてものは最近では当たり前に付いているもの。CVTのシフトが段付きになったところで一体何が楽しいのか。なーんて思っていたら大間違いでした。

登り坂はパワーがありませんから、床までアクセルを踏んでも大したことは起こりません。しかし、高回転で回るボクサーエンジンの音が響いてくる。
もちろん今のスバルは排気干渉によるドロドロ音はしません。それでも普段乗っている直4や直3とはまったく違う音がする。水平対向エンジン初心者の私には、これが楽しくて仕方ない。
そうこうしているうちにシフトレバーをMモードに入れておけば平地でも勝手にシフトアップしないことを覚えました。おかげで回るよ回るどこでも聞けるよボクサーサウンド。困ったものです。
ちょっと古いSUVのくせにハンドリングが軽快
そうやって走ってみると驚くのがハンドリングです。車高の割にロールが抑えられているおかげで旋回中の姿勢も安定しており、170cmを超える背の高いクルマを運転している気になりません。FFベースのスタンバイ四駆のように、外に逃げるノーズを無理にゴム紐で引っ張るような、先が読めない怖さもなし。むしろ4WSなのかと錯覚するくらい、軌道は正確で身のこなしが軽い。
これが前後トルク配分6:4のアクティブトルクスプリット式四駆のおかげなのでしょうか。後から押されている感覚も手伝って、ロードスターから乗り換えても、十分楽しい。
高速道路の直進安定性も立派なものです。ただしワンボックスほどではないにしろ風の影響は受けます。特にこのクルマでは、下から車体が持ち上げられるような挙動も経験しました。最低地上高があるおかげで、フロア下を風が抜けるからでしょうか。危険を感じるほどではありませんが、あまり気持ちの良いものではありません。
乗り心地はフツーだけど何故か快適
乗り心地については、5万kmを走った個体ですから、ショックアブソーバーやシャシ剛性の劣化も考慮しなければなりませんが、この種のクルマとしては及第点。普通です。
まず細かい路面の凹凸をそれなりに伝えてきますし、左右両輪で突起を踏んだりするとドスッと感じる突き上げも大きい。これはロールを抑制するスタビライザーの仕業でしょうから、先のハンドリングの良さと引き換えでやむを得ません。
その代わり、路面の大きな凹凸を長い周期の上下動で抑えてくれたり、長いストロークを使って旋回中の姿勢を保とうとする「陸の巡洋艦」的挙動を、ダウンスピードでもチラ見せしてくれるのが気に入っています。乗っていて疲労も感じにくいし、長旅に使ったら楽しいでしょう。

疲れない要素は、車内騒音の低さにもあります。音源は「ヒーン」という僅かなパターンノイズと、バイザーあたりから聞こえる風切音くらい。ためしに窓を締め切りエアコンを切って、いつもの音圧計測アプリ「Sound Level Analyzer」とiPhone 8 plusで、いつものコースを60km/hで走って車内騒音を測ってみました。エンジン回転数はモードによって異なるようですが、ドライブモードはI、DレンジでACCを使わなければ1100回転程度のようです。
結果は56.9dB。ちなみにタイヤはほぼ新品で純正サイズのグッドイヤー・エフィシェントグリップ RVF02。その後に寄った蕎麦屋の店内は56.2dBでしたから、時折他のお客さんの蕎麦を啜る音が聞こえる程度の静粛性ということです。
同じCセグセダンの騒音レベルは気になるところですが、個人的には別世界。なにしろロードスターRFは新品のポテンザS001を履いて「65.6dB」、プロクセス・スポーツで「63.2dB」でした。6dBの違いは音量にして2倍、9dBなら3倍も違いますから、疲れた日は自然にフォレスターのキーを握って出かけるようになってしまいました。
なにしろエアコンはよく効くし、グラスエリアが広いおかげで車室内も明るい。オープンにすればさらに明るいロードスターですが、灼熱地獄にさらされる真夏の昼間は生命の危険を伴いますから、冬のために買ったクルマなのに夏でも使ってしまうわけです。
二酸化炭素排出量が多くてすみません
さて、電動アシストも何もない生の水平対向エンジンです。何が困るかといえば燃費が泣き所です。これまで4回給油し、それぞれ満タン法で計算してみました。
7月7日: 走行502km ÷ 給油33.03L = 燃費15.2km/L
7月19日: 走行493km ÷ 給油36.54L = 燃費13.49km/L
7月30日: 走行520km ÷ 給油41.18L = 燃費12.63km/L
8月9日 走行502km ÷ 給油37.39L = 燃費13.43km/L
走行パターンはおおむね同じで、郊外・バイパスと市街地が半々、そこに山坂道がちょっと。その間、乗員は1名か2名。
平均してリッター13.7キロですから、設計年次のちょっと旧いクルマとしても決して褒められた値ではありません。ロードスターRFなら同じパターンでリッター17キロは走りますから、レギュラーとハイオクの価格差を考慮してもロードスターの方が安上がりです。
それでも散々悪いと聞かされてきた水平対向エンジンの燃費としては、そんなに悪くもないようにも思える微妙なところ。なにしろ運転は楽しい。長距離走っても疲れない。もし疲れても車中泊に使う人がいるくらいでリアシートを畳めば寝られる。そうしたロードスターにない快適要素、精神的不安のなさを考えれば、あらかた許せてしまえるように思えます。
ちなみに給油を重ねるにつれ燃費が落ちてゆくのは、気温の上昇によるエアコンの多用、ガソリンより燃えにくい燃料添加剤の使用など理由はいくつか考えられますが、もっとも効いているのはパドルシフトを多用してぶん回すのを覚えたせいでしょう。
本当に本当に困ったものです。それではまた。