僕たち私たちのモビリティの未来はどうなる?
当記事ではイタリアで行なわれたバイクイベント「EICMA」をレポートしますが、その前にバイクを取り巻くEV化の現状を説明させてください。
読者の皆さんも「カーボンニュートラル」という言葉を、最近よく聞くようになったと思います。人口爆発に工場やモビリティの増加、CO2やメタン、フロンガスなどの排出ガスの影響、森林減少などたくさんの原因があるのですが、簡単に言うと増えた温室効果ガスが原因で地球が温暖化することで、異常気象や海面の上昇など深刻な状況を引き起こすということがわかってきたので、ガス排出量から吸収量と除去量を差し引いて合計をゼロにし、ニュートラル=中立にして人間が自然界に及ぼす影響を少なくしようぜ! ということです。
ここ近年の世界共通の取り決めになってきて、多くガスを出す主要先進国が特に努力義務が課せられています。2020年には日本も首相が「2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す」と宣言しています。
環境省HPより(https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/)
モビリティの世界もこの実現に向けて、世界的に排出ガスを出さずに走ることができるEV化が進んでいて、製造工程やリサイクルでも技術が進んできています。バイクの世界も例外ではありません。EV化は自動車だけではないのです。
ホンダは2025年までに10モデル以上の電動バイクをグローバル展開することを発表。ヤマハは2050年までに約90%の電動化、KAWASAKIは2035年までに主要モデルを電動化、スズキも今のところ具体的には何年までと発表していませんが、新しい電動バイクを開発しているとのことです。
また電動化のネックになっている航続距離の問題も、日本の4メーカーとENEOSが共同でGachaco(ガチャコ、バッテリーシェアリングの会社)を設立し、この分野で先行する台湾を追いかけ、日本独自のバッテリーシェアリングサービスをスタートさせたところです。

前振りが長くなってしまいましたが、その最新の潮流が垣間見れる最前線が、イタリアで開催された「EICMA」というバイクのイベントです! 僕たち私たちが乗るバイクが、EV化によりつまらない乗り物になるのでは?と危惧する方もいますが、本当でしょうか? その疑問の答えを探すべく、往路14時間、帰路12時間もかかるイタリアの最前線へ取材に行ってきました。盛りだくさんの内容なので、複数回に分けてレポートします!
いざ、世界最大のバイク見本市へ!
EICMAとは「Esposizione internazionale del ciclo, motociclo」の略称で、訳すと「モーターサイクル国際見本市」です。イタリアのミラノで1914年から開催されている世界で一番大きいバイクの見本市で、既存のモデルはもちろん、新車の発表やコンセプトモデル、次年度のデザインや仕様などバイクのトレンドを占う重要なショーです。また、まだ見ぬパーツを探したりBtoBのビジネス、パーツや用品やアパレルなどの買い付け等、ビジネスショーとしての側面もあります。バイク版のモーターショーだと思ってください。


今回は、私が代表の電動バイクチーム「TEAM MIRAI」で電動バイクを製作しマン島やアメリカなど、レースで世界を転戦した経験を活かし、私・岸本ヨシヒロことキッシーがイベントで見つけた面白い電動バイクを独自の切り口で紹介・分析したいと思います!
今年はコロナ禍が明け切れてないにもかかわらず、世界45ヵ国・1370の有力ブランドが出展しました。また電動バイクの出展も多く、各社からいろいろな電動バイクが発表され、前述のカーボンニュートラルでまさにバイクの変革期、「電動元年」といってもいいくらい当たり年でした。ここに行けば世界的なバイクのトレンドがわかるのです。
まずは日本でも知られている有名メーカーから見ていきましょう!
個人利用向けのEVスクーター
HONDA EM1 e:
日本ではすでに業務用電動バイクをリース販売しているHONDAですが、ヨーロッパの個人向けにいよいよ電動バイクを発売します。
最高速度45km/h、1回の充電で航続距離40km以上という発表で、 価格やそれ以上の詳細なスペックは未発表でしたが近いうちに発表されると思います。

