「人間主体のデザイン」とは、分かりやすく説明するなら、機能面やユーザー体験が「QOL(Quality of Life)=生活の質」の向上につながるデザインのことを指す。これはデンマーク語で“Hygge(ヒュッゲ)”と言い表され、しばしばライフスタイル雑誌などでも特集され、次世代の産業のあり方のお手本の一つとされている。
とりわけ、Hyggeが注目されているのは世界が高齢化社会に向かって突き進んでいるという事情もある。デンマークには数多くのヘルスケア分野におけるリーディングカンパニーがあり、その哲学を体現している。DESIGNING FOR HEALTH 2019でプレゼンテーションを行ったオーティコン補聴器(以下、オーティコン)もこうした企業の一つだ。
●脳と聞こえを結びつける独自のアプローチ
オーティコンの設立は1904年。1世紀以上にわたって聴覚ケアの革新に携わってきた。同社が特出しているのは、単なる技術力の高さだけではない。繰り返し述べている人間主体のデザインに基づいた補聴器を開発・販売していることがあげられる。
分かりやすい例が“ブレインヒアリング”という独自のアプローチだ。
聞こえづらいという現象はすなわち、耳だけでなく脳の聞く機能の低下も意味している。単純に耳から入ってくる音を増幅するだけでは、ユーザーの脳に負担がかかり、QOLを向上させることはできない。同社はこの前提のもと、脳に負担が少ない人間中心の補聴器の開発に取り組んでいる。
●テクノロジーが進歩しても“介在者”は必要不可欠
この日、登壇したオーティコンの木下聡プレジデントによると、ここ数年で難聴に対する研究は大きく前進したという。「聴覚野が使われなくなることで、脳の再編成が起こり、情報処理が疲れやすい状態になっていくということが分かってきた。それが人や社会からの孤立を招き、最終的にはうつ病や認知症などの健康問題の発生や加速につながっている」。
こうした研究成果は補聴器の重要性を高めるものなのだが、個人の装用率を上げるためには課題がある。補聴器は医療機器であり、自分で購入して自分でセットアップして使用するというわけにはいかない。専門の販売店で聴力を測定したり、聞こえのレベルを調整したりという工程が欠かせないのだ。しかしながら日本では残念ながらまだこうした補聴器についての事実を知らない人も多い。
そうした事情が、日本で補聴器に消極的な人が多い理由にもなっている。「歳をとったのではないか、障害があると思われるのではないかなど、ネガティブなイメージを抱いてしまう。だからこそ、聴覚ケアの従事者がサポートしていく必要がある」と木下プレジデントは語る。
具体的な解決法として示したのが、DESIGNING FOR HEALTH 2019全体を通して語られた“人間中心のデザイン”だ。補聴器の調整が個人の技能に頼ったものではなく、きっちりとしたメソッドがあること、誰もが使えるツールを使用すること、言語が異なっていても伝わること、アナログとデジタルの双方で機能することなど。オーティコンではこれらをまとめて「Person Centered Care(PCC)=人中心のケア」として提唱している。
「聞こえの悩みは人によって異なる。個人個人に向き合うことが求められる。場合によっては、ご家族の話を聞くことも必要になる。これはヒアリングのための技術ともいえる」(木下プレジデント)。オーティコンではこうした考えを聴覚ケアをサポートするプロのためのツールをデザインすることで、聴覚ケアの理想を追求している。
テクノロジーの進歩は人の介在する手間をなくしていくように思われがちだが、実際に使用するユーザーのことを考えると、この介在者こそがキーになる。
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