ポルシェを心ゆくまで楽しみたい。誰もが一度はそう思うことでしょう。
それが世界最大にして最速のワンメイクレースである「ポルシェ・カレラカップ」です。一般の人が参加できる“究極のポルシェ体験”の世界をのぞいてきました(写真はすべて昨シーズンのものです)。
究極の911で争われるワンメイクレース

ポルシェ カレラカップは、ポルシェが世界各地で開催している「ポルシェ 911 GT3 Cup(通称カップカー)」を使用したワンメイクレース。1986年にドイツで初めて開催され、その後、世界各地に展開。日本では2001年から始まり、現在はSUPER GTやFormula 1のサポートレースとして開催されています。




使用する車両は、2022年から導入されているType 992型の911 GT3 Cup。カップカーの第7世代になります。一見、一般道で見かける911より車高が低く、大きなウイングが取り付けられている程度の差しか見えませんが、中身はまったくの別物です。




リアに搭載する4リッター水平対向6気筒エンジンは510馬力を発生し、6速シーケンシャル・トランスミッションを介して後輪に伝えられます。
中身は完全にレーシングカー!





車内はスパルタンそのもので、さすがレーシングカーといった風情。もちろん1人乗りですし、そのままの状態で一般道を走ることはできません。シートは角度・高さともに2段階調整可能で、ステアリングホイールはカーボンファイバー製。メーターパネルは10.3型のカラーモニターで、様々なインフォメーションが表示されます。その横には、照明や換気、タイヤの設定変更、ブレーキバランスの調整などを行なうラバースイッチが設けられています。

気になる車両の価格は3500万円弱。「高っ!」と驚かれることでしょうが、GT3マシンがざっくり6000万円。近年参戦台数が増え激戦のスーパー耐久シリーズ「ST-Zクラス」に参戦するGT4マシンが3000万円強ですので、「GT4よりもハイパフォーマンスなクルマがGT4と同程度の値段で手に入る」と考えるとお買い得です。またGT4と違い、バージョンアップによる追加費用が発生することは少ないばかりか、一度購入してしまえば次のモデルが出るまでは買い替える必要がないのもポイント。
ドア、エンジンフード、リアウイングはカーボンファイバー強化プラスチック製なのですが、一方で、独特のエアアウトレットダクトとセンターエアインテークを備えたフロントフードは911カレラと同様にアルミニウム製。これはアクシデント時の修理費用削減を考えてのことです。

世界各地で開催され、歴史も古いことからアフターマーケット市場が確立しているのも特徴です。カップカーの累計生産台数は4200台以上なのですが、カップカーそのものの需要は高いので、たとえば「参戦するのはやめよう」と車両を売却に出しても、比較的すぐに、そして高額で買い手がつきやすいのだそうです。メンテナンスコストや売却の事も考えると、他のワンメイクレースに参戦するより「結果として安上がり」になる場合があるというから驚きです。古いカップカーでは現行のワンメイクレースに出られませんが、サーキット走行などに需要があるのです。

ちなみに、車両はディーラーで購入することはできませんが、ディーラーからポルシェ カレラカップ ジャパン事務局の担当者につないでくれるとのこと。また、車両のメンテナンスガレージに関しても、あてがなければポルシェジャパンが紹介してくださるそうです。なお、車両を購入した際は、ポルシェ カレラカップ ジャパンへの参戦が義務付けられています。
日本ではF1やSUPER GTのサポートとして
カレラカップは開催されている


それでは、我が国で行なわれている「ポルシェ カレラカップ ジャパン(PCCJ)」についてご紹介しましょう。大会はSUPER GTのシリーズ戦のうち、岡山国際サーキット、富士スピードウェイ、鈴鹿サーキットで開催される5大会と、鈴鹿サーキットで開催されるF1世界選手権 日本グランプリの合計6会場、全11戦で行なわれます。大会ではプロクラス、トップアマチュアのプロアマクラス、アマクラスという3つのチャンピオンシップをかけてレースが展開されます。
ちなみにプロクラスでは、トラクションコントロールといった電子制御の使用は認められていません。







参戦資格はプロ、アマチュアともに国内競技運転者許可証A(国内Aライセンス)を所有していること。一見ハードルが高そうに思えますが、Bライセンスで出場できる競技会に1回出場して完走できれば取得できます。年間の参戦費用は、明確な金額は明らかにできないとのことですが片手の数百万円くらいだそう。ですが、最低限のタイヤが支給されるほか、エンジニアリングのサポート体制はかなり充実。「安心してレースに参加できる」ということを考えると、片手の数百万円くらいという年間参戦費用はレース規模を考えれば安い方と言えるでしょう。



