JR北海道は先月10月19日の列車事故をきっかけに、線路異常などの整備不良が発覚。
国鉄は1987年に民営化され、6つの地域別旅客鉄道と貨物鉄道会社に分割された。しかし独立法人、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)の100%子会社であるJR北海道、JR四国、JR九州の3島会社は当初から大幅な赤字体質であったため、国は3島会社に経営安定化基金を設置、この運用益で赤字補てんが行われた。JR北海道の基金は6822億円、JR九州は3877億円、JR四国は2082億円、合計すると1兆2781億円に上る。ただ、これらのお金は流用することができなことになっており、あくまでもこれを運用し、赤字の穴埋めをするためだけに使われる。金利は当初7.3%。運用利回りは1年間でJR北海道は498億円、JR九州は283億円、JR四国が151億円に上り、かなり巨額の持参金といっていいだろう。
3島会社はこの資金を鉄道整備基金(現鉄道・運輸機構)に貸し付け、この金で鉄道整備基金はJR東海やJR東日本、JR西日本の新幹線の設備投資を行う。整備した新幹線をこれら3社に貸し付け、その金利を3島会社に支払うという仕組みだ。
「簡単にいうと、JR東日本、JR東海、JR西日本の3社が金利というかたちで、赤字補てん部分を3島会社に支払っているわけです。
そして巨額の持参金付きで民営化しなければやっていけなかった3島会社のうち、JR九州とJR北海道の命運は分かれた。
JR北海道は1615億円ある株主資本のうち、利益剰余金を8億円毀損、一方でJR九州は2923億円ある株主資本のうち、利益剰余金を1044億円まで増やしている。つまり、JR北海道は経営安定化基金で赤字の穴埋めを行っているにもかかわらず、自己資本を毀損し経営悪化に向かっているが、JR九州は民営化以降自己資本を厚くし、経営の安定化を進めているというわけだ。両社の命運を分けたものは、いったいなんなのか?
●経営悪化招いたJR北海道の体質JR北海道は赤字企業とはいえ、鉄道、バスなど北海道内ではほぼ独占的に交通網を握っていた。加えて北海道は日本で1、2を争う観光の名所。そうした地の利を最大限に利用できれば、収益を改善し、優良企業となる道も十分あったのではないだろうか。
しかし、なぜJR北海道は経営が悪化しているのか?
地元関係者などに聞くと、その“親方・日の丸”の体質に大きな問題があるという。
「社員は仕事をしようという意識が非常に低く、例えば線路に草が生えていてもきれいにしようなんて考える従業員はいないといいます。社内に複数存在する組合間でのセクショナリズムも激しく、全体の8割を占めるJR北労組は別の組合所属の社員の結婚式にすら参加することができないそうです。一方で経営陣は財界活動や派閥抗争にうつつを抜かし、道内輸送では航空会社にばかり対抗意識を持ち、安全対策をおろそかにしてきた」
こうした体質は、不祥事を起こした際の同社の対応にも表れている。
例えば、今年7月にJR北海道の運転士が覚せい剤使用事件を起こしたのち、国土交通省北海道運輸局が抜本的再発防止策として全運転士(約1100人)に薬物検査をするよう同社に提案したが、同社はこれを拒否した。組合の反発が怖いから、安全対策がそっちのけになったというわけだ。
そのような中で業績は悪化。1991年3月期には1050億円あった売り上げが、2011年3月期には826億円まで減少。これに長びくデフレ不況の影響を受けて、経営安定化基金の金利も7.3%から3.73%(JR北海道の場合は利回り換算で約254億円)まで下落した。
JR北海道は採用抑制や自然減による人件費の削減で抑えようとし、91年には1万2060人いた従業員を7267人まで減らした。しかし、その弊害で「慢性的な人手不足となり、熟練工からの技術継承などもできなくなった」(地元関係者)という。
11年5月にはJR石勝線でトンネル事故が発生し列車が脱線炎上、40人近い乗客が病院に搬送された。死者こそ出なかったが、一歩間違えば戦後最大の死者を出した北陸トンネル事故に匹敵する大惨事となるような事故だった。
