20年以上にわたり1000本を超すテレビCMを中心にマーケティング戦略立案に携わってきた鷹野義昭氏が、新たに年間2万本以上オンエアされるといわれるCMについて、狙いやポイントはどこにあるのかなど、プロの視点からわかりやすく解説する。

 皆さんは、「エポスカード」をご存じでしょうか?

 2006年に誕生したこのクレジットカードの前身は、百貨店大手・丸井(マルイ)の「赤いカード(旧マルイカード)」。

こちらの名前のほうが馴染み深い方もいるでしょう。

 エポスカードのように百貨店が発行する流通系のクレジットカードには、「セゾンカード(クレディセゾン)」「イオンカード」「MIカード(三越・伊勢丹)」などがあります。こうしたカードを新規につくるには、百貨店の店舗がメインの窓口となります。

 従って、例えばエポスカードをつくろうと思えば、一般的にはマルイの店舗に行きます。

 そんな間口の限定されたカードを宣伝するために、テレビCMは有効なのでしょうか? エポスカードにいたっては、大物俳優の竹野内豊を起用しています。

●普段携行するカードは2枚

 マルイは、衣類の「割賦販売」のさきがけで、80年を超える歴史を持っています。1960年には日本で初めてクレジットカードを発行し、「月賦」という呼称を「クレジット」に改め、世間に定着させました。

 さて、マルイ店内で利用すると割引など数々の特典があるこのエポスカードは、マルイを利用する多くの人が持っています。しかし、マルイを利用しなくなると、しまい込まれてしまいがちです。年会費が無料なこともあり、解約されずに温存されている「スリーピングカード」となっている場合も少なくありません。

 しかし、このカードの券面には、VISAのマークがついています。他のカードと同様に、VISA加盟店ならば日本はもちろん、世界中で使えるのです。

「マルイカード」から「エポスカード」に名前を変えた企業側の狙いのひとつは、クレジットカードとして幅広く外部の店舗から収益を上げることなのです。

 2月に筆者が代表を務めるマーケティング会社であるテムズが行った調査結果では、1人当たりの平均クレジットカード保有率は約3枚で、そのうち、普段から財布に入れて持ち歩くのは約2枚。つまり、マルイ店舗での買い物以外に使ってもらうためには、この2枚のうちの1枚のカードになることが重要なのです。

「間口の拡大」より「奥行きの深化」、すなわち加入者を単純に増やすことだけではなく、カード保有者の利用頻度や利用単価を高めることを目指しているのです。

●なぜ、商圏外でCMをオンエア?

 さて、CMの話に戻りますが、実はマルイの店舗がない北海道や九州などでもオンエアされているのです。はたして、札幌の人がこのCMを見たら大きな疑問符がつくのではないでしょうか? カードをつくろうと思っても、マルイの店舗という新規加入の窓口はなく、すでにエポスカードを持っていてスリーピング状態となっている人は極めて少数でしょうから、その掘り起こし狙いというわけでもないはずです。

 では、なぜこのような一見無駄とも思えることをしているのでしょうか?

 エポスカードは、マルイ店舗以外での外部利用を促進するため、他の事業体との提携カードの発行や、各種割引などのサービスを充実させようとしています。そこで、パートナーとなる企業を増やそうと懸命になっているのです。

 例えば、エポスマークの付いた提携カードでは、「ノジマエポスカード」「シダックスエポスカード」「アパエポスVISAカード」などがあります。

 つまり、商圏外でのオンエアは、魅力あるサービスの確立と加入者拡大の下地をつくることが目的なのです。そこで、こうしたCMが流れていれば、提携を検討している企業の担当者と商談をする際も「CMで見るエポスカード」の印象を持ってもらえれば、スムーズに進むというわけなのです。

 そしてまた、マルイの店舗のない地域では、こうした提携先の店舗を窓口として入会を促すこともできるのです。

●ライバルは「楽天カード」

 クレジットカードが群雄割拠している状況にある今、エポスカードをはじめとしたクレジットカード各社が最も注視しているのは、「楽天カード」です。

 タレント・川平慈英の目がカードで隠されている「楽天カードマン」に扮するコミカルなCMと、大量の広告投下で記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。お得感を前面に押し出した勢いはかなり強く、まさにCMのとおり、8秒に1人のペースで新規加入しているという状況です。

 ところで、竹野内豊を起用する前、すなわち昨年までのエポスカードのCMは、提携先でのポイントが5倍となることなど、お得感のみを訴求する内容でした。

 とはいえ、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの楽天カードとコミュニケーション戦略の方向性を同じにすることが得策とはいえません。

 しかも、マルイはファッション性の高い商品を販売している百貨店です。そのマルイが発行するクレジットカードが「ダサい」と思われたら、常に持ち歩いてもらうカードとなることは難しくなるでしょう。

 つまり、マルイのファッションをベースとしたセンスも大事。「楽天カード」とはイメージで一線を画すことが重要なのです。そこで、竹野内豊の起用に至ったのです。

●なぜ、竹野内豊を起用?

