アパレル大手の三陽商会は5月19日、英バーバリーとのライセンス契約を2015年に終了すると発表した。

 主な内容は、三陽商会が製造・販売する「バーバリーロンドン」の婦人服と紳士服は15年春夏シーズンをもって終了。

「バーバリー子供服」は15年春夏シーズン終了後に事業をバーバリーグループへ移管。派生ブランドの「バーバリー・ブルーレーベル」と「バーバリー・ブラックレーベル」は、15年秋冬シーズンより「バーバリー」ブランド名を外した「ブルーレーベル」並びに「ブラックレーベル」として事業を継続する。三陽商会がバーバリーと交渉してきた、15年以降の契約更新が叶わなかったためだ。

 19日の記者会見で三陽商会の小山文敬副社長は、「今後は、バーバリーブランドとしての制約があった雑貨アイテムの増加もネット通販も可能となり、事業の自由度が高まる」と述べ、バーバリーとのライセンス契約終了は三陽商会成長の後押し要因になるとの認識を示した。

 杉浦昌彦社長も「バーバリーブランドは偉大なもので、当社はこれまでバーバリーに支えられて成長してきた。その間もものづくり面でしっかりとしたノウハウを培ってきたので、独り立ちしても大丈夫だと思っている。これを機に、さらなる成長ができるだろう」と、バーバリー事業なき後の経営に自信を示した。

 だが、株式市場は三陽商会の自信とは反対の動きを示した。発表翌日の20日には同社株に売りが殺到、一時210円と前日比20%安まで売られ、今年の最安値に沈んだ。証券アナリストは「非バーバリー事業の成長を前提にした、同社経営陣の楽観的な現状認識に対する『呆れ売り』」と厳しい見方を示す。

 同社のバーバリー事業の売上高は非公開だが、派生ブランドの「バーバリー・ブルーレーベル」と「バーバリー・ブラックレーベル」を含めると、連結売上高の半分近くを占めると推測されている。同社が契約終了と併せて急遽発表した「中期5カ年経営計画」でも、バーバリー事業がなくなる16年12月期連結の売上高は850億円の計画。

直近13年12月期売上高1064億円より20.1%減る見通しだ。営業利益に至っては20億円の赤字(13年12月期は71億円の黒字)に転落するなど、業容縮小の見通しを示さざるを得なくなっている。
 
 同社は中計最終年度の18年12月期に売上高1000億円、営業利益50億円を数値目標とする業績V字回復シナリオを描いている。だが、経営陣の楽観的とも受け取れる認識と、成長を前提にした根拠のない「独り立ち」シナリオでV字回復できるのだろうか。

●三陽商会の過信

 戦時中に使用された灯火管制用の暗幕を戦後、レインコートに加工・販売するビジネスモデルで事業基盤を固めた三陽商会は、1970年に獲得したバーバリーのライセンス契約をエンジンに成長、大手アパレルメーカーの仲間入りをした。そのため、業界内で「バーバリーがなければ、三陽はいまだに中小アパレル」と冷ややかな見方があるのも事実だ。

 バーバリーは、欧州ではラグジュアリーブランド(高級ブランド)として、富裕層を中心にした市場で売られている。だが日本では、三陽商会が90年代に20~30代向けのディフュージョンライン(有名ブランドの普及版)として「バーバリー・ブルーレーベル」と「バーバリー・ブラックレーベル」を立ち上げ、バーバリーが日本のアパレル市場に定着した。

 これについては、業界内でも「欧州のラグジュアリーブランドを、日本でアパレルの大衆ブランドに転化し、普及させた三陽商会の功績は大きい」と評価する声が多い。したがって、「三陽商会もこの実績を背景に、バーバリーに捨てられることはないと過信していたふしがある」(業界関係者)という。

●5年前から予想されていた契約終了

「三陽商会とバーバリーの契約は間もなく終了する」と業界内で噂され始めたのは、5年前の09年頃からだった。99年に更新した00年から20年までの契約期間が、09年にバーバリーの要求で15年までと、5年間短縮されたのが発端だった。

三陽商会は当時、この情報を「事実無根」と否定していた。

 ところが、その後の経緯は噂通りの進展を見せた。情報が出始めた09年9月、バーバリーは東京・表参道に「直営路面第一号店」を開業。その後も都内を中心に仙台、名古屋、京都、大阪で「直営路面店」を次々と開業し、14年5月20日現在、14店を展開。今後も出店拡大を明らかにしている。

