2013年10~12月期の連続テレビドラマ『リーガルハイ』(フジテレビ系)は、平均視聴率18.4%(関東地区・ビデオリサーチ調べ、以下同)を記録し、大ヒットとなった。同ドラマは、依頼人に法外な弁護費用をふっかけ、平気で犯罪まがいの手法を取り、引き受けた弁護は一度も裁判で負けたことがない敏腕弁護士・古美門研介(堺雅人)と、真面目で正義感の強い新米弁護士・黛真知子(新垣結衣)がタッグを組み、法廷闘争を中心にストーリーが展開されるコメディタッチのドラマだ。
12年4~6月期に放送された第1期の『リーガル・ハイ』(平均視聴率12.5%)、13年4月13日放送のスペシャル版がヒットし、第2期の放送となったものだ。

 ドラマなので、当然現実との乖離はある。ドラマの最後に六法全書のイラストカットが出るが、そこに小さな文字で「実際の法律実務とは異なります」という但し書きがなされている。ドラマのテロップには、法律監修者として2人の本物の弁護士の名前も登場する。ただ、あまり堅いことを言っているとドラマとして成立しないので、必要に応じて現実との違いに目をつぶって演出している部分も少なくないだろう。

 しかし、素人の視聴者にしてみれば、どこまでが現実的でどのあたりが非現実的なのかわかりにくい。そこで、第1期全11話、スペシャル版、そして第2期全10話の合計22話を基に、ドラマと現実の法廷の違いを取り上げ、あまり知られていない法曹界の姿を浮き彫りにしてみたいと思う。

●沢地君江は弁護士法違反?

『リーガルハイ』には、現実にはあり得ない設定のレギュラーメンバーが2人いる。三木長一郎(生瀬勝久)の秘書兼愛人・沢地君江(小池栄子)と、加賀蘭丸(田口淳之介)である。

 まず沢地に関して、秘書を愛人にしている弁護士は珍しくないので、その点は決して荒唐無稽ではないのだが、あれほど日常業務でどこへでも連れ歩くということは絶対にない。しかも沢地は明らかにクライアントを交えた弁護団会議に参加し、そこで法的判断や裁判の勝算について発言している。これは弁護士資格を持たない者が法律業務に携わること、いわゆる非弁行為を行うことを禁止した弁護士法72条に違反している。

 直接報酬を得なければよいというものではなく、実際、弁護士の補助者であるパラリーガルは、してよいことと悪いことをかなり厳格に決められている。パラリーガルとは、弁護士資格を持たない法律事務の専門職員のことで、例えば国内最大規模の弁護士事務所である西村あさひには100人を超えるパラリーガルがいる。

 弁護士資格を持たないので、依頼人から事情の聞き取りはしても、アドバイスをしたり見通しに関する見解を口にすることは許されない。どんなにクライアントに食い下がられても、徹頭徹尾メッセンジャーでなければならない。「勝てますか?」と聞かれて「たぶん大丈夫です」などと答えたら即アウトだ。中にはパラリーガルに弁護士でなければやってはいけない業務をやらせている事務所もあるが、まともな事務所は72条違反にならないよう、相当神経を使っている。

●絶対にいない加賀蘭丸

 そして加賀である。彼がやっていることは犯罪と紙一重か、もしくは明確に犯罪となる行為だ。さすがに視聴者も弁護士事務所が実際にこんなスタッフを抱えていることはない、ということには気づいているだろうが、法律家である弁護士がクライアントのためとはいえ、法を犯すような行為をすることはあり得ない。

 第2期の第1話では、殺人事件の容疑者である被告人・安藤貴和(小雪)の部屋と同じマンションの別の部屋に蘭丸が侵入し、小瓶を置いてくるシーンが登場する。実際、劇中にも「今度ばかりは住居不法侵入と言われかねなかった」と蘭丸本人が言うシーンがある。

 第1期の第3話では、結婚式の真っ最中に、教会から花嫁・村瀬美由紀(原田夏希)をかっさらった工場労働者・榎戸信也(永山絢斗)の国選弁護を黛が引き受けるのだが、黛が蘭丸に、美由紀の家から出たゴミの中から、信也が美由紀に贈った絵を探し出させるシーンがある。

ゴミを漁るシーンは映画『マルサの女』(87年)にも登場するが、強制調査権や捜査権を持たない民間人が、ゴミ置き場からゴミを持ち去れば、自治体によっては条例違反になる可能性がある。資源ゴミの持ち去り禁止はすでに多くの自治体が条例化しているが、家庭ゴミについても一部の自治体で条例化が始まっている。裁判においては、違法に入手したものは証拠として採用されない。

 ちなみに、第1期の第3話で、プロ野球団東京ゲッツのファン・望月ミドリ(阿知波悟美)が球団を訴えた訴訟で、担当の田中滋裁判長(小川あつし)の私生活を蘭丸に調べさせるシーンが出てくる。望月ミドリは選手や球団のファンにとって「昭和の肝っ玉母さん」である、という主張を古美門が展開。田中裁判長に自分の亡くなった母親を思い起こさせ、田中裁判長の心証を自分のほうへ傾けさせようとする作戦である。

