一部のPFAS(※1)は「永遠の化学物質」とも呼ばれ、環境中でほとんど分解されない一方で、どこから流出したのか(発生源)を特定することが極めて困難という問題がありました。
■研究のポイント
・難揮発性かつ強い化学結合をもつ PFOA・PFOSにおいて、これまで困難とされてきた炭素安定同位体比分析に成功
・PFOAの製造方法の違いを、炭素安定同位体比(※2)で識別できる可能性を示唆
・河川水を用いたスパイク試験(※3)により、実環境試料への適用可能性を検証
・学部4年生の卒業研究として実施され、国際学術誌に掲載
■PFAS(※1)の環境動態解明が国際的な課題
PFAS(※1)(ペルおよびポリフルオロアルキル化合物)は、撥水・撥油性や耐熱性などに優れることから、工業製品や日用品など幅広い用途で使用されてきました。しかし近年、一部のPFAS(※1)は環境中への残留性や人体への影響が問題視され、国際的に規制が強化されています。
■従来法では困難だったPFAS(※1)の安定同位体比分析とOrbitrapを用いた新しい安定同位体比分析技術
化学物質の安定同位体比(※2)は、環境汚染物質の発生源推定や環境中での動態解明、さらには原材料や製造プロセスの違いを反映する「指紋」として、これまで広く活用されてきました。しかし、安定同位体比質量分析計(IRMS)を用いる従来法では、試料の燃焼・ガス化が測定の前提となります。そのため、環境試料中に微量で存在する難揮発性のPFAS(※1)(PFOA、PFOSなど)を対象とする場合には、目的化合物の分離・精製やガス化を促すための、複雑かつ高度な前処理や機器分析の開発が不可欠となり、測定は困難でした。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/578452/LL_img_578452_1.jpg
高分解能精密質量分析装置「Orbitrap」
近年、安定同位体比(※2)を測定する新たな分析手法として、高分解能精密質量分析装置であるOrbitrapを用い、燃焼・ガス化を必要とせずに安定同位体比(※2)を直接測定する手法が開発されつつあります。しかしながら、測定条件の最適化や環境試料への適用可能性については、さらなる検討が求められています。
本研究では、Orbitrapを用いてPFOA、PFOSの炭素安定同位体比(※2)(δ13C)を分析する方法を確立しました。PFOSは世界で初めての測定例になります。測定条件を最適化することで、確度・精度は±約2‰を実現しました。また、試薬メーカーおよびロットの異なる試薬を比較した結果、PFOAのδ13Cには複数のグループが存在し、製造方法の違いを反映している可能性が示されました。
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PFOAおよびPFOSの試薬メーカー間・ロット間差に対するOrbitrapおよびEA/IRMS(※4)の同位体比測定値の比較
■河川水スパイク試験(※3)により実環境への適用可能性を実証
さらに、大学周辺の河川水を採取し、PFOA・PFOSの試薬を添加したスパイク試験(※3)も実施し、不純物が多く含まれる河川水においても精度・確度よく安定した安定同位体比(※2)を分析可能であることを検証しました。これにより、本手法が実環境試料にも適用可能であることを初めて実証しました。
画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/578452/LL_img_578452_3.jpeg
近隣の河川水のサンプリング
■大学×産総研の連携による研究成果
本研究は、芝浦工業大学と産総研の共同研究として実施されました。川島教授は産総研の外来研究員としても研究活動を行っており、大学における安定同位体分析の専門性と、産総研が有する環境中のPFAS(※1)の高精密な分析技術を融合することで、本研究が実現しました。
■学部生の卒業研究として世界初の成果を創出
本研究は、芝浦工業大学 システム理工学部4年生の家泉朋葉さんの卒業研究として実施されました。Orbitrapを用いたPFOSの安定同位体比測定に世界で初めて成功し、その成果は国際学術誌「Environmental Science & Technology Letters」に掲載されました。
■PFAS(※1)の発生源推定と環境動態解明への新たな展開
本手法は、製品、河川、下水処理場、工場排水などのデータと組み合わせることで、環境中のPFAS(※1)の発生源を科学的に絞り込む新たなアプローチとして期待されます。今後は、より低濃度域での実環境試料への適用や、PFOA、PFOS以外のPFAS(※1)へ測定対象化合物を拡大することで、環境動態の解明、原材料や製造・処理工程の追跡技術の確立などへの活用を目指します。
■用語注
1. PFAS(ペルおよびポリフルオロアルキル化合物):フルオロメチル基やフルオロメチレン基を有する有機フッ素化合物を中心に用いられている包括的な呼称ですが、その定義や対象範囲は国際的に統一されていません。撥水・撥油性や耐熱性などの特性から多用途に利用されてきましたが、PFOAやPFOSなど一部のPFASについては、環境中での残留性や生体影響が懸念され、近年、国際的に規制が強化されています。
2. 安定同位体比:同じ元素で質量が異なる安定同位体(例:炭素の13C/12C)の割合を、基準(標準物質)に対するずれとして表した指標です。一般にδ(デルタ)値で記し、千分率「‰」(パーミル)を用いて示します(例:δ13C)。
3. スパイク試験(既知量添加試験):環境試料(例:河川水)に既知量の標準物質(分析対象物)を加え、測定手法の妥当性や測定値の回収率を評価する試験です。
4. EA/IRMS(元素分析/安定同位体比質量分析計):試料を高温で燃焼させて二酸化炭素などの単純な気体に分解し、その気体中の安定同位体比(例:13C/12C)を高精度で測定する、従来から用いられてきた分析手法です。試料全体の平均的な同位体比を測定できるため、純度の高い試薬(原体)の分析に適していますが、複数の成分からなる混合物に対して成分ごとの同位体比の測定は難しいという制約があります。本研究では、新たに開発したOrbitrapによる同位体分析手法の妥当性を検証するための比較手法として、試薬の同位体比測定にEA/IRMSを用いました。
■論文情報
論文タイトル:Stable carbon isotope analysis of PFOA and PFOS using Orbitrap Mass Spectrometry
著者:川島洋人(芝浦工業大学 システム理工学部 教授)、家泉朋葉(同 生命科学科生命科学コース4年)、須藤百香(国立研究開発法人産業技術総合研究所 環境創生研究部門 環境計測技術研究グループ 研究員)、谷保佐知(同 副研究部門長/研究グループ長)
掲載誌:Environmental Science & Technology Letters
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.estlett.6c00075
■研究助成
科学研究費 基盤研究(A)21H04929「安定同位体比を用いた水溶性有害化学物質の環境挙動の解明」
・芝浦工業大学とは
工学部/システム理工学部/デザイン工学部/建築学部/大学院理工学研究科
URL: https://www.shibaura-it.ac.jp/
理工系大学として日本屈指の学生海外派遣数を誇るグローバル教育と、多くの学生が参画する産学連携の研究活動が特長の大学です。東京都(豊洲)と埼玉県(大宮)に2つのキャンパス、4学部1研究科を有し、約1万人の学生と約300人の専任教員が所属。2024年には工学部が学科制から課程制に移行。2025年にデザイン工学部、2026年にはシステム理工学部で教育体制を再編し、新しい理工学教育のあり方を追求していきます。創立100周年を迎える2027年にはアジア工科系大学トップ10を目指し、教育・研究・社会貢献に取り組んでいます。
・産総研とは
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産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)は日本最大級の公的研究機関です。ミッションは「社会課題解決」と「日本の産業競争力強化」。全国12拠点での幅広い研究と、傘下の株式会社AIST Solutionsと一体で進める社会実装が強みです。