11月8日掲載の『出産させないシステムが完成した日本~破滅衝動=結婚をなぜ越えられないのか?』では、少子化が止まらないのは、少子化こそが国民の「最適戦略」であること、そして、現在の我が国は「出産させないシステム」として完成していることを示しました。

この少子化の「負のループバック」を壊すアプローチとして、11月29日『結婚=“幸せ”“不幸せ”拡大システムの幸せ機能が見落とされるワケ~幸せ表明がリスクな国』では、「結婚」というシステムが、一種の賭けではあるものの、ハイリターンの見込める割のいいバクチであることを、数値で示しました[図1の(A)と(F)]。
さて、今回は、少子化問題を構成する出産年齢問題と不妊問題[図1の(C)と(E)]の概要を説明させていただきたいと思います。
●年齢と妊娠の可能性の関係まず、以下のグラフをご覧下さい。

私は当初、「年齢に応じて子どもを出産するモチベーションが下がっていくが、女性は閉経までは、概ね同じ比率の妊娠の可能性を有しているのだろう」と、思っていたのです。しかし、赤色のグラフを重ねた時、愕然としました(ARTデータブック・2011年より)。
赤色のグラフは、不妊治療[生殖補助技術(Assisted Reproductive Technology:ART)]を行ったカップルの妊娠の成功率です。「不妊治療をする」ということは「100%出産する意思がある」ということです。それにもかかわらず、35歳で20%、40歳では10%に至っていません。もちろん、この数値が、治療を必要としていないカップルにそのまま当てはまるとは限りませんが、その傾向は同じであるはずです。
この比率こそが、現在の女性にすら十分に知られていない「産みたいのに産めない」という悲劇の原因--「卵子の老化」によるものなのです。
●出産のメカニズムまず、出産のメカニズムを、モデル図を使って簡単に御説明します。

女性器は大きく、膣、子宮、卵管、卵巣の4つから構成されています。
性交渉によって男性器から放出される精液には3億個の精子が入っていますが、これらの精子は、殺菌を目的とする酸性の体液で満たされている膣の中でほとんど死滅させられます。実にその生存率0.001%という空前絶後の大虐殺です。この数は、あるひとつの大学のキャンパスの学生たちを残してアメリカの全人口を殺害するような徹底的な虐殺ぶりです。ロシアや中国が、核ミサイルの全弾を米国本土に撃ち込んだとしても、生存者はもっと多いだろう--というくらいです。
また、その生き残った3000個の精子は、子宮という広大な迷路の中で力尽き、あるいは、子宮の中にいる猟犬のような白血球に喰い殺されます。また卵管入り口の厳しい「エリート選抜審査」によって大部分が卵管への入国を拒否され、97%が子宮内で死滅します。命からがら卵管に辿りつける精子は100個にまで減ります。ここで、100個の精子たちは、ようやく一息ついて、卵子の登場を待ちます。
100個の精子たちは、卵管の中で卵子を見つけると、弾頭(先体)を抱えて、卵子に一斉に自爆テロ攻撃をしかけます。卵子の中身を守る重装甲板を少しずつ破壊し続け、そして、後ろのほうからやってきた「ずるい」「運の良い」精子のひとつが卵子の中に入り込むことで、ようやく受精に成功します。受精の直後に、自爆テロの停戦命令が発せられ、こうして、卵子とペアになれた3億の中のたったひとつの精子を除きすべてが死滅し、戦いは終わりを迎えます。
受精した精子と卵子は受精卵となって、その後「胚」というものに変化します(ここでは、胚のことも含めて「受精卵」で統一します)。受精卵は、子宮にくっつきます(着床)。子宮はとは、いわば胎児を育てるための最高級ホテルのスイートルームの役割をはたします。しかし、着床直後は受精卵のひっつき方が弱いので、激しい運動などによっては簡単に子宮から受精卵が剥がされてしまいます。これが流産です。
一方、卵子はおよそひと月に1回、卵巣から「ポコッ」と排出(排卵)されて、卵管の中で100個の精子の自爆テロ攻撃に対する迎撃体制に入っていますが、卵子の生存期間はわずか24時間しかありません。この間に精子が登場しなかったり、または精子がひとつ残らず、卵子の重装甲板を突破できなかったら、この戦いは、卵子も含めて「勝者なし」で終了します。
「全員敗者」が確定すると、胎児を最高の環境で10カ月もの間育てる子宮--最高級ホテルのスイートルーム--の、カーテン、壁、ベッドのすべてが、7日間にわたって暴力的に剥がされ、破壊され、ホテルの外に廃棄されます。これが「生理」です。
そして、再び、次の受精のために、次回の排卵に向けて、その豪華なスイートルームが再びリフォームされます。
●不妊の原因なんか、書いていて、だんだん腹が立ってきました。妊娠に至るまでの、この効率の悪さ(3億分の1)や、複雑なメカニズム(自爆テロ)は、一体なんのためなのでしょうか? そして、なぜそんな律義に毎月毎月リフォーム(生理)をさせるのでしょうか?
人類が進化のプロセスで、このようなメカニズムを完成させたのは、それが優れた種を選び取るための自然淘汰や生存競争の結果であることはわかっていますが、しかし、これではまるで「自然」すらも出産を妨害し、我が国の少子化に協力しているようにすら見えてきます。
以下の図は、不妊の原因を示したものです。自然は、「ほんのちょっとでも問題が見つかったら、産ませないよ」というポリシーで、出産のメカニズムを運用していることがよくわかると思います。

このような「自然」の厳しい掟に対して、私たち人類も、指をくわえて座していたわけではありません。いわゆる、不妊治療技術(ART)を進歩させてきたのです。
次回は、「何がなんでも子どもが欲しい」と願う私たち人類が、「ちょっとでも問題が見つかったら産ませない」という厳しい条件を課す出産メカニズムに対して、その英知(ART)を結集して挑む、「自然vs.ART」の闘いを描きます。そして同時に、それは「卵子の老化」というタイムリミット付きの、肉体的にも精神的にも極めて厳しい壮絶な闘いであること、そして、子どもを願うパートナーたちの心と体を蝕みながら、負のループが回り続けている現状も併せてご報告致します。
(文=江端智一)
なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2013/post_3693.html)から、ご覧いただけます。
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナー(今回はhttp://www.kobore.net/kekkon.html)へお寄せください。