20年以上にわたり1000本を超すテレビCMを中心にマーケティング戦略立案に携わってきた鷹野義昭氏が、新たに年間2万本以上オンエアされるといわれるCMについて、狙いやポイントはどこにあるのかなど、プロの視点からわかりやすく解説する。

 今ではすっかり定着した「ハイボール」ですが、皆さん、10年前には知っていましたか?

 サントリーホールディングスが女優の小雪さんを起用して2008年に始まった「角ハイボール」のテレビCMキャンペーンは今年で7年目となります。



 筆者の世代からすると、ウイスキーといえばバブル期の「ちょっと気取った飲み物」の印象があります。そういえば、製造期間がとても長いウイスキーをバブルの頃に仕込みすぎて余っていないかと危惧していた頃、このキャンペーンが立ち上がったような気がします。

 では、この一連のCM、7年間でメインの女優は何人替わったでしょうか?

 答えは、3人です。思いのほか人数が多いと感じませんか? 初代ハイボールマドンナは気品のある小雪さん。次に明るくてかわいらしい菅野美穂さん。そして今年2月からは、上品かつ親しみもある井川遥さんへとバトンが渡ってきました。

 女優が替わっても、私たちを飽きさせることなくハイボールのCMは続いています。これらのCMは、たとえテレビを「ながら見」していても、「ハイボールのCMだ」と、即座にわかるものばかりです。ほかのCMとは、どこが違うのでしょうか?

●タレント依存でない、独特な世界観のCMづくり


 CMスタートから3年目、初代ハイボールマドンナとして定着してきた小雪さんの妊娠が明らかになりました。言うまでもなく、妊娠・出産時にアルコールは禁忌。マドンナの交代を余儀なくされます。


 しかしサントリーは慌てることなく、CM全体のイメージはそのままで、即座に菅野美穂さんにバトンタッチして乗り切ります。

このように柔軟に対応できるのは、CM自体を「タレントのイメージに頼ってつくる」のではなく、CMによって「タレントの魅力を最大限に引き出す」というスタイルが確立されているからにほかなりません。

 一連のCMでは、人々の印象に残る共通要素を含んでいます。

 まずは楽曲。「ウイスキーが、お好きでしょ」というメロディと歌詞は、多くの人の耳に定着していることでしょう。歌っているのは、最初が石川さゆりさんで、次はゴスペラーズ、そして竹内まりやさんと受け継がれました。菅野美穂さんの登場するCMはハナレグミ、現在はORIGINAL LOVEの田島貴男さんの歌声に替わっています。

 女優さんを替えるだけでなく、それぞれ特徴のある魅力的な歌手の歌声も、このCMが視聴者を飽きさせない大きな理由のひとつかもしれません。

 さらには、歌手や女優が替わっても、「美しい女主人」「カウンター越しの会話」「グラスに泡が立つ透明感」「黄色のトーン」などの要素は、CM開始当初から変わっていません。こうした気品ある強い「CM内の部品」たちによって、全体的なCMの方向性がしっかりと確立され、完成度の高いオリジナリティが出せるのです。

 この基本フォーマットを崩さないからこそ、タレントが替わっても視聴者がすぐに「ハイボールのCMだ」と認識できるわけです。

ハイボール、爆発ヒットを呼んだ巧妙CM戦略?女性や家庭に需要拡大、居酒屋と協力関係
●ハイボール文化の確立


 次に、角ハイボールのCMカウンター・シーンの変遷を、広告メッセージから追ってみましょう。

 最初のCMは、小雪さんがハイボールをつくるだけのシンプルなもの。

言ってしまえば、ハイボールとは、ただのウイスキーのソーダ割りです。

 しかし、ハイボールという聞きなれない言葉が人々の興味をぐっと引き寄せ、幅広く世に知らしめることに成功しました。

 そして2年後、「ハイボールはどうやってつくるの?」という疑問に、「父の日にハイボール」のキャンペーンでしっかりと答えていきます。カウンターに座るお客の女性に、そのつくり方を小雪さんが伝授。バーという専門店のみならず、一般家庭の需要へと広げていきます。