最高速度が45km/hなのは、AM免許(対象:16歳以上、45km/h以下のバイク)というヨーロッパの法律基準に合わせた最高速に設定してるためです。現状はヨーロッパや中国向けですね。また、EM1 e:は中国のグループ会社・五羊本田が発売している「U-GO」(公式サイト)をベースにしているように見えますが、バッテリーは「Honda Mobile Power Pack e:」を搭載します。
このバッテリーパックは重量約10kgで、YouTubeの広告からも個人が自宅でバッテリーを充電することを想定しているようです。
同時にバッテリー交換ステーションの展示がなかったことからも、ヨーロッパでバッテリーシェアリングステーションの仕様や整備に時間がかかっているとも言えます。バッテリーパックが1個だと航続距離が短いので、メットインスペースを使用して2個乗せることも将来的に考えているでしょう。

ちなみにバッテリーシェアリングステーションに関してはEICMAの会場で展示ブースが多く、航続距離の課題を解決するために2輪メーカー含め、いろいろな会社が参入しています。





ヨーロッパでのベストセラーが電動化
YAMAHA「NEO'S(ネオス)」
ヨーロッパで3月に発売された電動スクーターで、現地ではAM免許で乗れる最高速度が45km/hまでの区分になります。

EICMAで配られたパンフレットを見ると、ヤマハの中ではNEO'SはUrban Mobility(都市移動)のカテゴリーに入っています。実際、イタリアをレンタカーで走たのですが、街中はけっこう渋滞がひどく、立ち乗りのキックボードや自転車、バイクが縦横無尽に走り回っていました。これは実用的な面でも電動バイクにメリットはありそうです。
製造はベトナムで東南アジアでの発売も予定しているとのこと。販売計画はヨーロッパで1万台、価格は3099ユーロ(約45万円)からということで、これに納車整備費用や各国での税金がかかります。
日本ではあまり知られていませんが、ヤマハがヨーロッパで展開しているエンジンスクーター「Neo's 4」が発売されており(欧州での超ベストセラー原付)、デザインが非常に似ているのですが、このNEO'Sはより近未未来的にデザインされた電動スクーターです。デザインは同じ2灯でリアのシェイプも似ていることから、むしろNeo's 4がNEO'Sをオマージュしているのかな? と思ったら、リリースにも「デザインを引き継ぎ、凛としたシンプルさや飾り気のない余白感を演出」とあったので、その通りだったようです。
フレームはアンダーボーンの新設計を、デリバリー業務もこなせる強度を持たせたとのこと。タイヤサイズは13インチに引き上げられていますが、これはヨーロッパの石畳が多い路面や東南アジアの荒れた路面など、地域特性に合わせたものでしょう。

ちなみにリアタイヤは、リム分割構造でタイヤ交換がしやすいとのこと。正直、助かります~! 電動スクーターでタイヤ交換のネックは配線の取り外しで、何気に時間もかかりますし、気もつかいます。ショップも余分な時間工賃を請求しにくいし、そして何より面倒臭い(笑)。整備性を上げてくれたのは長年電動スクーターを販売しているヤマハならではの、現場からのフィードバックがあったからだ思います。

バッテリーの展示はなかったのですが、シート下の1本8kgのバッテリーは取り外し可能で、2本まで搭載できます。1本目のバッテリーが少なくなると、自動的に2本目のバッテリーへ切り替わる方式です。

インホイールモーターは同社の電動スクーター「Passol」や「EC-03」にも採用されたものを熟成させYIPUⅡに進化。EC-03は自分も所有していますが、アクセレーションがよくて制御の味付けが良いので、乗りやすいです。ただ、回生ブレーキがなかったので、アクセルを戻した時にエンジンバイクと比べると違和感があったため、YIPUⅡに進化してどう変わったのか興味があります。日本仕様の発売も期待しましょう。
NEO'S(ネオス)主な諸元
最高速度:45km/h
車両重量:98kg(バッテリー重量1本8kg、2本まで搭載可能)
定格出力: 2.3kW
最大出力:2.5kW
電圧:50.4V/19.2Ah
充電時間:8時間
タイヤサイズ:13インチ
キーレス仕様
フロントディスク・リアドラムブレーキ
ABS、CBSはなし
KAWASAKIの電動バイクはNinja系!
さぁ、国産メーカーのラストはカワサキです!(スズキは電動車両の展示ナシ)。カワサキは2019年のEICMAを皮切りに、Ninja系の車体を流用した電動車両を公開、今年の鈴鹿8耐では電動だけではなくハイブリット車両のデモランと、ドイツ・ケルンのバイク見本市「インターモト」でもネイキッドタイプのEVを展示するなど、情報を少しづつ公開していました。
今年のEICMAでは、3モデルを一気に発表、ひな壇ともいうべき一番目立つ場所に展示していました。またカワサキモータースの伊藤 浩社長も来場し、2023年にEV、2024年にハイブリッド車、そして水素エンジンの開発、さらに内燃機関の開発と生産も続けていくと発表しました。ちなみにカワサキモータースは2021年に川崎重工業から分社化しています。分社化のメリットは伊藤社長自身が語ったように、ビジネスの意思決定に時間がかかっていた大会社特有の問題を短時間で解決できることです。

