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ゼオライトを用いたC2H4固体放出剤の開発と応用
【ポイント】
・エチレンガスを簡便かつ持続的に放出できる固体材料の開発に成功。
・エチレンガスの持続的放出により、ジャガイモの発芽が抑制されることを実証。
・農業・食品流通分野への応用に期待。
【概要】
北海道大学大学院地球環境科学研究院の黄淵特任助教、神谷裕一教授、野呂真一郎教授と、近畿大学理工学部応用化学科の山本旭講師らの研究グループは、安価なゼオライト*1 を用いて植物ホルモンであるエチレン(C2H4)を長期間放出できる固体材料を開発し、ジャガイモの発芽抑制に応用できることを実証しました。
C2H4は、果実の熟成促進や植物の生理機能調節に関与する重要な植物ホルモンです。C2H4は気体分子であり、これまでC2H4の利用は主として加圧されたガスボンベに依存しているため、保管及び輸送時の安全性の観点から、より取り扱いが容易な手法が望まれていました。
本研究では、C2H4を多孔性*2 固体材料である銀イオン交換ゼオライトの微細な細孔内部に取り込ませ、その後持続的に放出できることを確認しました。また、Agイオン交換ゼオライトを用いてジャガイモの発芽抑制実験を行ったところ、市販のC2H4放出剤よりも優れた発芽抑制効果を示しました。本成果は、果物や野菜の鮮度保持、熟成制御、食品流通プロセスの高度化に向けた基盤技術としての展開が期待されます。
本研究成果は、2026年1月15日(木)公開のACS Applied Nano Materials誌にオンライン掲載されました。
【背景】
エチレン(C2H4)は、リンゴやトマトなどの追熟型*3 果実や野菜の成熟過程において重要な役割を果たす天然の植物ホルモンです。これら追熟型農産物の保存期間を延長するためには、貯蔵や輸送の過程で過熟や腐敗を抑制することが不可欠であり、その対策の一つとして空間中からC2H4を除去する技術がこれまで広く検討されてきました。
一方で、別の観点から見ると、追熟型農産物を未熟な段階で収穫し、貯蔵及び輸送中に適切な人工熟成を施すことにより、腐敗を抑えつつ新鮮な果実・野菜を消費者に提供することが可能となります。また、C2H4の圃場利用は、温室栽培における作物の種子発芽や開花促進にも有効であることが知られています。
現在、気体分子であるC2H4の利用は、主として加圧C2H4ボンベに依存しています。しかし、加圧ボンベは安全性や操作性の観点から使用場所が限られるという課題があります。これに対して、固体材料を用いる手法は、安全性及び操作性の面で加圧ボンベよりも優れており、専門知識を持たない人が扱う場面や、輸送時など、これまで利用が難しかった環境での利用が期待されます。これまでに、α-シクロデキストリン*4(α-CD)を用いてC2H4を内包・放出する手法が報告されていますが、この方法には調製及び操作が比較的複雑であるという課題があります。そのため、より合成が容易で、実用性に優れた新たな固体材料の開発が強く求められています。
【研究手法】
研究グループは、C2H4を取り込み可能な材料として、安価な多孔性のゼオライトに着目しました。また、C2H4を持続的に放出するためには、C2H4分子を適度な強さで材料中に固定することが重要であると考え、Agイオン交換ゼオライトを活用する戦略を立案しました。
銀イオンは、C2H4のような構造中に二重結合をもつ分子とπ錯体*5 を形成します。その結果、二重結合をもつ分子を強く固定することが可能となります。このπ錯体形成を利用することにより、C2H4を細孔中に固定できると考えました。
さらに、Agイオン交換ゼオライトによる農産物への応用を検証するため、ジャガイモの発芽抑制効果を調べました。
【研究成果】
Agイオン交換ゼオライトでは、ゼオライトの骨格構造によらず、すべての試料において強く固定されたC2H4の存在が認められました。一方で、Agイオンを交換していないゼオライトはC2H4を吸着するものの、C2H4との相互作用が弱く、吸着したC2H4は真空引き処理によって容易に脱離することを確認しました。また、強く固定されたC2H4量(以下、C2H4量と表記)とAgイオン導入量の間には明確な相関が確認され、Agイオン導入量の増加に伴い、ある範囲まではC2H4量が増加する傾向を示しました。一方で、Agイオン導入量をさらに増加させても、C2H4量の顕著な増加は認められませんでした。
