【対談連載】【対談連載】エディオン 相談役 岡嶋昇一

 父の昇三は岐阜県土岐市の農家の長男ですが、家が貧しかったため進学できず、尋常小学校を卒業すると名古屋で丁稚奉公をしていました。若くして事業を起こし、電球や電気部品を扱うのですがこれに失敗し、その後は丸紅飯田の工場で働き、終戦時には工場長を務めていたそうです。
 丸紅飯田の工場も電気関係ですか。
 いいえ、ゴム製品をつくっていました。戦後、その材料を大量に引き取り、父は自転車のノーパンクタイヤをつくったのです。物資のない時期ですからこれが飛ぶように売れて、その儲けを元手に名古屋の柳橋に土地を買い、かつて手がけた電気部品商を始めました。一時は東芝やソニーの販売会社として営業していましたが、その後、小売店に転じました。
 栄電社の創業は何年ですか。
 昭和23年(1948年)です。私が生まれる2年前で、法人化して株式会社栄電社となったのが昭和30年(1955年)ですね。
 岡嶋さんは二代目として後を継いだわけですが、経営者としてのお父さまをどのように見ていましたか。
 私に対しても従業員に対しても、とても怖くて厳しい人でした。それでもみんなついていきましたが、言うことが的を射ていたからこそ恐れられていたのだと思います。若い頃、商売に失敗していることもあって、いつも、売り上げよりも債権回収の状況や在庫の多寡に目配りしていました。
 会社経営を続けていく上で、最も重要なところを押さえられていたのですね。
●同業他社からも積極的に経営のノウハウを吸収
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