パナソニックはこのほど、「シェーバー事業70周年」の事業戦略セミナーを開催。大ヒットしている小型シェーバー「ラムダッシュ パームイン」のマザー工場である彦根工場を報道陣に公開した。
今回初めて公開する製造工程も複数あった。シェーバーのイメージを覆したパームインの開発に至るまでの苦労や事業戦略と合わせて紹介しよう。

●前年比135%の二桁成長をけん引するパナソニックのシェーバー
 パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業部は、シェーバーやドライヤーなどを製造する。彦根工場は、高級モデルのシェーバーの開発から金型製作、部品成形、製品組み立てまで一気通貫で行う。1962年に操業を開始。シェーバーの生産能力は、年間180万台規模を誇る。
 ほかに中国・広州に準マザー工場として、標準モデルのシェーバーを生産する拠点がある。年間270万台規模を誇る。
 国内シェーバー市場全体では2021年から台数ベースで伸長しており、24年に600万台を突破。25年はさらに上回る見通し。金額ベースでも24年に500億円を突破。25年は600億円に迫る勢いで過去最高を記録する見通しだ。

 中でも、パナソニックにおける24年の販売金額は前年比135%の二桁成長を実現。その多くをパームインがけん引している。好調な要因について、くらしアプライアンス社常務でビューティ・パーソナルケア事業部の南波嘉行事業部長は次の三つを挙げる。
 「従来にないデザインが(消費者の)所有欲を刺激し、SNSで見せたくなる若い層に評価いただいています。二つめはライフスタイルが変化し、身だしなみに対する感度の向上、移動中や出先などでのモビリティーツールとしての需要が拡大しています。三つめは新規需要の創出です。これまでの男性中心だった市場に、女性や若者層の需要が増えるとともに、2台目需要やプレゼントなど新たな需要を生み出しています」。
●パームインが生まれるまでに苦労も
 好調なシェーバー事業環境だが、業界に先駆けて小型シェーバー「パームイン」を23年に発売するまでには、社内ではさまざまな議論があったという。まずは、既存製品とのバッティングだ。「従来の高機能タイプの6枚刃や5枚刃モデルを否定するのではないか」といった声も上がったという。
 しかし、南波事業部長は「新たな提案をしていかなければ、常に新たなライフスタイルや価値観を持つお客様にお役立ちできないという強い思いから、パームインの開発を決断しました」と振り返る。
 また、パナソニックには70年に及ぶ事業で培ってきた顧客インサイトを深堀りできる強みがある。
顧客の潜在ニーズを掘り当てるために、これまで培ってきた顧客のニーズや志向、ライフスタイルを研究しながら、同社のデザイナーや技術者が新たな発想を生み出し、顧客に問いかける活動をしてきた。
 パームインのときは、「(顧客インサイトのモニターに)デザインモックを見せたところ、『これは新しいね』『面白いね』『おー!』という驚きの声が上がり、事業化への決心につながりました」と南波事業部長は語る。
●転倒・回転・流水試験を徹底
 では、パームインの心臓部である彦根工場で、初公開された試験工程を見ていこう。まず最初は、転倒試験工程。パームインは手に収まるほど小さいため、落としたり転がったりしたときの堅牢性や耐久性が求められる。デザインはいいけど、すぐに壊れてしまうことはあってはならないのだ。
 工程では、パームインを載せた左右のテーブルが上下に動きながら、パームインを回転させたり、落としたりする。従来のシェーバーより格段に小さい本体に、部品や小さな基板を詰め込んでいるが、過酷な環境下でもシェーバーとしての高性能を維持しなければならない。
 次は、パームイン以外の製品で実施するスイング寿命試験。独自技術である「密着5Dヘッド」という、ヘッド部が360°全方位に傾き自在に動くリニアモーターのサスペンションの寿命を試験する工程だ。ヘッド部を上下に動かすだけでなく、独自の方向にも動かしながら試験する。
 試験工程の最後が、パームイン以外の製品で実施する流水試験。
流水試験機に複数台のシェーバーを入れて、あらゆる方向から水を噴射させて試験する。1981年に世界初の防水シェーバーを発売したパナソニックのこだわりの試験だ。
●匠の技を継承するためにAIでディープラーニング
 次の公開ポイントは、匠の技を要する「外刃開孔検査」。刃穴の開き具合や変形・欠けなどの不具合を、この道20年の熟練工が触感や目視で確認する検査だ。その精度は、数マイクロミリの欠陥を瞬時に見つけ出すほど。この基準をクリアした熟練工が、次から次へと流れてくる外刃の全数を検査している。最高品質の刃だけを製品化するというこだわりがある。
 初公開では、新しい取り組みとして、匠の技術を継承するために、熟練工の目視でチェックする経験値を、AIでディープラーニングさせている工程を披露した。「全自動ディープラーニング画像検査装置」という装置にAIと高解像度の4Kカメラ7台を設置し、1枚の刃にある「ひげを切る面」と「肌に触れる面」の不良品を選別する。
 具体的には、7台のカメラでとらえた7系統の光学系の高画質画像を、前処理と後処理に分ける「ハイブリッド判定処理」をする。前処理では、サイズや破れなど比較的簡単で高速に判定できるものでOK/NGを判定する。このとき、OK/NGを識別できずに「不明」となったものは、後処理の複雑で低速のディープラーニングによる判定に移行する。
微細な傷やバラつきを見ながらOK/NGを判定する。最後に1カ所でもNG判定なら、除外となる。
 実は、全数を後処理のディープラーニングで判定する手法も考えられるが、その場合、処理時間が遅くなる上、設備投資も高額になる。ハイブリッド判定処理は、コストと生産性を考えた上での現状での最適解というわけだ。
 もっとも、技術が進歩すれば全数のディープラーニング判定も可能になるだろう。これまでも、光の特性を高速処理する画像検査技術の向上や光学機器、通信速度の向上、AIの発展など日進月歩で進化するテクノロジーにより、「不可能」とされていたことを可能にさせているからだ。
 膨大で複雑かつ微細な匠の技による判定をAIに学習させることで、検査効率は50%向上したという。
●自動倉庫の導入で保管スペースを約3分の2に圧縮
 最後の工程が、製品組み立て工程における組立式の立体自動倉庫システム「ラピュタASRS」の導入と、パームインの基幹デバイスであるリニアモーターの新自動機組立機とU字型のパームインシェーバー組立工程だ。
 順を追ってみていこう。ラピュタASRSの導入で、仕掛在庫の置き場の効率化と、作業の効率化を実現した。以前は在庫の置き場を入庫、保管、出庫の三つのエリアで平置きしていた。増産体制を敷くときの仕掛在庫の対応が課題となっていた。

