(本紙主幹・奥田芳恵)
●デザイナーとして勤務するかたわら 創作に打ち込んだ日々
奥田 市原さんは大学卒業後、Yahoo!JAPAN(現LINEヤフー)にUI/UXデザイナーとして入社されたわけですが、初の社会人生活はいかがでしたか。
市原 社会人としての基礎トレーニングをさせてもらいました。例えば納期やスケジュールを守るとか、会社組織でこういうことはやってはいけないとか、企業社会における勘所が分かるようになりましたね。会社勤めをせずに、いきなりフリーランスになったりすると、そういうことがなかなか理解できませんから。
奥田 そこは大事なところですね。
市原 それから、大きなIT系企業にはいろいろな経路や出自を辿ってきた人がいて、文系出身だけどバリバリのエンジニアとか、理系寄りのデザイナーとかがいて、自分はデザイナーなのに美大出身でないというコンプレックスが自然に払拭されました。何よりもテクノロジーを使い、ものづくりをする人がたくさんいる環境なので、私にとっては大学の研究室の延長のようなユートピアでしたね。
奥田 なるほど、市原さんにとって居心地のいい会社だったのですね。でも、ご自身の創作に打ち込む時間はあまりとれないですよね。
市原 会社には副業申請を出し、食事の時間と睡眠時間を削って作家の仕事をしていました。例えば、同僚と連れ立ってランチには行かず、一人でカフェで申し訳程度の食事をしながら仕事をするといった生活ですね。勤務先は福利厚生がしっかりしたいい会社でしたが、自分で勝手にハードな生活を選んでいたわけです。若い20代のときだからできたのでしょう。
奥田 そして、5年間デザイナーとして勤務された後に退職されたわけですが、フリーランスになることを決断した決め手は何だったのでしょうか。
市原 前にお話しした「喘ぐ大根」がネットメディアで取り上げられて、会社以外の方ともつながることができ、個人宛の仕事が徐々に増えてきました。また、会社には不満はなかったのですが、テレビ出演の現場などではいろいろな分野のプロフェッショナルが集まっているのに、自分は仕事の気分転換での腰掛け的に作品をつくっていた側面もあり、アマチュアのままでいいのか、というモヤモヤとした思いを抱えていたのです。
奥田 それは悩みどころですね。
市原 そんなとき、ある占い師と出会い、会社を辞めてフリーランスになるか悩んでいると相談すると、辞める方向に進んだほうがいいと。さもないと、足の骨を折ることになると言われたのです。
奥田 えー!
市原 とはいえ、その後しばらくはそのことを忘れて忙しく会社の仕事をしていたのですが、ある日、上司に呼ばれて別の階の会議室に向かう途中で階段を踏み外してしまいました。骨折です。
奥田 そんなことがあるのですか。ちょっと怖いですね。
市原 あるんです。その1週間後に、上司に退職の申し入れをしました。
●祖母の死をきっかけに着想した デジタル・シャーマニズム
奥田 高校生の頃、美術で食べていけるのかと思ったというお話でしたが、会社を辞めるにあたって不安はありませんでしたか。
市原 Webサービスの「note」に「会社を辞めて独立します。お仕事募集中です!」と、自分ができることを全部書いて拡散したんです。そうしたら、思いのほかお仕事がたくさん来ました。初めのうちはデザイナーの仕事が多かったのですが、辞めて半年後くらいから作家性のあるアーティストの仕事に比重が移っていきました。
奥田 半年で本来やりたかった仕事ができるようになるというのは、かなり早いほうですね。
市原 会社員のかたわら、3、4年間、変なものをつくってきた土台があったから、そのあたりはスムーズだったのだと思います。
奥田 それからは、不安もなくなったのですね。
市原 不安はないわけではないですが、慣れました。まあ、どうにかなるだろうと。それから、本気でものをつくっていると、不思議とお金が集まってくることにも気づきました。誰かが助けてくれるのですね。今は、むしろ先行きが不透明で予測不可能でないとつまらないと感じる面もありますね。
奥田 市原さんはいつも巫女の衣装をお召しですが、それと関係が深そうなデジタル・シャーマニズムの作品についてご紹介いただけますか。
市原 もともとは「デジタルシャーマン・プロジェクト」という作品の企画が文化庁のクリエイター育成支援事業で採択されたことが始まりで、日本の土着の信仰といった見えないものとテクノロジーを融合させ、それをさらに発展させていきました。
奥田 具体的にはどのような作品なのでしょうか。