 また、「バーバリー子供服」も12年秋冬シーズン限りで三陽商会のライセンス生産は打ち切りとなり、以降はバーバリーが生産した子供服が国内で販売されている。したがって、今回の契約終了も「三陽商会は、ついに観念して発表したか」(業界関係者)程度の反応で、業界内に驚きの声はなかった。

 バーバリーの13年版アニュアルレポートによれば、世界のライセンス契約収入1億900万ポンド(約185億円)のうち、60%強を日本のライセンス契約料が占めている。だが、同社連結売上高20億ポンド(約3400億円)からすると、日本のそれはたった3%強でしかない。日本市場にバーバリーブランドが浸透、需要が顕在化した今、ライセンス供与はやめて、自社製品を直接販売したほうが得と考えるのは当然といえる。

 また、「ブルー」「ブラック」の両レーベルが日本では欧州の半額程度の安値で売られていることに対し、バーバリー社内ではかねてより「バーバリーのブランド価値を損ねる」と不満が強く、三陽商会との契約継続に消極的な意見の役員が多かった。09年の契約期間短縮要求時に、バーバリーのこうした空気を三陽商会が察知できなかったことも、契約更新ができなかった一因とみられている。

●相次ぐ、海外ブランドからの一方的なライセンス供与契約解除

 アパレル業界では、ライセンス供与側の都合で契約を打ち切られるのは珍しいことではない。例えば、スポーツウェアメーカー大手のデサントは98年、アディダスから28年続いたライセンス契約を一方的に打ち切られている。当時のデサントは売り上げの40%強、営業利益の半分近くを、アディダスのライセンス製品が占めていた。この影響で、同社は01年から3期連続の営業赤字に陥っている。

 以降も、05年にアニエスベーがサザビーリーグとの契約打ち切り、07年にラルフローレンがオンワード樫山との契約打ち切り、09年にダナ・キャランが米ワコールとの契約を打ち切るなど、相次いでいる。そして、ライセンス供与側の多くがその後、日本市場で直接販売を始めている。

 アパレルメーカーにとって、欧米ブランドのライセンス契約は「安直に儲けられる、おいしいビジネス」(業界関係者)といわれている。売上高の10%程度のライセンス料を払うだけで、自社開発のアパレルを欧米の有名ブランド名で販売できるからだ。自社開発品にそのブランドマークを付けるだけで、高値で売れる。マークの有無で利幅がまるで違ってくる。

 かつてはライセンス供与側も好都合だった。アパレル製品は国ごとに季節感、嗜好、品質評価尺度などが異なるため、世界共通のブランド製品をつくるのが困難とされていたからだ。

したがって、進出国のアパレルメーカーにライセンス供与をすることで、自社ブランドの浸透を図っていた。

 だが、進出国で自社ブランドが定着すると、ライセンス供与のメリットは薄れる。そこにおいしい市場が顕在化しているのに、10%程度のライセンス料収入では旨味がないからだ。また、ラグジュアリーブランドメーカーの場合、自社ブランド名のついた製品の安売りを許しておくと、ブランド価値を損なう恐れもある。

 さらに、インターネット通販の普及などで「現地化されていない『真正ブランド品』の需要が世界的に増加している今日、ライセンス供与の必要性は薄れ、世界的な需要に迅速・柔軟に対応するために自社ブランドを直接コントロールする重要性が高まっている」(業界関係者)。

●三陽商会、独り立ちへの険しい道

 アディダスとの契約で苦い経験をしたデサント関係者は「欧米ブランド頼りの成長モデルが通用しない時代になっているのに、三陽商会にその認識が薄く、バーバリーを引き留められるような提案もできず、ただダラダラと契約更新交渉を続けてきた。バーバリーに切り捨てられるのも当然」と指摘する。

 アパレル業界に詳しい証券アナリストは、5月19日の記者会見で三陽商会が説明したバーバリーなき後の事業戦略を聞いて、唖然としたという。

「同社はバーバリー事業終了後、英ブランド『マッキントッシュ』、米ブランド『ポール・スチュアート』、そして自社オリジナルブランドの『エポカ』を基幹3事業に据え、ここに経営資源を集中するという。3ブランド事業のうち前2事業は、バーバリーと同じようにいつ契約を打ち切られるかわからないライセンス契約のブランドだ。同社には学習能力も自社ブランド育成の情熱もない」(同)

 果たして三陽商会は今後、欧米ブランド頼りをやめ、国際的に通用する自社ブランド育成に舵を切ることで大手アパレルメーカーとして独り立ちすることができるのか? その道は険しい。
(文=福井晋/フリーライター)

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