「ブラック企業アナリスト」として、テレビ番組『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)、「週刊SPA!」(扶桑社)などでもお馴染みの新田龍氏。計100社以上の人事/採用戦略に携わり、あらゆる企業の裏の裏まで知り尽くした新田氏が、かえって根本的な問題解決の先送りにつながりかねない、噛み合わないブラック企業をめぐる議論を整理します。


「ブラック企業問題を追えば追うほど、よくわからなくなってきます……」

 これは、以前私を取材してくれた某テレビ局記者氏のつぶやきだ。その言葉通り、長年ブラック企業問題を手掛けている私も、ブラック企業を扱うのは一筋縄ではいかないと感じている。いくつかの切り口からみていこう。

(1)「誰にとっていい会社か?」から考える

 新卒学生の採用選考において、「グループディスカッション」と呼ばれる集団討論が課される場合がある。ありがちな展開として「いい会社とは?」といった議論テーマが与えられ、就活生たちが20分ほど話し合うのだ。その際「誰にとっていい会社なのか?」という「切り口」が明確でないと、議論が錯綜することになる。たとえば以下のようなものだ。

<顧客にとって優良>

・リーズナブルな商品、サービスを提供している
・高品質な商品、サービスを提供している
・対応が迅速で丁寧
・365日、24時間営業している
・多少の無理難題は聞き入れてくれる
・社会や地域に貢献している

<株主にとって優良>

・儲かっている
・効率良く営業できている
・借金が少なく、財務体質が強固
・継続的に成長している
・市場環境が良い
・差別化できる強みや技術がある

<社員にとって優良>

・やりたい仕事ができる
・休みが取りやすく残業が少ない
・社風がよい
・ブランド力や知名度がある
・将来のキャリアアップにつながる
・給料が高い。

 誰かにとって「いい」場合、別の誰かにとって「不都合」ということがあり得る。

「顧客」にとっていい場合、往々にして「社員」や「アルバイト」が割を食うことになるだろう。営業時間が長く、安くサービス提供してくれればありがたいが、その分、従業員は長時間労働を余儀なくされ、場合によっては低賃金に抑えられてしまうかもしれない。

「株主」にとっていい場合、「従業員」や「取引先」が大変になる。

「効率的な経営」というと響きはいいが、その分、社員や取引先(下請先)は厳しい目標数値を課され、現場は疲弊しているかもしれない。

「社員」にとっていい場合、「将来の社員」や「顧客」にとって不都合かもしれない。会社に高い利益をもたらす商品に対して、顧客は高いカネを支払っている。また居心地がよすぎる職場環境は、そこで働いている時点では天国だが、その環境にどっぷりと浸かり、慣れすぎてしまうと懸念材料になる。万一職場に何かしらの問題が起こり、転職せざるを得なくなった場合、あなたのキャリアと高い報酬では労働市場で買い手がつかなくなっているかもしれないからだ(決して、長時間営業や効率的な経営、高い付加価値の商品を提供することを批判しているのではない。あくまで、物事には両面あるという事例である)。

(2)「世間からの見え方」から考える

 ブラックの対義語を合法的・健全に運営している「ホワイト」とするなら、同じ企業であっても、当事者によって捉え方は少なくとも4種類に分かれる。

・「世間の印象=ブラック、実際=ブラック」(世間の印象も、実際も悪質)
→論外であり、批判されてしかるべきである

・「世間の印象=ホワイト、実際=ブラック」(世間の印象は良いが、実際は悪質)
→私が本サイトで連載している「あの企業の裏側」( http://biz-journal.jp/series/kigyounouragawa/)に、実例が豊富にある。

・「世間の印象=ブラック、実際=ホワイト」(世間の印象は悪いが、実際は健全)
→一部で騒がれている「ワタミ」「ユニクロ」といった会社も、擁護すべき点は多々ある。
 本連載でも、おいおい取り上げていきたい。

・「世間の印象=ホワイト、実際=ホワイト」(世間の印象も、実際も健全)
→問題なし。こちらも追って事例を挙げていきたい

(3)事業健全度×待遇による「ブラック企業マトリックス」から考える

 さらに、「誰から見るか?」という視点を加えると、評価はさらに複雑に変化する。

具体的には、アルバイト、契約社員、派遣社員、正規平社員、正規役職社員、経営者、株主、顧客、社会……などだ。 

 あまり細分化してもかえってわかりにくいので、「組織や事業は健全か?」を横軸に、「待遇は良いか?」を縦軸にとって表にしてみると、冒頭の表「ブラック企業を考える9つの象限」のように表される。

