(創刊編集長・奥田喜久男)
●偶然の出来事から実現に至った
外国人アーティストのコンサート企画
前回、スウェーデンから日本に戻る際、偶然の出会いがあり、それが河合さんに大きな変化をもたらしたというお話でしたが、具体的にはどんなことが起きたのでしょうか。
オーバーブッキングで南回りに経路を変更したとお話ししましたが、この場合、通常のルートより1日半以上長くかかってしまうんです。その長い帰路で仲良くなった女性がいまして、その方に私が音楽関係の仕事をしていることをはじめ、いろいろなお話をしました。すると、日本に帰りしばらくして、彼女から連絡があったのです。
もちろん、音楽に関係するお話ですよね。
彼女自身は音楽関係者ではないのですが、ロンドンにいる知り合いの日本人ピアニストが、BBC交響楽団とロンドンフィルハーモニー管弦楽団の方とメンバーを組んだ「ロンドンアンサンブル」として日本に行きたいので協力してほしいとおっしゃるのです。
協力というと?
日本でコンサートを開きたいということだったんです。これはなんとかしてあげなければいけないと、知り合いから招聘の業務について教わり、コンサートの企画を立てて実現にこぎつけました。
音楽教室を主宰されていたとはいえ、すごい行動力ですね。
このロンドンアンサンブルのコンサートはその後何年も続き、3年目からは、現在、日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを務めている木野雅之さんも参加されるようになったのです。
そうこうしているうちに、外国人のアーティストとの交流も増えて、日本でのコンサートを企画するかたわら、音楽教室の先生向けのマスタークラスを依頼するようになりました。
教室の先生が一流のアーティストから教わる場をつくられたと…。
音楽教室の先生方はみなさん音楽大学を出ていますが、生徒に教えるほうが忙しくて、どうしても自分の技量を伸ばすことがおろそかになりがちです。そこで、もともと持っている才能やテクニックを維持したり伸ばしたりすることが必要と思い、コンサートのために来日したアーティストに指導をお願いするようにしました。
●障がい者の人たちが歌う
ドイツ語の「第九」
外国人演奏家の招聘やコンサート企画の仕事に携わるようになった河合さんですが、さらにこのサロンのオーナーになられますね。もともとそういう形を思い描いていたのですか。
まったく考えていませんでした。セミナー開催に協力してくださっている知人から、面白い物件があるから見に行かないかと誘われたのが、このサロンとの出会いです。その方のお兄さんが不動産業を営んでいるのですが、二子玉川が新しい街になったから、ひと回りしてみようと案内してくれました。
まだコンクリート打ちっぱなしの状態でしたが、この物件の持主は誰にでも売るわけではないこだわりのある方といわれ、がぜん興味を抱くようになりました。
買主の“人”を見るというわけですね。
そこで持主の方に連絡をつけてくださるようお願いすると、私がどんなことをしているのか知りたいということで、音楽教室を経営していたことや、あとでお話しますが音楽を通じた福祉事業にも携わっていたことを書面にしてお伝えしました。その結果、私に売ってくださったのです。
難しい試験に合格したみたいですね。それにしても、これも人との縁や河合さんの勘によるところが多いような気がします。
たしかに、人との出会いは大きな要素ですね。私は、そのときに必要な人と出会うべくして出会っているんです。
同じ経営者という立場からみると、それはなかなかすごいことですよ。ところで、さきほど触れられた福祉事業の話をしていただけますか。
私が住んでいる川崎市宮前区で「小さな風」という女性のボランティアグループをつくり、私はそこでチャリティーコンサートを企画しました。
どんなコンサートなのですか。
障がい者の方が通所している作業所の新設や移転の資金に充てる目的です。「ふれあいコンサート」といいますが、あるとき作業所の職員の方から、通所者から「ドイツ語でベートーベンの第九を歌いたい」という声が上がったと聞きました。
原語で歌うとは、なかなか簡単ではありませんね。
でも、その希望を聞いてなんとか実現させたいと、いろいろと試行錯誤しました。このサロンの支配人で声楽家の齊藤新一さんがドイツ語の歌詞をそれに近い日本語に置き換えて、たとえば、ドイツ語の「フロイデ・シェーネル」は「風呂でシェー寝る」とまず覚えてもらい、それから徐々にドイツ語の発音に近づけるように合唱指導してくれたのです。
コンサートは二部構成にして、一部は区内の障がい者による合唱、二部はなかなかコンサートに行けない障がい者の方が楽しめるよう、ゲストによる演奏としました。
そのコンサートは、いつ頃スタートしたのですか。
第1回は、2000年に宮前市民館の大会議室で開催し、第2回からは少しですがドイツ語での「第九」の合唱が実現し、名前も「しあわせを呼ぶコンサート」となりました。そして、このコンサートを見ていた市の職員の方が「これは市が主催すべきものだ」とおっしゃって、3回目からは宮前市民館の大ホールで川崎市宮前区主催で行われることになりました。
それはすばらしいですね。いまもこのコンサートは続いているのですか。
コロナ禍でここ3年は中断してしまいましたが、ずっと続いています。
これから、どのような活動をしていかれますか。
若手の演奏家の応援は続けていきたいですし、「しあわせを呼ぶコンサート」が再開するようであれば、それにも協力していきたいですね。
今日は、とてもいいお話を聞くことができました。これからもお元気でご活躍ください。
●こぼれ話
河合由里子さんの話を聞きながら戸惑い始めた。引き出しがどんどん増えてきたからだ。そのたびに河合さんのイメージが変化する。さて、どこに向かうのか、インタビューをしながら、話の流れに従うことにした。
二子玉川(通称:ニコタマ)の駅から数分のところに、実にしっかりとした音楽ホールがある。オーナーの河合由里子さんは音楽家や音楽イベントの支援者だ。紹介者は神奈川フィルハーモニーの元専務理事の大石修治さん。
なんと、河合さんの本業はチューナー・ホールディングスの代表取締役だったのだ。この会社はチューナー株式会社の親会社で、創業者は大橋環氏。
うっとりと、父と娘の物語を聞きながら、シューベルトの「Ungarische Melodie,D.817」を聴きたくなった。
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。











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