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錠剤製造のイメージ
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)理学科化学コース准教授 松本浩一と、近畿大学大学院総合理工学研究科博士前期課程2年 東郷茜音、同博士前期課程修了 鈴木ひよのらの研究グループは、排卵誘発剤として不妊治療で使用されている医薬品「クロミフェン」※1(商品名:クロミッド、一般名:クロミフェンクエン酸塩)の成分のうち、より活性の強いものを選択的かつ高効率で合成する手法の開発に成功しました。これは、製造過程のエネルギー消費量の削減および環境負荷の低減にもつながるため、グリーンケミストリー※2、プロセス化学※3 の観点からも意義深い成果です。
本研究成果について、令和7年(2025年)12月5日(金)に特許出願を行いました。
【本件のポイント】
●不妊治療で使用されている医薬品「クロミフェン」の、より活性の強いものを選択的に合成する手法を開発
●化学収率※4 も良好な本研究成果は、反応条件の精査や製造コスト削減による実用化が期待され、産婦人科領域への大きな貢献が期待される
●令和7年(2025年)12月5日(金)に、本研究成果について特許を出願
【本件の背景】
クロミフェンは、排卵誘発剤として産婦人科領域や不妊治療の病院、クリニックで活用されている医薬品であり、2種類の構造(*Z*体:ズクロミフェン、および*E*体:エンクロミフェン※5)の混合物(図1)として販売されています。より活性が強いのはそのうちの1種(*Z*体:ズクロミフェン)であり、これを選択的に短い工程で合成する技術の開発が望まれていました。
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図1 クロミフェンの化学構造
研究グループは先行研究において、ドライクリーニングなどで使用されている安価な化合物であるテトラクロロエチレン※6 から、2つの工程でクロミフェンを合成する技術の開発に成功しています(特開2025-109127、図2)。しかし、この製造方法では、2工程目の化学収率が低いことや、クロミフェンの*Z*体と*E*体が混じってしまうため、抜本的な改善や技術改良が強く求められていました。
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図2 研究グループによる先行研究で開発したテトラクロロエチレンから2工程でクロミフェンを合成する技術(特開2025-109127)
【本件の内容】
研究グループは、先行研究であるクロミフェン合成技術のなかで、化学収率が低い2工程目について反応条件を精査しました。その結果、安全性の高い有機溶媒を使い、1工程目で合成した塩素を含む化合物に、ホウ素化合物と貴金属のパラジウム(Pd)触媒※7、さらに化学反応を制御する添加剤を加えて、40度で24時間反応させると、活性が強い*Z*体のズクロミフェンのみを選択的に形成できることがわかりました。また、生成した*Z*体のズクロミフェンは73%という収率で得られることもわかりました。これは、収率が17%だった先行研究と比べて、効率よく化学反応が進行したことを示しています。今後、反応条件の精査や製造コストの削減を進めることで、実用化が期待されます。
本研究成果について、令和7年(2025年)12月5日(金)に「クロミフェンの選択的な製造方法」(出願番号:特願2025-234536、発明者:松本浩一、東郷茜音、出願人:学校法人近畿大学)として、日本国内に特許出願を行いました。
【本件の詳細】
先行研究であるクロミフェン合成技術の2工程目は、鈴木・宮浦カップリング反応※8 と言われる、クロスカップリング反応※9 を使用しています。遷移金属触媒※10 の一つであるパラジウム(Pd)触媒について、周りの空間を分子レベルで高度に制御して反応点をしっかりと固めることで、*Z*体のズクロミフェン、および*E*体のエンクロミフェンの2種類が生じる比率を高度に制御できるのではないかと着想しました。
そこで、図3のように、溶媒にシクロペンチルメチルエーテル(CPME)※11 を用いて、鍵中間体※12 の「*cis*-1,2-ジクロロジフェニルエチレン」※13(図3-1)とホウ素化合物(図3-2)に対して、Pd触媒(6mol%)および2座配位子※14 として有効な「(*R*)-(+)-XylBINAP」※15 を10mol%(触媒量)添加して、40度で24時間反応させることで、*Z*-クロミフェン(*Z*-3、ズクロミフェン)のみが選択的に形成され、*E*-クロミフェン(*E*-3、エンクロミフェン)は生じないこと、および、生成した*Z*-クロミフェン(*Z*-3、ズクロミフェン)は73%収率と高い収率で得られることが分かりました。
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図3 Z-クロミフェン(ズクロミフェン)の選択的な合成方法(特願2025-234536)
これは、反応の遷移状態を巧みにコントロールしつつ、反応性と選択性の両方を満たす結果となります。今後、使用するPd触媒の更なる低減や、使用する試薬や生じる廃棄物処理までを考慮した反応系に発展させ、グリーンケミストリーおよびプロセス化学の観点から改良することで、実用化の期待が高まります。将来的に、本研究成果による理工学分野からの少子化問題の解消に対する貢献が期待されます。
【出願特許情報】
出願番号:特願2025-234536
出願日 :令和7年(2025年)12月5日
発明者 :松本浩一、東郷茜音
出願人 :学校法人近畿大学
【医薬品合成を専門とする薬学部教授のコメント】
前川智弘(まえがわともひろ)
所属 :近畿大学薬学部創薬科学科
職位 :教授
学位 :博士(薬学)
コメント:クロミフェンは技術的およびコスト的な問題により、2つの構造が混ざった状態で販売されていますが、今回の発明により、活性の高い構造であるズクロミフェンを選択的に合成できるようになれば、より効果の高い薬を安価に届けられると期待されます。