こうした事態に当時の社長、中島尚俊氏が抜本的な改革を進めようとしたが、JR北労組が反発し、さらに経営陣からも中島氏に対する風当たりが強くなり、中島氏は自殺してしまう。そして、中島氏とはライバルといわれてきた小池明夫氏が会長を兼務する形で社長を務め、その後はJR北海道の重鎮で、中島氏に影響力を持っていたといわれる坂本真一・北海道観光振興機構会長と通じる野島誠氏が社長に就任。しかし、JR北海道の経営が抜本的に改革されることはなく、
・13年4月:函館線で停車中の特急「北斗」の床下から出火
・同年5月:函館線で走行中の特急「スーパーカムイ」の床から出火
・同年7月:函館線で走行中の特急「北斗」の床下から出火
など次々に事故を引き起こしている。
JR北海道は今、会社再建をめぐり抜本的な経営の見直しを迫られているが、すでに自民党内部からはこんな声が上がっている。
「JR北海道を単独で民営化したこと自体、無理だったのだ。今からでもJR東日本グループの傘下で経営を再建するべきではないだろうか」
●関連事業強化や多角化で好調のJR九州一方で分割民営化後のJR九州は、独占的な市場を持っていたJR北海道以上に厳しい経営環境にあったといってもいいかもしれない。
九州は一部を除けば、高速道路網の整備が比較的早くから進み、主要都市相互間を結ぶ高速バス路線が開設されていた。しかもJR九州発足後に九州自動車道の全線開通をはじめ、高速道路の新規開通が相次ぎ、九州各地でJR九州の特急と高速バスとの競争が激化。福岡市と北九州市の大都市同士を結ぶ博多駅-小倉駅間では国鉄分割民営化で山陽新幹線が西日本旅客鉄道(JR西日本)の所有となり、JR九州の所有する鹿児島本線とは競争関係となるなど、JR九州は熾烈な競争にさらされてき
た。
こうした状況の中でJR九州初代社長だった石井幸孝氏は、「部内本位からお客様本位」「系統本位から会社本位」「予算本位から収支本位」など「国鉄流10の反省」を提唱し、自らも精力的なトップセールスを行い、多角化を推進した。
「このときJR九州労組は、労使協調路線をとった。経営陣も従業員も危機意識が強く、自分たちがなんとかしなければならないという気持ちが強かったのだと思う」(JR九州関係者)
石井はデザイン戦略を経営戦略として位置付け、水戸岡鋭治をデザイナーに起用し、787系電車「つばめ」、883系電車「ソニック」、885系電車「かもめ」、九州新幹線800系電車「つばめ」など多くの斬新なデザインの特急車両を投入。これらの車両はブルーリボン賞、ブルネル賞など国内外の多くの賞を受賞し、JR九州の業績アップの原動力となった。
「水戸岡さんを発掘したのは石原進・現会長です。石原さんは当時、企画室長で福岡地所の社長だった榎本一彦さんから水戸岡さんを紹介され、石井社長に引き合わせたのです」(JR九州関係者)
また石井は九州新幹線の整備、博多-釜山間の高速船「ビートル』の開設や熊本駅、鹿児島中央駅、由布院駅などの整備や駅舎改装、博多駅コンコースの大改装、「あそBOY」をはじめとする観光列車を次々と走らせるなど、鉄道を通じて九州各地のまちづくりやインフラ整備、および九州観光に大きな業績を残し、国鉄行政改革をJR九州で実践した。こうした石井のDNAは、その後も引き継がれている。
その「ビートル」や「あそBOY」などの企画を手掛けたのが現社長の唐池恒二氏で、10月に運行が開始され話題を呼んでいる日本初の超豪華クルーズトレイン「ななつ星in九州」を実現した。JR関係者は、「唐池は、石井が社長をやっているころから豪華鉄道の話が出ていたと、のちに語っています」と明かす。
JR九州広報担当者は、今後の戦略について次のように語る。
「九州は2005年から人口がピークとなり、以後減少していることから、基幹の鉄道事業で収益を拡大することは難しい。よって、鉄道事業では安全とサービスの充実に力を入れ、それ以外の関連事業で収益を拡大するなど、上場に向けて取り組んでいます」
JR北海道とJR九州の格差は、今後ますます広がっていくのか? JR北海道には一刻も早い経営改革が求められている。
(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)