 立体的な空間を有効に使えるラピュタASRSは入庫、保管、出庫を自動で同時に行える。具体的にはロボットが部品を入れるケースの下に入ってケースを持ち上げて自動搬送する。約1700カ所あるスペースのうちの1カ所を指示して入庫・保管・出庫する。これらピッキング指示を自動化したことで、作業の効率化と人的ミスを大幅に削減した。
 刃は約20品番、成型部品は約60品番ある。一つのシェーバーは外刃や内刃、リニアモーターなどブロック単位では15~20からつくられる。電子部品などを含むと桁違いの数に及ぶ。これらの仕掛在庫を、ラピュタASRSがさばいていく。
 自動倉庫の導入により、天井高を最大限にいかす立体的な保管が可能になった。実に、従来の約3分の2の面積に圧縮、約150平方メートルのスペースを創出した。そのスペースに生産設備を拡充して、生産効率を上げるのだ。
 ラピュタASRSの導入では、グループ会社のパナソニック コネクトとの連携も見逃せない。
自動倉庫というハードを導入するだけでなく、人とロボットが協調するシステム面での連携や、ロボット制御プラットフォームとの連動、さらに経営全体の上位システムであるERPとの連携など統合的な連携が欠かせない。組織の壁を越えた全体のシステム連携には、パナソニック コネクトの知見が反映されている。●人とロボットの協働にもチャレンジ
 見学会では、今後導入していく人とロボットの協働作業のデモを披露した。自律走行搬送ロボット(AMR=Autonomous Mobile Robot)が人や物を避けながら部品の入ったケースを到着ステーションまで運ぶ。到着ステーションの部品を、ラピュタASRS用のケースにロボットで移載する。
 デモでは、ビニール袋に入った部品を破ったり、落としたりすることなくスムーズに移し替えていた。シェーバーで使われる部品やその荷姿は千差万別。上部に搭載しているカメラが、荷姿や位置を把握しながらピックアップして移載する。移載したケースは、ラピュタASRSの保管場所へ自動搬送されていく。
 次に、リニアモーターの新自動機組立機では、多品種の組み立てに対応した新規設備を導入した。従来は自動機生産3品番とセルライン生産3品番の合わせ技で組み立てていたが、今ではすべて自動機生産で7品番を組み立てている。生産能力は1割アップし、品種切り替えの時間は従来より8割も短縮した。
 最後に、パームインシェーバー独自の組立ラインだ。グリップ式シェーバーはオーソドックスな一直線のI字ライン(23工程)だが、パームインでは、新たに人と協働するロボットを3台導入したU字ライン(19工程)を採用。導入効果から先に言うと、工程数は20%削減、従業員一人当たりの生産性は125%向上、ライン面積は30%削減という大きな効果を得た。
 U字ラインの流れはこうだ。まず半完成品の部品を供給する手段に協働ロボットを活用。ロボットが取り出した後は、半田づけ設備で基板に部品を半田づけする。その後、自動電流検査で人とロボットが協働して実施する。検査工程では部品の取り出しと、検査機への投入をロボットが自動で行う。
 検査でOKだったものが次工程に流れ、人による外観や性能の検査を実施。完成品として出来上がったものを梱包する際は、作業支援カメラを活用する。取扱説明書やポーチなど漏れがなく入っているかをカメラでチェックする。箱詰めする際は、万が一抜け漏れがあっても検知できるように、すべてのパーツが入っていることを重量で確認した上で出荷となる。
 シェーバーのイメージを覆してユーザーに驚きと感動を与え、所有欲を刺激するパームインは、新しい需要の創造に成功して大ヒットを飛ばしている。そのモノづくりを支える彦根工場でも、匠の技術を継承するためのAIの活用や、人とロボットによる協働など新しい取り組みにチャレンジしつづけている。70年に及ぶモノづくりの現場における知見と、新たに挑戦しつづける姿勢が、パームインという斬新な製品を生み出した土壌になっているのだろう。(BCN・細田 立圭志)
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