みずほフィナンシャルグループ(FG)は1月23日、傘下のみずほ銀行の佐藤康博頭取(61)が4月1日付で退任し、後任に林信秀副頭取(56)が昇格する人事を発表した。佐藤氏はみずほ銀で代表権のない取締役になるが、みずほFG社長として引き続きグループCEO(最高経営責任者)にとどまる。

 佐藤氏は23日午後の記者会見で、頭取辞任の理由について「社会を騒がせたことに対するけじめだ」と述べたが、「行政処分を受けたことの責任を取って頭取を交代するわけではない」と引責辞任は否定した。

 みずほ銀は系列の信販会社・オリエントコーポレーション(オリコ)の提携ローンで暴力団組員らへの融資を放置していた問題で、金融庁から業務の一部停止を命じられた。
これを受けて佐藤氏は1月17日、金融庁に2度目の業務改善計画を提出。この時の記者会見で頭取を続ける意向を示していた。

 そのわずか1週間後に退任を表明したことについて、17日時点では「(林氏に頭取)就任の打診ができる状況ではなかった」と釈明。「本人が就任を受諾する前に発表していたら混乱した」と述べ、「ご迷惑をかけたが、理解してほしい」と弁明した。この席で佐藤氏は「頭取辞任は昨年10、11月ごろから考えていた」ことを明らかにした。今後はみずほFG社長にとどまり、新たな体制づくりやグループ戦略を練る役割に専念する。再発防止に向けて、6月には委員会設置会社に移行し、社外取締役が人事などを主導するかたちになる。

●林氏起用の理由は「OBとつながりがない」

 佐藤氏は林氏を頭取に起用したことについて「誰にも相談せず1人で決めた」とした。林氏は国際部門の担当だったため、暴力団融資問題では社内処分を受けず、無傷な副頭取だった。富士銀行の出身で、「旧行のバランスを取った人事では」との質問に、「富士銀出身ということを意識したつもりはない。

林氏は国内外の経験が豊富だ。海外の企業の経営トップと直接話ができる。OBとのつながりや旧行意識がない人ということで選んだ」と述べた。

 この発言に今回の人事の本音が透けてみえる。ポイントは「OBとのつながりや旧行の意識がない」という点に尽きる。ここでいうOBとは、旧富士銀のトップだった前田晃伸・元みずほFG社長(現・名誉顧問)を指している。林氏は富士銀出身だが、富士銀勢が推す“ポスト佐藤”の候補には挙がっていなかった。林氏は1980年に東京大学経済学部を卒業し、富士銀行(現みずほ銀)に入行。国際畑を歩いた。富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の3行が統合した後は、大企業との取引が中心のみずほコーポレート銀行(CB)の国際業務部門で実績を積んだ。CB常務取締役インターナショナルバンキングユニット統括役員、国際ユニット長を歴任してきた。

 13年7月に、みずほ銀とみずほCBが合併して新みずほ銀行が誕生。

新体制のもとでは、みずほFGの取締役副社長国際ユニット担当とみずほ銀取締役副頭取国際ユニット担当を兼務した。

 みずほFGを勢力圏とする富士銀勢と、みずほCBを勢力圏とする興銀勢が激しく対立したときに、林氏はみずほCBに籍をおいていたが派閥抗争の圏外にあった。佐藤氏の部長時代に林氏が直属の部下だったことも、佐藤氏が林氏起用へ傾いた一因だろう。

●消去法で決められた人事

 第一勧銀出身の塚本隆史・みずほFG会長が昨年末に暴力団融資問題で引責辞任することが決まり、佐藤氏の辞任は避けられない状況になった。最低でもみずほ銀の頭取は辞めさせざるを得ない、といわれていた。みずほFG社長には佐藤氏と同じ旧興銀出身の安部大作・みずほFG取締役副社長兼みずほ銀副頭取執行役員がなり、みずほ銀頭取には旧第一勧銀出身の柏崎博久・みずほ銀副頭取を昇格させるという見方も浮上した。佐藤氏が温存しているもう1枚の手駒は、旧興銀出身の高橋秀行・みずほFG副社長兼みずほ銀副頭取といわれた。

 しかしこのいずれのシナリオでも、「佐藤体制」で冷遇されてきた旧富士銀勢の不満が高まる一方である。旧富士銀勢は、みずほFGトップには辻田泰徳・同社副社長兼みずほ銀副頭取を、銀行トップには岡部俊胤・みずほFG副社長兼みずほ銀副頭取を押し立てて巻き返しに出ようと態勢を築いていた。2人とも旧富士銀の実力者だった前田晃伸氏の側近だ。

 興銀出身者を、みずほ銀の後継頭取に指名したら「旧興銀のひとり勝ち」というグループ内の不満はさらに高まる。暴力団に融資したオリコは旧第一勧銀案件であったため、第一勧銀出身者を頭取につけるわけにはいかない。

 こうなると富士銀から選ぶしかないが、旧富士銀勢を封じ込めることに力を注いできた佐藤氏は、前田氏の側近たちをトップに起用するつもりは毛頭なかった。そこで消去法でたどりついたのが、「(前田氏ら)OBのつながりがなく、旧行意識がない」林氏だったわけだ。

 これまでみずほグループは旧行同士の対立が絶えなかった。佐藤氏が、金融庁の意向を受けみずほFG社長とみずほ銀トップを兼務する「ワントップ体制」で旧3行の確執を押さえ込もうとしたわけだが、もろくも崩れてしまった。「ワントップ体制」が崩壊し、再び3行の対立が激しくなる可能性が高まっている。

●委員会設置会社への移行という劇薬

 金融界の最大の関心は、みずほFGが6月に委員会設置会社へ移行することだ。コーポレート・カバナンス(企業統治)を強化し経営の透明性を高めるために、経営の監督機能と業務執行機能を分離する。03年4月の商法特例法改正で委員会設置会社の制度が導入された。役員人事を決める「指名委員会」のメンバーはすべて社外取締役とする方針だが、これは劇薬になる。指名委員会は役員の選任はもちろん解任権も手にする。

 その一方で、ソニーのハワード・ストリンガー元CEOが批判を受けたように、経営トップが親しい社外取締役を置き、経営責任を問われないようにする危険性もある。委員会設置会社への移行が経営の透明性につながるという保証はない。


 冒頭の23日の会見で「6月末の委員会設置会社への移行後、持ち株会社の社長も辞めるのか」との質問を受けた佐藤氏は、「枠組みをつくったら責任が終わるということではない。6月で辞めることはまったく考えていない」と否定した。会見に主席した全国紙記者は「佐藤氏は辞めないと強く否定した直後に、みずほ銀の頭取の椅子を放り出した。6月に佐藤氏がみずほFG社長の座から、突如降りることだってあるかもしれない」と言っている。

 みずほFGのガバナンスは果たして正常化するのか、金融界の注目が集まっている。
(文=編集部)

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