【研究者のコメント】
松本浩一(まつもとこういち)
所属 :近畿大学理工学部理学科化学コース
近畿大学大学院総合理工学研究科
職位 :准教授
学位 :博士(工学)
コメント:テトラクロロエチレンから2工程でクロミフェンを合成する手法の開発を行い、令和6年(2024年)1月11日に特許出願(特開2025-109127)、および、令和7年(2025年)3月6日にプレスリリースを行いました。従来の合成法よりも短く、斬新な反応設計でしたが、ズクロミフェンとエンクロミフェンの2種類が混じって合成されること、および、化学収率が低いことが技術的な大きな課題でした。今回、先行研究における立役者 鈴木ひよのさんの薫陶を受けた後輩で博士前期課程2年の東郷茜音さんの、非常に精力的で丁寧な実験により、ズクロミフェンだけを単一に、高い化学収率で合成できる条件を見出してくれました。鍵は配位子(Ligand)の選択でした。大量のネガティブな実験結果の中から考察と作業仮説、実験を繰り返し、針の糸を通すような条件を見出し、今回大きな成果をあげた東郷茜音さんに賛辞を贈りたいと思います。
【研究支援】
本研究成果の一部は、「学内研究助成KD2501(研究代表 松本浩一)」、および「研究コア③-11(代表 松本浩一)」の取り組みの成果の一環です。
【先行研究】
令和7年(2025年)3月6日配信 リリース
「不妊治療で用いる排卵誘発剤「クロミフェン」の新規合成法を開発 安価で迅速な製造工程の確立に期待」
https://newscast.jp/news/7106274
【用語解説】
※1 クロミフェン:商品名「クロミッド」、一般名「クロミフェンクエン酸塩」として、富士製薬工業株式会社から製造販売されている排卵誘発剤。クロミッド50mgの錠剤。
※2 グリーンケミストリー:環境や生態系に負荷をかけずに化学合成をする考え方。原料から廃棄物の処理まで総合的に考える化学分野。
※3 プロセス化学:医薬品などの製造において、高価な試薬や危険な試薬などを極力使わず、簡単に合成でき、製造コストや低環境負荷も考慮して合成ルートを検討する化学の分野。大スケールでの製造を意識した場合に重要になる。
※4 化学収率:化学反応がどれだけの効率で進行したかを評価する指標の一つ。例えば、100個の原料分子のうち、60個が生成物になった場合、収率60%という。有機化学の反応では、多くの反応で、100%収率で進行することは、ほぼない。
※5 *E*体、*Z*体:炭素間の⼆重結合によってできる立体異性体。
※6 テトラクロロエチレン:ドライクリーニングや金属洗浄の際に使用される有機溶剤の一種。油分を良く溶かす性質があり、揮発性が高い化合物である。テトラクロロエチレンに着目した分子変換はこれまでにもいくつか報告例がある。
※7 パラジウム触媒:遷移金属の一つで、さまざまな有機反応の触媒として有機化学、有機合成に欠かせない金属触媒の一つ。
※8 鈴木・宮浦カップリング反応:有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物の間で、パラジウムなどの遷移金属触媒により結合が形成される反応。有機ホウ素化合物は毒性が低く、取り扱いも容易である。平成22年(2010年)に鈴木章博士がノーベル化学賞を受賞している。
※9 クロスカップリング反応:パラジウムなどの金属触媒を用いて、2種類の異なる成分を連結する反応の総称。日本人の貢献が大きい分野で、鈴木・宮浦カップリング(ノーベル化学賞受賞)、根岸カップリング(ノーベル化学賞受賞)、熊田・玉尾・コリューカップリング、檜山カップリング、薗頭カップリング、村橋カップリング、右田・小杉・スティルカップリング、溝呂木・ヘック反応などが開発されている。
※10 遷移金属触媒:周期表の第3族元素から第12族元素(または第11族元素)にある元素のこと。Pd(パラジウム)やPt(白金)、Ni(ニッケル)などはその一例である。
※11 シクロペンチルメチルエーテル(CPME):有機合成の溶媒に用いられている。沸点が100度以上と高いのが特徴で、安全性の高い有機溶媒の一つである。
※12 鍵中間体:有機化学の分子変換を行うときに、重要な原料となる化合物のこと。
※13 *cis*-1,2-ジクロロジフェニルエチレン:塩素Clとベンゼン環がそれぞれ2個ずつ、同じ側に結合しているのが構造の特徴となっている化合物。
※14 配位子:配位子(Ligand)は、パラジウム(Pd)などの遷移金属触媒の周りに結合して、Pd触媒の反応性を制御するなど、さまざまな効果や役割があることが知られている。多様な配位子が開発され、試薬として販売されている。配位子1個から2個の手を伸ばして金属に結合するものを2座配位子という。
※15 (*R*)-(+)-XylBINAP:下図のような構造をしている配位子。パラジウム触媒が中央の2個のリン(P)原子に配位することで、ポケットのような空間ができ、そこで化学反応が行われる。Ar基(ベンゼン環などから誘導される芳香族炭化水素)がPh基(ベンゼン環のこと)のものは、BINAP(2,2'-ビス(ジフェニルホスフィノ)-1,1'-ビナフチル)と呼ばれ、野依良治博士(平成13年(2001年)ノーベル化学賞受賞)らにより開発されている。
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【関連リンク】
理工学部 理学科 准教授 松本浩一(マツモトコウイチ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/382-matsumoto-kouichi.html
薬学部 創薬科学科 教授 前川智弘(マエガワトモヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/357-maegawa-tomohiro.html
理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/
薬学部
https://www.kindai.ac.jp/pharmacy/