展示ブースでは新しく作成したカーボンニュートラルマークと、「GO WITH GREEN POWER」というキャッチーなスローガンとロゴを前面に立ててアピールしていました。カワサキのイメージカラーのグリーンと前述のカーボンニュートラルでの緑のイメージってぴったりですもんね。
そういえば、カワサキのブースは天井を見るとグリーンのライトがありました。そのほかにも、そこかしこにグリーンのランプが仕込まれていて、ライト1つ取っても非常に細かいところまでブース設計がされていて感心します。メーカーが何を見せたいか、担当者と施工会社がどこまでこだわりを持っているか? 導線はどうか? メーカーごとの違いを見るのも面白いですね。デザインの国イタリアなので、日本の展示方法との違いを見るのも勉強になります。

スポーツタイプのEV
「Z EV」と「Ninja EV」
カワサキはスクータータイプではなく、いわゆる中型・大型タイプの電動バイクです。日本メーカーでは初となる、スポーツタイプの市販電動バイクになる予定です。


最高速度45km/hの電動スクーターのAM免許より、1つ上のA1免許(125ccカテゴリーで最高出力11kWまで)になります。日本では原付2種クラス(小型2輪)に近く、海外のSUPER SOCOやTROMOXなど先行する電動バイク専業メーカーとの競合クラスです。2023年の中ごろに発売予定ということで、市販車に近いプロトタイプ車両でした。

Z EVはデザインや基本構造は同じZ250系やZ400系をモチーフにしており、カウル付きのNinja EV はZ EVと共通のプラットホームを使用しますが、カウルなどのデザインはNinja250などをモチーフにしています。バッテリーBOXやモーターなどの取り付け位置や寸法がエンジンバイクと異なるので、フレーム構造や取付ステーの位置をモディファイしているような感じです。
特にカウル付きのバージョン「Ninja EV」はNinja250や400を電動にしたような印象で、よく見るとマフラーがないといった違いがありますが、見た目はエンジン車両と違和感はありません。

発表されたバッテリー容量はZ EVもNinjya EVも最大3.0kWh。2019年のEICMAで公開されたプロトタイプのものとは形状が異なるようです。公開された資料の動画では円筒形電池セルのリチウムバッテリーを使用しています。
バッテリーパックは脱着可能で、2個搭載可能。外した状態でも取り付けたままでも充電できます。容量から100km以内の近距離を想定していると思われますが、独自で調達したバッテリーなのか同じバッテリーコンソーシアムを組む「Honda Mobile Powerpack e:」を搭載するのか今のところ不明です。量産モデルの電圧はまだ発表がありませんでした。

ただ、プロトタイプが実装しているものはメーターを見ると100V付近になっているので、可能性としてはHonda Mobile Powerpack e: (定格50.26V)を2個直列して積むことは可能性としてはありますが、パック電圧の変更や形状変更など、メーカー間の調整が必要になるでしょう。また動画で見る限り、回生ブレーキのレバーやバックモードもあるのですが、市販車で実装されるかは未定です。
プロトタイプモデルではトランスミッションは4速までありましたが、展示車両はシフトペダルがなくなっていました。他社のモデルになりますが、6速や3速程度の変速機付き電動バイクに乗ったことがあるのですが、3速からでもスタートできたりシフトアップ・ダウンのフィーリングが内燃機関に比べるとあまり良くない印象でした。

