2012年6月22日の夜、ロータリーエンジンを搭載したRX-8の最終モデルがラインオフしました。その11年後となる2023年6月23日、マツダは今秋登場予定のMX-30 Rotary-EVの生産を開始し、再びロータリーエンジンの生産に踏み切りました。
◆11年間、ロータリーの火が消えたわけではなかった

ロータリーエンジン不在の11年間、マツダはコンセプトカーの「RX-Vision」や水素ロータリーエンジンの研究など、様々な形でことあるごとにロータリーを復活させたいというメッセージを我々に伝えてきました。ですが世の流れは「自動車の電動化」。内燃機関そのものが否定されつつある時代です。その次代において新規で内燃機関を開発するのは、世の流れから反しているようにも見えるでしょう。

マツダも自動車の電動化は避けられないものと認識しています。ですが2030年に100%電動化を予定している欧州メーカーに対し、マツダは2030年の世界販売のうち25~40%をBEVにするという、やや慎重な姿勢をとっています。この話だけをみれば、エコノミストや環境保護団体から「遅れている」と糾弾されるかもしれません。ですが電動化は自動車メーカーが頑張ったところで、インフラを含めた充電機器、バッテリー容量などの蓄電技術の課題が大きく残っています。さらに2023年3月に欧州連合(EU)が、e-fuel(イーフューエル、CO2とH2で製造する燃料)や水素などカーボンニュートラル燃料を利用するエンジン車に限り、2035年以降も新車販売を容認。販売されるクルマすべてがBEVになるわけではありません

とはいえ、今度はメジャーとなるカーボンニュートラル燃料の何が主流になるのかは現在不透明。その状況において、ガソリン、カーボンニュートラル燃料、水素、LPGを使える「燃料を選ばない」ロータリーエンジンはとても魅力のある選択肢となるのです。何よりロータリーエンジンはマツダ独自の技術。
今回マツダはPHEVユニットのコンパクト化のためロータリーエンジンを復活させましたが、インフラによっては、以前のように駆動用途として使うことも考えられます。ロータリーエンジンを再び製造するのは、そのような時代背景があるようです。
◆エンジンは発電、モーターは駆動に使われる



それでは今回復活したロータリーエンジン「8C」を見てみましょう。8Cは前出のとおり、PHEVユニットの発電用として完全新規設計されたエンジンで、動力はジェネレーターの発電用に用いられます。いわゆるシリーズハイブリッド動作のため、エンジンから生まれた動力が駆動輪に伝わることはありません。

8C型は、排気量830ccの自然吸気1ローターで構成。最高出力は53kW(71馬力/4500回転)、最大トルクは112N・m(4500回転)を発生します。マツダが市販車で1ローターのエンジンを搭載するのは初めてのこと(軽自動車の排気量が360ccだった頃に1ローターの3Aエンジンを開発していたことはあるようです)。一方で、1ローターあたり830ccという排気量もロータリー搭載市販車では過去最大。ついでに申し上げると、ロータリーエンジンを横置きにマウントするのも初のこと。まさに「異例づくし」であり、それゆえ「新時代のロータリーエンジン」といえます。

RX-8に搭載されていた13B-MSP RENESIS(13B型)と比較してみましょう。


8Cのローターの厚みは13Bに比べて4mm薄いものの、創成半径は13Bの105mmから大幅に拡大した120mm。これは1ローターあたりの排気量を大きくしたことによるもの。エンジニアによると「1ローターでジェネレーターを動かすために必要だった」とのこと。

ロータリーエンジンというと、モーターフィールにたとえられるように際限なく回るエンジンというイメージを受ける方が多いでしょう。ですが1ローターであることと、今回は発電用途のため、普段は最も効率のよい2500回転付近で駆動するように設計されているとのこと。レブリミットは4700回転前後だそうで、回転数が低いのは単気筒のレシプロエンジンと似ています。ちなみに高速道路などでは4500回転まで回ることがあるそうです。
◆職人とロボットが組み上げるロータリー
大排気量1ローター化で問題となるのは、ローターのバランス精度と燃焼圧力の増加だったといいます。なかでもバランス精度は1ローターゆえ、より重要な問題になってくるのだそう。