 当然、現実には裁判官の私生活までは調べられないし、調べても裁判官が情に流されることはない。ただし、その裁判官が過去に出した判決や訴訟指揮の傾向を調べることは、弁護士として絶対にやっておかなければならない準備の一つではある。その裁判官と司法修習で同期の弁護士とうまく知り合えれば、人物像や評価を聞くなど、可能な限りのことをやっている弁護士はいる。

 逆に言えば、担当裁判官が過去に出した判決や、訴訟指揮の傾向すら調べないような手抜き弁護士には、事件の依頼はしないほうがいいだろう。

●黛真知子がつくり出す罪作りな幻想

 そして、世間が最も誤解しているのが、黛のような弁護士に対する幻想だ。黛に限らず、ドラマに出てくる弁護士は皆、自分の足で新証拠を捜し出してくれる。

 黛は第1期の第3話で、ストーカー規制法違反で起訴された榎戸信也のために、わざわざバスに乗って同時間帯の乗客を捜したりしているほか、第2期の第1話では、自らメッキ工場を回って、安藤貴和に青酸化合物を売ったという、元工員の土屋秀典(中尾明慶)を捜し出している。第1期の公害裁判では古美門自ら、土壌の汚染状態の調査のために工場周辺の土地を購入したりしている。

だが、現実には依頼人が持っている以上の証拠を弁護士が捜し出してくれるなどということは絶対にない。類似した事件や担当裁判官が過去に出した判決を捜すのは弁護士の役割だが、証拠そのものを捜し出すなどということは絶対にしない。

 刑事のえん罪事件ですら、新証拠を捜し出しているのは家族や支援者だ。

 むしろ、現実には依頼人の話をひたすら根気強く聞き取り、問題解決のために必要な法に当てはめ、依頼人にとって有利な証拠が何で、それを依頼人が持っていないかを聞き出すことが、弁護士にとって最も重要な仕事といえる。

 筆者も問題を抱えた人から弁護士の紹介を頼まれることがあるのだが、弁護士に頼みさえすれば、マジックのごとく決定的な証拠を捜し出してくれて、すべてうまくコトを運んでくれると思っている人は少なくない。だが、現実には証拠は依頼人が自ら捜し出すものであって、弁護士に捜してもらうものではない。武器になるものを弁護士に提供するのは依頼人の役割だ。

●圭子・シュナイダーは法廷に立てない

 第1期の第6話に登場した古美門の元妻、圭子・シュナイダー(鈴木京香)も、法廷に立てないはずなのに、離婚裁判ではしっかり妻側の弁護人として法廷に立っている。

 日本の法廷に立てるのは、日本の司法試験に合格し、日本の司法修習を終了し、なおかつ日本で日本法の弁護士として弁護士会に弁護士登録をしている人に限られる。海外の法曹資格だけしかない弁護士は、外国法事務弁護士という資格で日弁連に弁護士登録をすると、法曹資格を持つ国の法律業務を日本にいても手掛けることが許される。

だが、それでも日本の法廷に代理人として立つことは許されない。

 ドラマの設定では、圭子・シュナイダーはもともと三木事務所にいたことになっているので、日本の司法試験に合格し、日本で司法修習を終えていることは間違いない。ゆえに日本で弁護士登録さえすれば、日本の法廷に立つことは可能なはずだ。だが、バケーションのついでに、たまたま三木先生に呼ばれて帰国しただけで、三木に向かって「あなたはもう私の上司ではない」と言い放っている。ゆえに日本での弁護士登録を維持しているとは考えにくい。

ちなみに、近年、5大事務所が相次いで海外に事務所を出している。主に東南アジアへの進出が増えているのだが、現地に派遣されている弁護士は、ほぼ全員日本での弁護士登録を維持している。そもそも大事務所の海外進出は、クライアントである日本企業の海外進出に伴って発生する法律業務をカバーすることを主な目的にしている。 日本と現地の行き来も頻繁だろうし、現地の問題を国内の法廷で解決するという展開もあり得るので、日本での資格を維持する必要があり、事務所側も弁護士会費の負担は必要経費と考えているのだろう。

●変わり始めた外資系事務所

 ところで、法曹界における外資の参入障壁は高く、海外のローファームが日本で日本法の弁護士を雇えるようになったのは05年からだ。それ以前は、外国法事務弁護士は日本法の弁護士に雇われるかたちでしか活動ができなかった。同時に日本の法律事務所と共同事業としてなら、外資系の事務所も活動できるようになった。

事務所名は日本法の事務所名と外資系の事務所名を合体させた上に「外国法事務」やら「外国法共同事業」などの言葉も加わるので、とてつもなく長い名前の事務所がいくつも誕生した。中でも最長は「東京青山・青木・狛法律事務所ベーカー・アンド・マッケンジー外国法事務弁護士事務所(外国法共同事業)」だったが、12年9月に「東京青山・青木・狛法律事務所」がとれ、現在では「ベーカー・アンド・マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)」になっている。