さらに、ゼオライトの骨格構造もC2H4量に影響を及ぼすことが明らかとなりました。特に、Agイオン交換A型ゼオライト*6 は、同程度のAgイオン導入量を有するX型ゼオライト*7 と比較して、著しく小さいC2H4量を示しました。詳細な評価から、Agイオン導入量が過剰になると、Agイオンが凝集しやすくなり、孤立したAgイオンとして存在しなくなることが示されました。このように凝集したAg種はC2H4を強く固定できないため、Agイオン導入量を増加させてもC2H4量が増加しなかったものと考えられます。
本研究で検討した市販ゼオライトの中で、適切なAgイオン含有量を有するAgイオン交換X型ゼオライトが、市販C2H4放出剤よりも遥かに高いC2H4量を示しました(図1左)。
最も性能の良かったAgイオン交換X型ゼオライトを用いてジャガイモの発芽抑制効果を検証したところ、図2のように本研究で開発したAgイオン交換X型ゼオライトは市販のC2H4放出剤よりもジャガイモの発芽を抑制できることが分かりました(図2)。
【今後への期待】
本研究では、持続的なC2H4放出を可能とするAgイオン交換ゼオライトの設計指針を明らかにするとともに、その農産物鮮度制御への有効性をジャガイモの発芽抑制効果によって実証しました。Agイオン交換ゼオライトにおけるC2H4の持続的な放出特性は、果物や野菜の鮮度保持や熟成制御をはじめ、農産物の流通・保管プロセスの高度化など、幅広い農業分野への応用が期待されます。さらに、本研究で得られた知見は、C2H4に限らず、他の小分子の放出制御にも適用可能であり、医学や衛生分野を含む様々な分野への応用に貢献することが期待されます。
【謝辞】
本研究は公益財団法人JKA競輪とオートレースの補助事業、スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)(JPJ010717)の支援を受けて実施されました。
【論文情報】
論文名:Zeolite X Loaded with Ag+ as a Slow Ethylene-Releasing Nanoporous Material
to Suppress Potato Sprouting (ジャガイモの発芽を抑制するエチレンを緩やかに放出する
ナノ多孔性材料としての銀イオン担持ゼオライトX)
著者名:黄淵1、2、山本旭3、大友亮一1、野呂真一郎1、神谷裕一1
(1北海道大学大学院地球環境科学研究院、2北海道大学大学院環境科学院、
3近畿大学理工学部応用化学科)
雑誌名:ACS Applied Nano Materials(ナノ材料応用学の専門誌)
DOI :10.1021/acsanm.5c05148
公表日:2026年1月15日(木)(オンライン公開)
【参考図】
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図1. 本研究で開発した放出剤(Ag+-X)と市販C2H4放出剤の強く固定されたC2H4量及び放出性能の比較
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図2. 本研究で開発した放出剤(Ag+-X)と市販C2H4放出剤のジャガイモ発芽抑制性能の比較
【用語解説】
*1 ゼオライト … 規則的なナノサイズの微細孔(小さな空間)をもつアルミノケイ酸塩鉱物のこと。
*2 多孔性 … 物質内部にナノメートルサイズの細孔(小さな空間)を多数もつ性質のこと。
*3 追熟型 … リンゴやトマトのように、収穫後も成熟が進行するタイプの作物のこと。
*4 α-シクロデキストリン … トウモロコシでんぷんから作られる環状オリゴ糖のこと。
*5 π錯体 … 金属が有機分子の二重結合や芳香環に広がった電子と相互作用してできる結合状態のこと。
*6 A型ゼオライト … 比較的小さな細孔をもち、低Si/Al比を特徴とするゼオライトのこと。
*7 X型ゼオライト … Si/Al比はA型ゼオライトに近いが、大きな細孔をもつゼオライトのこと。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 講師 山本旭(ヤマモトアキラ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/3218-yamamoto-akira.html
理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/