イーロン・マスク帝国を動かす“血液”──ドージコイン基軸経済の全貌

イーロン・マスクが描いてきた巨大な未来のパズルが、いま一枚の絵として完成しつつある。地上ではテスラの「ロボタクシー」が物流と移動を担い、工場や家庭ではヒューマノイドロボット「オプティマス」が労働を代替する。
空と宇宙では、スペースXの「スターリンク」が通信インフラを覆い尽くす世界だ。

こうしたハードウェアインフラが完成段階に入る中、シリコンバレーとウォール街の関心は、この巨大な生態系を循環させる「血液」、すなわち統合決済システムへと移りつつある。そして、その中心に据えられているのが、マスクがここ数年にわたり着実に“ビルドアップ”してきたドージコイン(DOGE)だという見方が広がっている。

◇2021年から続く「大局的構想」──単なる遊びではなかった

マスクとドージコインの関係を、単なる投機的ジョークとして片付けるのは難しい。彼の発言や行動を時系列で追うと、ドージコインを自身の事業ポートフォリオにおける事実上の「基軸通貨」へと引き上げようとする一貫した意図が浮かび上がる。

その実験は2021年に始まった。マスクは同年5月、スペースXの月探査衛星プロジェクト「DOGE-1ミッション」の費用全額をドージコインで受け取り、宇宙産業史上初となる暗号資産決済を実現。さらに12月には、テスラのオンラインストアで一部商品のドージコイン決済を導入し、「決済手段としてはビットコインよりドージコインの方がはるかに適している」と公言した。

その後の動きはさらに加速する。2022年2月のサンタモニカ・スーパーチャージャーでの決済テスト、同年7月のボーリング・カンパニーによるラスベガス・ループでの利用料決済承認など、マスクは自身のオフラインインフラに次々とドージコイン決済を組み込んできた。さらに2025年、トランプ政権下で「政府効率省(Department of Government Efficiency)」の略称をD.O.G.Eと命名したことは、ドージコインに強烈なブランド効果と政治・社会的影響力を与えた象徴的な出来事といえる。

◇「ロボットにクレジットカードはない」──ブロックチェーンが不可欠な理由

では、なぜマスクは価格変動の大きい暗号資産にこだわるのか。
専門家は、彼が予見する「労働の終焉」とAI時代において、既存の金融システムが限界を迎えると指摘する。

数週間後にテキサス州オースティンで公開予定の「完全無人ロボタクシー」や、24時間稼働する物流ロボット「オプティマス」を想像してみよう。これらのAIは、自ら充電し、駐車料金を支払い、修理費を精算する必要がある。しかし、機械が銀行口座を開設したり、クレジットカードを持ったりすることは不可能だ。

その結果、国境を越えて即時送金が可能で、スマートコントラクトによる自動制御ができるブロックチェーン基盤のトークンが、唯一の現実的な選択肢となる。マスクが描く超自動化社会では、通貨は人間専用のものではなく、機械と機械(M2M)の間を行き交うデータに近い存在になる。

◇テスラからスターリンクまで──「ドージコイン経済圏」の青写真

業界が描くドージコインの活用シナリオは明確だ。マスクの全事業が、ドージコインを軸に一本でつながる構造である。

ユーザーはX(旧ツイッター)の決済機能「Xペイメント」でドージコインをチャージし、そのままテスラのロボタクシーを利用する。ロボタクシーは受け取ったドージコインでスーパーチャージャーから電力を購入し、僻地ではスターリンクの通信料金をリアルタイムで支払う。将来的には、スペースXの火星移住費用までドージコインで決済される、完全なクローズドループ経済圏が完成するという構想だ。

ビットコインの利用可能性を指摘する声もあるが、マスクの立場は明確だ。
彼は「ビットコインは価値保存に優れるが、ドージコインは高速かつ低コストで、実体経済の通貨に適している」と繰り返してきた。1日に数十億件発生し得るロボット同士の超小額取引を処理できる柔軟性を、ドージコインに見出しているのである。

◇2026年、規制緩和がもたらす「特異点」

迫る2026年は、ドージコインの行方を左右する転換点になるとみられている。米国で自動運転規制が緩和され、ロボタクシーが全土に広がり、オプティマスが物流現場へ本格投入される時期と重なるためだ。

ウォール街のフィンテック戦略家は「マスクは無計画に動く人物ではない。彼が今も大量のドージコインを保有している理由は明白だ」と語る。「テスラがエネルギーと物流を支配する世界が実現すれば、その生態系の基軸通貨であるドージコインは、かつてのペトロドルのような地位を得る可能性がある」という。

地上を走るテスラから、宇宙を覆うスターリンクまで。イーロン・マスクの世界観において、ドージコインはもはや“冗談の産物”ではなく、巨大な帝国を支える戦略的ツールとして再評価されつつある。
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