さらにホスピタリティもハイエンドで、たとえば夫がレースに参戦している間、妻や子供は涼しく快適な場所で帰りを待てる、というわけです。また、ドライバーミーティングなどを行なうエリアにもお菓子やコーヒーが置かれていました。ドライバーミーティングの場所で“おやつ”がいただけるのはあまり見たことがありません。

大会は、F1のサポートレース以外では、1会場で2レースが開催されます。第1レース、第2レース双方のスターティンググリッドを、大会中1度限り行なわれる30分の予選で決定します。第1レースのグリッドは公式予選中のベストタイム順、第2レースのグリッドは公式予選中のセカンドベストタイム順で決定されます。公式予選で記録された最速ラップタイムの120%が公式予選通過基準タイムとなります。クリアーできなかったドライバーは決勝への出場が認められません。
ちなみに予選のポールタイムは、富士スピードウェイでプロクラスが1分39秒後半、アマプラスで1分42秒前半といったところ。富士スピードウェイで2分切りは、スーパー耐久の最上位クラスでGT3マシンを使う「ST-X」クラスに匹敵するタイムです。

決勝レースは、距離にして約50~70km、最大レース時間30分で行なわれます。富士スピードウェイで15周、鈴鹿サーキットで10周なので、スプリントレースといえるでしょう。
普段はパティシエ、週末はレーサー
参加者に聞くポルシェやカレラカップの魅力


では、どのような方が参加されていらっしゃるのでしょう。2022年シーズンに参戦された「CASA MINGO(カサミンゴ―)」さんにお話を聞きました。
「CASA MINGO」さんは帰国後、ポルシェが買いたい、という気持ちでケーキを作り続け、念願のポルシェを購入。ポルシェがモチベーションになるなんて、本当に素敵な話です。

ですが、CASA MINGOさんは1台でおさまることはなくエスカレート。ついには最上位モデルである911 GT3まで行ってしまったのだとか。「当然、サーキット走行とかもしていました。でも、もっと上があることを知って。たまたまカップカーのオーダーに空きがあることを知りまして、せっかくだからとカレラカップに挑戦しました」と、参戦の経緯を語ってくださいました。
「ケーキ屋さんって、そんなに儲かるんですか?」と思い不躾ながら尋ねてみると「僕のお店は、通販専門なんですよ。注文してから作って、全国に冷凍で配送しているので、全国にお客様がいらっしゃるんです」。つまり街のケーキ屋さんではないのですね。
CASA MINGOさんは、「911 GT3のサーキット走行とは全然違って楽しすぎます!」と言葉を弾ませながら、カレラカップの魅力を語ります。「まず市販車の911 GT3は30分間、連続して走り続けることは難しいんですよ。でもカップカーは走れちゃいます。そこが大きな違いですね。もちろん速度も違いますよね。クルマの動きだって違う。最高にして究極のポルシェ体験ですよ」と、魅力は語っても語りつくせない様子。
一方「当然、30分走り続けるとタイヤがダメになるのですが、これが1セット30万円するので、練習走行30分だけで30万円使っちゃうことになるんです。結構ヤバいですよね(笑)。そのほかメンテナンスガレージの方へのお支払いもありますし、車はお預けしていますから、買っても普段見ることはないですし」と笑いながら語るCASA MINGOさん。そう言えるのも、得られるものが多いから。

「メンテナンスガレージの方から、こうした方がイイとアドバイスをもらったりして。で、ラップタイムが上がるのは達成感がありますね。しかも大好きな911で達成できるから、なおさらうれしいんですよ」。その目は、まるで玩具を与えられた子供のよう。「そして観客の前で走られるというのもいいですね」と、感動はプライスレスです。

「カレラカップは、ポルシェの神髄に触れられたような気がします」というCASA MINGOさん。クルマそのものはもちろんのこと、アメニティやサポート体制をみると、確かに神髄という言葉がピッタリな気がします。

最初は金額だけをみると「富裕層向けサービス」と思われることでしょう。ですが、実際は「レーシングカーでサーキット走行を楽む」良心的なプログラムに思えました。確かにお金はかかりますが、CASA MINGOさんの笑顔は満足に満ちたもの。

話は逸れますが、ポルシェは千葉県木更津に専用コースを設けた体験型施設「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」をオープンさせています。最初その話を聞いた時「マイカーをガンガン走らせて、車が壊れればその場で修理までする富裕層向けサービス」と思いこんだのですが、いざ行ってみるとマイカーでの走行は不可で、キチンと整備したクルマで体験するだけでなく、ドライビング技術向上を図ろうとしているのだから驚いた次第。つまり「ポルシェで安全にクルマを走らせて、楽しんでください。ドライビング技術を磨いてください」というわけです。

エクスペリエンスセンターもカレラカップも、根幹にあるものは「望みうる限り、安全にクルマをハイレベルで楽しむ」というもの。ポルシェの神髄は、そのような志の高さにある気がしました。
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