 エポスカードとして生まれ変わってから8年目で、有名タレントを起用するのは今回が初めてです。それだけに、タレントの印象がブランドイメージとして今後強く残っていくことになります。

 タレントの起用に当たっては、当然ながら、競合他社のクレジットカードや金融関連のCMに出ていないことが大前提です。そのうえで、カードのファッション性の高さや信頼性、安心感までも担保するタレントでなければいけません。

 今回抜擢された竹野内豊からは、「洗練された大人の男性」というイメージが想起されます。その一方で、包み込むような優しさ、人間味のある温かさも感じられます。これこそが、彼が人々を魅了してやまないゆえんといえるでしょう。

 また、彼が起用されている缶コーヒーの広告も、目にする機会が多いのではないでしょうか。他社の広告ではあるものの、エポスカードと同様のCMトーンで相乗効果が十分に期待できます。さらに、2月に公開された映画『ニシノユキヒコの恋と冒険』(東宝映像事業部)では主演を務めており、話題性も抜群です。

 そして、同じマルイグループの商品ブランド「ラクチンシリーズ」CMに先行して起用された俳優の田辺誠一、女優の松雪泰子と大きくイメージが掛け離れないことも重要になります。

 こうしたさまざまな観点から、竹野内豊の起用はベストチョイスであったといえるでしょう。

●タレント起用が起爆剤に

 実は、現在のエポスカードの認知率は首都圏のターゲットベースで50%以上(テムズ調べ)。つまり、およそ2人に1人が知っている状況ですが、ここ数年の認知率は伸び悩んでいました。

 マーケティング指標が硬直化した中、大きく舵を切り替える瞬間に有名タレントを起用することが起爆材となり得るのです。

 エポスカードのスリーピングユーザーに、存在を思い出してもらい、使ってもらうこと。そのためには、有名タレントの起用で大きなインパクトを与え、リマインド効果を獲得することが非常に有効なのです。

 また、エポスカードは確たるイメージがいまだ構築されていない段階ということも重要なポイントです。

 タレントパワーに乗り、タレントの持つ好イメージを商品やサービスに転化することが、真っ白なキャンパスに絵を描いていくように容易な状況といえましょう。

 一方、有名タレントを起用したCMは目がタレントに行ってしまいがちで、商品の機能の訴求や、視聴者の理解を深めるといった点では、むしろタレントの存在がノイズになってしまう場合さえあります。一般的に、機能訴求を中心とした家庭用品でノンタレントCMが多いのも、そういったことが理由なのです。

 自社商品の認知浸透のステージ、広告でブレークスルーしたい目標、求めるブランドイメージの方向性、タレント起用に当たっては、まずはこうした「己」を冷静に判断することが肝要です。つまり、「タレントありき」ではなく、広告目標を達成するためのCM表現のひとつの方法・構成要素として考えることが確実な効果へとつながっていくのです。

 エポスカードの今後の展開としては、「どこでも使えるお得なカード」としてのサービス内容の訴求も、CM以外のさまざまな媒体を活用し付加していくことになるでしょう。

 そのためには、イメージや認知の状況、さらには外部利用の理解度をマーケティングリサーチで把握することが重要です。そして、早計に起用タレントを替えることなく、クリエイティブのトーン&マナーで微調整するタイミングの「見極め」と「さじ加減」がポイントとなってくると考えます。

 安易にタレントを起用していると思えるCMも多く見受けられるなか、エポスカードの勇気を持った見事なクリエイティブ戦略といえます。今後の広告展開についても注目していきたいところです。

有名タレント起用という「諸刃の剣」、商圏外での放送…“大胆”CM戦略はなぜ成功?
●鷹野義昭(たかの・よしあき) 
株式会社テムズ http://www.tems.ne.jp/index.html
代表取締役  <CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター>
1963年、長野県小諸市生まれ。大手広告代理店を経て、90年より現職。
テレビCMを中心としたマーケティング戦略立案に携わり25年。1000素材を越すテレビCMの戦略策定・分析・広告効果測定の実績を持つ。
主な著書に『CM好感度NO.1だけどモノが売れない謎 ‐明日からテレビCMがもっと面白くなるマーケティング入門‐』(ビジネス社)などがある。
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