 このように、一言で「ブラック企業」といっても、このうち「グレー」と「ブラック」計6つの象限いずれかに当てはまり得るものであり、何について議論しているのか、目線合わせができていないと錯綜することになる。

 以下で、それぞれの象限の特徴を簡潔に述べておきたい。

W1:ホワイト優良企業

 おもにエスタブリッシュな大企業が当てはまる。中でも、「成熟産業で」「独自技術によって」「安定したシェアを持ち」「倒産しにくい」といった基盤があれば、それほど残業をせずとも、じっくり働ける環境である可能性が高く、入社希望者からは人気となる。

W2:健全運営の中小企業、公務員など

 大手ほどの待遇や福利厚生などはないが、同様にそれほど激務ではなく、安定した雇用や給与が得られる期待ができるところ。堅実経営の中堅企業や地方公務員などが当てはまる。

W3:ホワイト企業勤務の派遣/アルバイト

 これは「企業」というより「雇用形態」になってしまうが、給与は安くとも、ブランド力のある職場で働けることが魅力と捉えられる。非正規であれば、比較的職務も単純作業となり、責任も軽めであることが多い。そのようなプレッシャーが弱めの労働環境は、一部若者の間で「マッタリ働ける」と表現され、歓迎される。

G1:外資や上場ベンチャーなど実力主義の会社

 激務で相応のプレッシャーもあるが、高待遇である、組織が成長していてやりがいがある、などの理由から、リスクを認識した腕に自信のある人の間で歓迎される環境。

外資系金融、外資系コンサルティング、上場ベンチャー企業のほか、国内大手でも商社や広告代理店などはこの領域に入る。

G2:日本の一般企業(中堅企業)G3:日本の一般企業(小規模・零細企業)

 日本の多くの会社は、このいずれかの領域に入る。事業自体に違法性はないが、サービス残業など「厳密には労基法違反な労働環境」が温存されている会社。過重労働気味だが、日本の労働政策の方針として「安定した雇用と給与」を確保することが優先されているため、必然的に労働環境面が劣後順位になっている。

B1:反社会勢力、故意に違法な会社

 違法性を認識しながら高収益を得ることを最優先している会社。典型的な例としては暴力団のフロント企業など、反社会的な存在をイメージしていただけるとよい。しかし中には、一般的にホワイトと認識されている企業の中にも違法性の高い仕事をしている部署や担当があり、たまにニュースになる(私の「ブラック企業アナリスト」としての役割は、後者に関して内部からの情報を得た告発である)。

B2:追い詰められて違法にならざるを得ない会社

 反社会勢力ほどひどくはないものの、「顧客を騙す」「違法な営業手法」「脱税」など、事業運営に反社会性のある企業。もともとはホワイトやグレー領域の会社だったが、業績悪化などを機に、筋の悪い事業に手を出すとここに入ることになる。確信犯的な悪意というよりも、追い詰められて陥るタイプといえる。

B3:底辺ブラック企業

 故意に違法行為を行い、顧客には迷惑をかけ、社員を使い捨て、経営者の私利私欲が優先される会社。零細規模の企業が多く、ニュースになることはほぼないが、多くの問題が起こっている。

 マスメディアで「ブラック企業」に関する報道を目にしない日はないくらいだが、実際それはどの象限で起きていることで、そこでは何が問題とされているのか、見極める目を持っておきたい。中にはまったく本質的ではない議論や、ブラックとは言えないような内容のものもある。次回以降は具体事例を引き、そのような不毛な議論を斬っていこう。
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)

“よくわからない”ブラック企業問題〜誰にとっていい/悪い企業?日本企業の多くはグレー
新田 龍(にった・りょう):株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト。
早稲田大学卒業後、「ブラック企業ランキング」ワースト企業2社で事業企画、人事戦略、採用コンサルティング、キャリア支援に従事。現在はブラック企業や労働問題に関するコメンテーター、講演、執筆を展開。首都圏各大学でもキャリア正課講座を担当。
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