 3年後、菅野美穂さんが登場した時のキャッチコピーは「うちのハイボールは角だから。」でした。他社が「ハイボール人気」に便乗し、さまざまなハイボール製品を発売する中で、サントリーは角という商品名を押し出し、自社商品への誘引と差別化を図りました。

 さらには、ターゲットをより強く女性層まで拡大していきます。小雪さんのCMとは変わって、菅野美穂さんの出す、ややくだけた雰囲気のCMには、カウンターには女性も座り、その手にはもちろんハイボールを持っています。例えば、ビールは「おじさんぽくてイヤ」「苦くて飲めない」という女性でも、こんなにきれいでお洒落な女性たちが飲んでいるハイボールであれば飲みたくなるという図式を描いています。 

 現在出演中の井川遥さんは、2人のお子さんがいる女優です。ご自身も普段から家でハイボールを好んでよく飲むそうです。
店だけでなく家庭でもハイボールが飲まれている象徴的な存在となっています。外だけでなく、すっかり家の中にもハイボールはその裾野を広げている様子がうかがえます。

 最近のCMのメインメッセージは、「ハイカラ」。ハイボールと唐揚げをかけ合わせた言葉ですが、ハイボールと一緒に食べておいしいものを提案しています。

 これは、アルコール飲料の王道ともいえる「キリン一番搾り」のCMと同一の路線です。ビール自体の味はもう知られているから、そのおいしさを引き立てることが大事という流れに基づくCMづくりです。フードに合う定番ドリンクとして、両者のコンセプトは一緒なのです。キャンペーン開始から7年。今では取り扱っていない店はないというほどメジャーなお酒にまで上り詰めました。

 まだまだ勢いの衰えを見せないハイボール。「とりあえずビール」から「乾杯といえばハイボール」に替わる日も、近い将来に来るかもしれません。

ハイボール、爆発ヒットを呼んだ巧妙CM戦略?女性や家庭に需要拡大、居酒屋と協力関係
● 外食店とのWin-Winの関係


 居酒屋に行くと、井川遥さんなどがアイキャッチとなっている角ハイボールの黄色いポスターをよく見かけます。



 居酒屋にとっても、ハイボールは利益率が80~90%と、とてもうまみの大きい商品です。対して、ビールの原価は高く、飲み放題などの場合にはビール党は嫌われる存在でもあります。お店側がハイボールの販売に協力的なのは当然のことなのです。

 メーカーとしては、居酒屋などの業務用として、新商品を店に置いてもらうことが流通対策として大きなポイントとなります。店のメニューに載っていなければ、当然商品は売れません。新商品を広めるために、大きなハードルとなる取扱店の拡大も、徹底したCMキャンペーンの後押しによってクリアしています。

 居酒屋に堂々と貼ってあるこうしたお店のポスターが飲兵衛たちの目に飛び込み、「ハイボールください」と、最終的な選択をさせます。そして、「ウイスキーがお好きでしょ」と、心の中で奏でながらグラスを傾けることになるのです。

 さて、消費者の好みも多様化し、情報も氾濫する昨今、テレビCMだけでモノが売れるとは思いません。しかし、このCMがなかったらハイボール、そして角がここまで爆発的に売れなかったことだけは、断言できるのではないでしょうか。
(文=鷹野義昭/CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター)

ハイボール、爆発ヒットを呼んだ巧妙CM戦略?女性や家庭に需要拡大、居酒屋と協力関係
●鷹野義昭(たかの・よしあき) 株式会社テムズ代表取締役  <CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター>
1963年、長野県小諸市生まれ。大手広告代理店を経て、90年より現職。
テレビCMを中心としたマーケティング戦略立案に携わり25年。1000素材を超すテレビCMの戦略策定・分析・広告効果測定の実績を持つ。
主な著書に『CM好感度NO.1だけどモノが売れない謎 ‐明日からテレビCMがもっと面白くなるマーケティング入門‐』(ビジネス社)などがある。
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