 一般に海外のローファームが日本で事務所を開く場合、既存の事務所との共同事業という形を取る場合と、雇った日本人弁護士に日本法の事務所を設立させ、そことの共同事業という形を取る場合とがある。前出の東京青山・青木・狛とベーカー・アンド・マッケンジーのケースは前者のケースだ。

後者の場合、かつては本国のローファームが日本の拠点の弁護士をローカルスタッフとしてしか扱わないケースが多かった。従って、英語は話せても日本人の顧客とのコミュニケーションが取れないサイボーグ型の弁護士を雇ってしまい、日本での展開に苦戦するケースが多かった。

 しかし、近年は日本人の弁護士を名実ともにパートナーとして扱う事務所が出始めており、グローバル展開をする日本企業のクライアントを徐々に増やしつつある。

●徳洲会贈収賄事件担当検事はリーガルハイを真似た?

 話をドラマに戻そう。第2期で安藤貴和の主張を変えさせ、古美門初の敗北の原因を作った面会者・吉永慶子。初回からひっぱり続け、最終回でようやくその正体がわかり、実は羽生晴樹検事(岡田将生)だったということが判明するのだが、『リーガルハイ』の最終回が放送されてから3日後の日本経済新聞に、衝撃的な記事が載った。徳洲会の贈収賄事件の捜査担当検事が、被告の一人で徳田家の長女・越沢徳美氏に弁護士面会の名目で接触したというのである。

 起訴後も検事は被告に接触できるが、取り調べ中と違い、被告側は起訴後の面会を拒否できる。

まるで『リーガルハイ』を地で行くような話で、越沢氏の弁護人である弘中惇一郎弁護士が明らかにした、と記事にはある。東京地検は否定、東京拘置所はノーコメントだという。弘中弁護士といえば、あの厚生労働省の村木厚子氏の代理人を務めるなど、数々の輝かしい戦績を残しているスゴ腕の弁護士である。

 この記事の感想を、刑事事件弁護のエキスパートで、反検察モード全開の弁護士に聞いてみたところ、この弁護士ですら「検察官が身分を偽っての面会だなんて聞いたことがない。事実だとしたら、『リーガルハイ』を見て真似をしたとしか考えられない」という。

 検察OBの弁護士も、「弘中弁護士ほどの人がウソを言うはずがないと思う一方で、検察も否定しているとなると、真実はよくわからない。起訴後に被告人に会う必要性は基本的にないが、会う必要が出てきたら身分を偽らずに普通に呼べばいい。弘中弁護士ほどの代理人がついている被告に、そんなすぐバレて筒抜けになるようなことをすればどうなるか、考えなくてもわかるはず」という。

それなら拘置所はどうか。検事の言うことなら、なんでも聞いてしまう体質なのか。

「東京拘置所は良くも悪くもものすごく堅く、まったく融通が利かない。例えば、被告に調書を読み聞かせている途中で食事の時間が来たら、読み聞かせを中断させられて翌日回しにさせられるほど。検察官だからといってルール破りを容認するとは思えない」というのだ。

 今のところ真相は明らかになっていないが、いずれにしてもこの記事、社会面での小さな扱いだったが、刑事弁護にかかわる法曹関係者の関心を引いたのは間違いない。

●検事に戻れない

 その羽生、劇中ではいとも簡単に検事に復帰しているが、現実に一度検事を辞めて弁護士登録をした後で、簡単に検事に戻れるということはあり得ないらしい。

 そもそも羽生は古美門事務所に研修に行っていた設定になっている。検事が任官してから弁護士事務所に出向になるということは現実にもある。裁判官、検事、弁護士の間では一応人事交流があり、裁判官や検事が弁護士事務所に出向になったり、検事が裁判所に出向になったりすることはある。

 ただ、期間は基本的に2年。ドラマの中では、羽生検事はそんなに長期間だった印象は受けない。しかも羽生検事はその後まもなく検察を辞めて弁護士事務所を創設している。検事が弁護士事務所に出向する際は、いったん退職して国家公務員ではなくなった上で弁護士登録をするという手続きが取られるが、あくまで出向なので事務所を立ち上げるなどということはあり得ない。

 出向ではなく本当に退職して、しばらく間を置いて再び検事として採用されるということも、可能性ゼロというわけではないが現在ではほぼない。かつて検察の人気がなく、人手不足だった頃は、出産で一度退職した女性検事が復帰したり、司法修習時の教官の口利きで弁護士が検事に転身するということもあったようだが、今となってはそれもないらしい。

 以上、『リーガルハイ』の“揚げ足取り”をしてきたが、法律監修の2人の弁護士には、番組の感想やら、プロの法律家としての葛藤の有無やらをぜひ聞いてみたい気がする。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)

編集部おすすめ