ジャパンモビリティショー2023に出品された「MAZDA ICONIC SP」。あれは良かった。
何がいいってスーパーカー大好き小僧が分別の付いた大人のフリしながら「ボクが考える最高にカッコいいクルマ」を社内の地位を固めつつ形にしてきた、そんな辛抱強さ、意志を感じるところ。「お前の言うような辛抱などないわ」という事ならこの件スルーしていただいて結構ですが、そんなカッコいいクーペのボンネットの中で2ローターのロータリーエンジンが火を噴く仕立というのが、またアツい。
それでも貴方は「どうせEVじゃんか」とお思いでしょう。それは電気で動くと思うからいけないのであって、モーターは途中に挟まった電子制御のドライブシャフトの一種、トルクコンバーターのようなものと考えればいいんであります。そのハートは中で燃えながらくるくる回っている。これが大事。とても大事。

こうしたクルマがこのご時世に提案されるのも欧州各国の皆様、環境保護団体の皆様がこれまで積み重ねてきた努力のおかげ。カーボンニュートラルだのSDGsだのと正義の声を上げてくれなければ、マツダのエンジニアだってこれでスポーツカーを成立させようとは思わなかったでしょう。おかげでロータリーエンジンはスポーツカーの動力源として復帰し、副次的効果として燃費の悪いダーティなエンジンという汚名も返上できる。
さあ、ディストピアめ、どんと来い! 仮にこのままお蔵入りだったとしても、あんなデザインを提案してくるメーカーが日本にまだあるというだけで私は生きていける。どんな立場のどんな状況を想定してもみんなが幸せになれる。本当にありがとう!
でもマニュアルじゃないんだろうなー。
おっと、新車で買えたらいいな情報20XXになってしまった私は四本淑三です。多分ICONIC SPが出てきたとしても私には買えないような値段でしょうから、今回の話題の中心といたしますのは一昨年の豪雪に恐れをなして中古で買ってしまったちょっと旧い2018年型SJ5フォレスター、そのおかげで人生が変わったお話です。

アンチSUV主義者の言い分
アーイアムアンアンチSUV!
アーイアムアンエンスージアスト!
ぜひジョニー・ロットンの口調でお読みください。
白状しましょう。普通運転免許を取得してから35年、私は一度だってクルマを便利なものと感じたことはございませんでした。あからさまに嘘と分かる白々しい名目で税金を取られようが、トリガー条項発動の条件が揃っているにも関わらず補助金を垂れ流す施策にクソと呪いつつも、私はいまだにクルマが好きであります。運転が楽しい、メカニズムが面白い、デザインが素晴らしい。そうしたことにクルマの存在意義があるのだと考えてまいりました。

家族で乗るならセダンでいいではないか。荷物を積むならワゴンがあるだろう。なぜ最低地上高を上げて空力を悪化させ、大きなタイヤを履かせてパワーを無駄にし、わざわざ燃費を悪化させる必要があるのか。おまけに同乗する家族や友達の機嫌取りまでしなければならない。オレはそんなクルマの運転席になんか収まりたくねーぞ。
そうした頑ななアンチSUV思想は、まずこの使い勝手の良さを知りトーンダウンせざるを得ません。クルマに乗る目的はクルマそのものを楽しむことだけじゃない。
またSUVは目線が高いから視界がいいと言いますが、私に見えたのは高次のレイヤーに存在する「世間」の様相でありました。信号待ちでふと顔を横に向けると隣のドライバーと目が合ってしまう。窓を開けていれば会話も筒抜け。ロードスターからフォレスターに乗り換えるたび、いまだに気まずい思いがいたします。
というのも普段ロードスターから見えるのは、隣のクルマのタイヤ、聞こえてくるのは排気音ばかり。人と目が合うのは保育士さんに押されて横断歩道を渡るお散歩カートの園児くらいであります。気がつけば前はRAV4、後ろはエクストレイル、左は同じ色のフォレスター。なんだ世の中SUVばかりではないか。ロードスター目線のオレ、大海を知らず。
昔の未来がちょっとある

そんなことに加えてSUVとの距離がグッと縮まったのは、SJ5フォレスターに昔のシトロエンを思わせる部分があったから。今でこそ人目を忍んで暮らしておりますが、私は前世紀末までBX、CSと乗り継いできたシトローエン人でありました。

「SRH OFF」って何? 何をオフにするんだこのボタン?
実はフォレスターとの距離を一気に縮めてくれたのがこのボタン。調べてみると「ステアリング・レスポンシブ・ヘッドランプ」で略してSRH。これはステアリングを切った方向にヘッドライトの光軸が向くギミックで、同様の仕掛けを使ったクルマとしてはタッカーが有名ですが、私が知る限りこれを量産車に装備したのは1960年代のシトロエンDSが初めてだったはず。油圧でサスペンションやステアリング、ブレーキを制御するハイドロニューマチックシステムと相まって「未来からやってきたクルマ」と呼ばれた要素の一つでした。
ところが日本ではヘッドライトが動くなどまかりならんということで、この機能は潰されておりました。同様のシステムを装備したSMなんかは、6灯ヘッドライトが4灯に改変されて、せっかくのカッコいい機能も見た目も台無し。まったく小役人ときたら。
そんな曰く付きの昔の未来装備が、200万円台の大衆車にひっそり付いていたのだから驚きです。現在でもそこそこお高いクルマにしかない装備ですから、おおマジか、お前やるじゃん、ってなもんでした。世間ではこんなもん要らんなどと言う人もいるようですが、私は絶対にオフになんかしません。

もう一つは「ステアリングアシスト」。
それはシトロエンで言うところの「セルフセンタリングステアリング」であります。パワステを使って強制的にステアリングをセンターに戻し、軽く手を添えているだけで直進が維持できるという仕掛け。ちょっと切り足しているだけなのに起動して、意に反した動きをするのもそっくりで楽しい。

そしてついでに燃費計。フォレスターにはこれでもかと言うくらい何パターンもの燃費表示画面が存在するのですが、そのうちの一つがこの円筒形のグラフィック。これがGSやCXの「ボビンメーター」にそっくりなんでありますな。シトロエンのは機械式のボビンが実際にクルクル回って速度を示すというトリッキーなものでしたが、このCGは残念ながらボビンは回らずオレンジの針が円筒上を行き来するだけ。それでも私はこれを見ているとつい和んでしまいます。
思えばスバルはシトロエン同様、水平対向エンジン搭載の前輪駆動車を量産したメーカーでもありました。
夢を抱くなら昔の未来か今の現実か
かつてのシトロエンは未来志向の技術至上主義に走る余り商業的には失敗してしまいました。それで数多くの技術は「昔の未来」として封印されてしまいました。そうした意味ではロータリーエンジンとハイドロニューマチックを重ねて見ることもできましょう。
冒頭のICONIC SPがクルマ好きに受けるのは、過去の文脈を継承した美しい未来が見えるから。それが「あらかじめ失われた未来」であっても、我々のようなクルマ好きには大いなる歴史的伏線回収のように見えるのであります。
自動車を使う目的は人や荷物を積んで移動すること。それができれば昔のように木炭を燃やしてEVを成立させてもいいはずですが、メカニズム全体を覆う外皮の形状も含め、動力装置にも理想の未来を求めるわけであります。
対してSUVというのは理想ではなく現実。未来ではなくて現在。あまりにも夢がないのではないかと昔は考えていましたが、SUVはユーザーニーズの理想を形にまとめたもの。エンスーが求める理想と何が違うのか。クルマに夢を求めるより、夢を現実にするためクルマを使う。そっちも楽しそうでいいじゃないと、やっと思い始めた私です。