フライホイールをみると、バランサーを設けるなど設計的な面での対策もなされていますが、あわせて製造工程から徹底的に見直しを図ったといいます。


エンジンは部品から完全に内製。ローターの製造は砂型鋳造にアルミ合金の溶湯を注ぐところから始まります。この砂型鋳造は、スカイアクティブエンジンにも使われている製造方法だそうで、金型と違って砂型には保温効果があるため、溶けたアルミが隅々まで行きわたるという(=精度が高い)メリットがあるのだそう。この砂型を組み立てる際に、3Dスキャンを用いることで、素材寸法公差を54%改善したのだとか。



でき上がったアルミブロックを加工するのですが、従来は50の切削工程を行っていたところを、汎用マシニングセンター1台で加工できるよう工夫したことで9工程にまで削減しただけでなく、加工寸法公差の50%改善を達成。実際に現場を見ると、ロボットアームがマシニングセンターにローターをセット。マシニングセンターの扉が閉まると、粛々と切削加工をするという、半自動化ぶり。ちなみに13Bのローターも現在はこの方法で作成されているとのことです。

自動化の波はこれにとどまらず、従来は職人の手で行っていたバランス取り工程を、特殊な機械を用いて自動化。こちらは人間が機械にセットするのですが、あとはボタンひとつで計測。


次なる問題である燃焼圧力の増加については、気密を保つアペックスシールを13Bより0.6mm肉厚化するなど、機械的な面の見直しが行なわれたほか、組立工程で匠とよばれる職人が品質を担保しているのだそう。





エンジン内部の組み立ては、工場の一角に設けられたクリーンルーム内で行なわれ、そこでアペックスシールを取り付けているのですが、バネの反発を手の感覚で確認するのだとか! 実際にNG品と合格品を触ってみたのですが、まったくもってわからず。ここは「自動化が進んでも機械では判別できない」領域なのだそうで、組み立てができる匠はわずか3名しかいないのだとか。もちろん養成はされているとのことでした。
◆鋳鉄製をアルミにして15kg以上軽量化
ローターの大型化だけに目が向きがちですが、8Cではさらに「軽量化」と「直噴化」も技術面でのブレイクスルーなのだとか。




軽量化は軽量化は電費(燃費)につながる重要な要素。そこで今回は従来は鋳鉄製だったサイドハウジングをアルミ化したのです(ローターハウジングは以前からアルミ製)。


イマドキのレシプロエンジンでは当たり前となった燃料の直噴化。燃費や効率の面で重要な要素です。ですが一般的なレシプロエンジンと異なり、燃焼室が移動していくロータリーエンジンでは1つのインジェクターが使える噴射タイミングは限られています。またインジェクターの場所や圧力によっては混合気ではないガソリンがエンジンオイルと混ざってしまい、オイルの役目が薄くなるという問題もあります。この問題を幾度となく試作を重ねることと、コンピューター解析でクリアしたのだそう。
◆街中でロータリーサウンドが聞けるまで、もうすぐ!



こうして誕生したエンジンは、先程ご紹介したクリーンルームで中心部を組み立てた後、吊り下げられた形でラインに載せられ、補機類などが取り付けられていきます。工場内は普通に会話できるほどの静かさ。そして組み上げられたパワーユニットは全数検査した後、車両の組み立て工程へと向かいます。


8Cの生産が始まる前まで、開発部隊はロータリーエンジンの基礎研究を続け、工場では13Bを作り続けていたのだそうです。ちなみに、8Cの生産が始まった後は13Bは場所を移して作られています。マツダは11年間、ロータリーエンジンの火を消さなかったのです。

新しく誕生したロータリーエンジン「8C」を搭載した「MX-30 Rotary-EV」。街中でロータリーエンジンサウンドを耳にする日は、すぐそこまで来ています。

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