市原 亡くなった方の身体的特徴を「Pepper(ペッパー)」などの家庭用ロボットにインストールして、そのロボットが死後49日間だけ遺族に寄り添ってくれるというものです。この作品は、自分の大きな転機になりました。
奥田 自分の作品の中に一本、軸ができたような感じですか。
市原 そうですね。
奥田 なぜ、こうした生と死のテーマに興味を持たれたのでしょうか。
市原 自分の祖母が亡くなったことをきっかけに仏教の葬儀に興味を持つようになったのですが、一見、非合理的に見える宗教的なしきたりが、ITと同じように合理的で最適化されたシステムだと思えたからです。
奥田 最適化されたシステムですか。
市原 ええ、大事な人を亡くしたときの悲しみを鎮静化するシステムとして、葬儀があるということですね。
奥田 合理的で最適化されたものだからこそ、
現代まで引き継がれてきたということなのですね。ここではロボットが作品の中で大きな役割を果たしていますが、生成AIについてはどう捉えていますか。
市原 近年は作品制作で頻繁に使っています。制作チームのメンバーが一人増えた感じですね。ただし、AIの生成結果は過去の学習データから生まれるため、これまでに見たことのない本当に斬新なものが出てくることは基本的にはないと思っています。やはり、人間の経験や直感から導き出したものに独自性があり、まだまだ価値があると思います。
奥田 これからは、どんなテーマに取り組んでいかれますか。
市原 「ディストピア」がマイブームですね。企業や官公庁は「明るい未来」を市民に提示することが多いものの、現在に至るまでの実際の歴史を振り返ると、人類は戦争、災害、飢饉といった災厄に見舞われ続けています。コロナ禍でも私たちは先がまったく見えない世の中を経験したわけですが、ならば、そうしたディストピアでも人間の生存本能が共存できることを表現しよう、一周回って最悪の未来をインスタレーションのなかで具現化してみようと。でも、そうして最悪の状況を想定することにより、かえって未来に対して安心する部分も出てくるのでは思います。
奥田 絶望の中に希望を見いだすのですね。あっと驚くような作品、これからも楽しみにしています。
●こぼれ話
左耳に「酔」、右耳に「狂」。「酔狂」と思わず市原えつこさんの両耳を交互に見る。大きなイヤリングが話すたびにユラユラ揺れる。お顔周りにこれほどのインパクトを持ってきてもなお、負けない市原さんの存在感。今日の対談は、どうなっていくのか…。リードする側ではあるものの、成り行きに身を任せ、見通せない先行きを自然に楽しもうとしている自分に気が付く。
市原さんの代表する作品の一つに「都市のナマハゲ-Namahage in Tokyo」がある。秋田県男鹿市で200年以上伝承されてきている重要無形民俗文化財「ナマハゲ行事」を再解釈し、秋葉原、原宿、巣鴨など東京の街に適応させたかたちで表現したものだ。家々を回るナマハゲには「相互監視による集落の維持という合理的な機能があったのですね」と市原さんがおっしゃるので、「ナマハゲにそんな役割が」と驚いてしまった。
男鹿市出身の私は、いつもナマハゲが見ていて、悪いことをしたら手帳にメモしているとかなんとか言われて幼少期を過ごしたし、大晦日になるとナマハゲが来る日として朝からびくびくしていた。ナマハゲの合理的な機能など考える余裕もなく、他の地域の子どもを羨ましがったりしたものだ。ナマハゲさんごめんなさい。
こぼれ話を書いている今日は、クリスマス。ナマハゲが来る日まであと少し。だけど今の私は余裕だ。大人になったからではなく、東京にいるから。でも、その東京にもナマハゲが現れるとは…。
市原さんの作品は、気が付かなかった視点から物事を捉えなおし、驚きと新たな発見を与えてくれるものばかりだ。独自の世界観を持ちながらも、多様な人と関わりながら作品を仕上げているからか、世界観や自分の思いを表現することにとても優れている。妄想を膨らませる部分と、言語化して伝える部分とが頭の中でとても整理されているように感じる。おかげで、決して理解できない世界に迷い込むことなく、それでいて市原ワールドを堪能しながら、対談を終えることができた。なんて聡明な変態なのだろう。
これからも、伊達や酔狂ではなく真剣に磨いた「変態」の先に、驚きに満ちた新たな作品が誕生することを期待している。(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第385回(下)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。











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