いろいろ理由はあると思いますが、トランスミッションを採用しなかった代わりに、モーターのドライブ軸からカウンターギアを入れて減速比を変えているようです。ギアを1枚入れることにより、リアスプロケットの丁数が大きくなりすぎず既存のスプロケットサイズを使える利点があります。

電動バイクに変速機を搭載する場合、超小型モーターで超高回転にする場合はメリットがあるのですが、高コストで技術がまだ追いついていないということと、トルクがあるモーターの場合、市販車の速度レンジをすべてカバーできる(要するにどの速度でも全閉から開けてもスムーズに加速する)ので、そもそも必要ないのです。
ちなみに機構や加速感はAT(オートマ)とは異なり、変速ショックがないのでかなりシームレスなフィーリングです。信号があり、渋滞する都市を移動するのに適していています。日本では変速機がないことから該当クラスのAT免許で乗れるんです。
製造はタイ、販売価格や地域は後日発表ですが、早く乗ってみたい1台ですね!
カッコ良さはハイブリッドでも変わらず
「Ninja HEV」
ハイブリッド仕様車はモーターとエンジンは2気筒で400ccか650ccほど。積載するバッテリー容量によると思いますが、車両価格はEVよりも高くなりそうです。

諸元は非公開でしたが、横から見るとかなりのロングホイールベースになっています。これはモーターやエンジン、バッテリー、インバーター、燃料タンクなど多くのパーツを積むので、ある意味しょうがないですね。

クラッチレバーやシフトペダルはついていなかったですが、公開された動画を見ると左ハンドルについているセレクトボタンでAT/MTが選べ、ATかシフト操作を手元でできるようです。また、HEVかEVかを切り替えられるボタンもあり、モーターだけでも走行可能です。
またモーターによるアシスト機能があり、右スイッチでboostボタンを押すとターボのように加速します。


この動画(↓)はTEAM MIRAIの電動バイクで、2017年の韋駄天Zeroや2018年の韋駄天FXSも同じ機能があるのですが、加速の時に押すとウイリーするくらいフル加速するので楽しい機能です(笑)。
Ninja H2ベースの水素エンジンも展示されていた
「Ninja H2」のエンジンをベースにした、水素エンジン単体の展示もありました。

親会社の川崎重工業は水素エネルギーに関わりをもった事業展開をしていて、グループの総合力を結集して水素エンジンの実用化も目指しているとのことです。CGでの公開でしたが航続距離を延ばすためにリアシート左右のパニアケースを使用して水素タンクを搭載しています。

個人的にはバッテリーもパニアケースに入れればツーリングモデルとして使えるのでは? と思いました。
またカワサキは、CO2と水素を合成して作る合成燃料の「eフューエル」や動植物を原料とした燃料の「バイオフューエル」などで走る内燃機関を開発、EVだけではないカーボンニュートラルに多面的に取り組むとのことです。筆者自信も家庭から出る廃油で走るバイオフューエルのプロジェクトで、マン島でマシンを走らせたことがあります。
選択肢が増えるのはいいことだと思いますし、技術革新であらたなモビリティが生まれるかもしれません。
以上、EICMAに見る「僕たち私たちのモビリティの未来はどうなる?」国内メーカー篇でした。次回は世界を引っ張る海外勢を紹介しますので、ぜひご覧ください。
筆者紹介──岸本ヨシヒロ
MFJ国際ライダー。龍谷大学卒業後、CM制作会社や大手町の人材派遣会社を経て、プロスタッフヘ入社。企画書が通り、日本初の電動バイクチームTema Prozzaを結成して明治時代から続く伝統のモーターサイクルレース「マン島TT」ヘチャレンジ。チームマネージメントをし初出場で5位完走させた。2012年、株式会社MIRAIを起業。
TEAM MIRAIを結成してマン島TTやアメリカのパイクスピークヒルクライムレースに電動バイクを製作して世界のEVレースに参戦している。2017年パイクスピーク電動クラス優勝、2019年マン島TT3位。
TT零13というバイクではEVは音が小さいということを逆手に取り、初音ミクとコラボ、独自の近接音で走らせて話題になった。

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