パナソニックでは、社内カンパニーであるアプライアンス社の中で生まれながら、保守的な大企業であるが故に没となったり、発表されずに日の目を見なかった企画やプロジェクトは数多くあるという。中には、先進的で尖った企画もあっただろうが、会社が求める「量産」や「売上規模」の前に立ち消えた。今回発表されたのは、それらをよみがえらせるために、社外でスピーディーに事業化するためのスキームだ。
具体的には、18年3月に米シリコンバレーに拠点を構えるベンチャーキャピタルのスクラムベンチャーズとパナソニックが共同出資して設立した合弁会社のBeeEdgeに、官民ファンドの産業革新機構から18年9月に分割して新設したINCJが、10億円を上限に出資する。まずは、初回投資分として3億8300万円を出資するという、INCJとスクラムベンチャーズ、パナソニックの3社による事業化モデルである。
パナソニックが目指す姿は、大企業でありながらも尖っている企業。社員一人ひとりが創業者の精神を取り戻し、新しいことにチャレンジできる企業だ。しかし、過去にも社内でさまざまな取り組みを試みたものの、なかなかうまくいくことはなかった。
「われわれは1000を1万にすることは非常に得意。だが、ゼロから1、1から10に大きくしていくことが苦手で、現状の枠組みでは見いだしにくい。そこで社外のBeeEdgeで事業化することにした」と河野副社長は言う。BeeEdgeの株式保有割合は、INCJが33.8%、スクラムベンチャーズが33.8%、パナソニックが32.4%。
●第一弾はホットチョコレートマシン
BeeEdgeは11月1日、第1号案件として、チョコレートを飲むというチョコドリンク文化を世界に広げる目的で業務用ホットチョコレートマシンを開発・製造・販売するミツバチプロダクツに投資することを発表した。株主構成は、BeeEdgeが83%、ミツバチプロダクツの社長に就任した浦はつみ氏が17%。
浦氏は、05年にパナソニック初の女性営業として調理商品を担当した経歴を持つ。15年には、プロのコーヒー豆の焙煎技術を再現した初のIoT家電「The Roast」を立ち上げた。18年9月にミツバチプロダクツを設立し、18年11月1日にパナソニックを休職する形で正式に社長に就任した。
業務用ホットチョコレートマシン「∞ミックス(インフィニミックス)」は、19年春の発売予定で、販売予定価格は25万円。チョコレートと水を入れたカップを、固定型スティックブレンダーとスチーム加熱を一体化した筒状のマシンに入れると、わずか30秒でテーラーメイドのチョコドリンクが完成する。
欧州などではショコラなどチョコやカカオのホットドリンクを飲む習慣はあるが、つくるのに鍋で煮るなど手間も時間もかかる。「∞ミックス」なら、自分の好みのレシピで簡単につくることができるというわけだ。
「企画は1年半前にたてたが、製品化までわずか3カ月でつくった。まずは、BtoBで販売していく。パティシエを含めて、チョコドンリンクのレシピはさまざま。
●河野副社長が没にした企画が復活
実は何を隠そう、浦氏が過去にホットチョコレートマシンの企画を提出した際、没にしたのは河野副社長だった。却下した理由について、記者から問われた河野副社長は「1号機を見たのは今日が初めてで、最初は机上のビジネスプランだった。ビジネスが成り立つのか、彼女自身がわれわれを説得できなかったし、投資に対する回収もその時点では見えてなかった。情熱と夢はわかったが、ビジネスになるという判断はできなかった」と振り返った。
浦氏は、「河野さんからはNGだけではなく、いろいろなアドバイスをいただいた。しかし、パナソニックでできることとできないことがあるとしたら、私たちはパナソニックでできないことを外でチャンレジすることを決断した」と答えた。
BeeEdgeでは第2弾、第3弾の投資案件も計画しているが、河野副社長は「事業会社の社長になることと出資はセット」としている。新しいビジネスモデルを立ち上げるには、自らも出資して代表になるという覚悟や決断が求められるということだ。
だが、投資案件や新規事業のすべてが成功するとは限らない。残念ながら、中には失敗する案件も出てくるだろう。その際のセイフティーネットが考えらているのも、実は今回のスキームの大きなポイント。
前例のない休職を可能にするために、労働組合との交渉や法務、人事面の課題をそれぞれクリアするために、多くの裏方の社員の苦労や協力があったに違いない。18年11月1日、創業100周年を迎えたパナソニックが、創業者・松下幸之助のベンチャー精神を取り戻す取り組みが動き出した。(BCN・細田 立圭志)
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