家庭内暴力を表す「ドメスティック・バイオレンス」(以下、DV)関連のニュースが後を絶たない。最近、特に増えているように感じるが、これは長らくひた隠しにされてきた“家庭内の問題”が表に出るようになったと考えるのが適切だろう。

 DVに関しては被害者の救済や支援が最優先事項だが、一方の加害者は野放しになるケースがほとんどだ。そうした現状を受け、日本ではまだ主流ではない「DV加害者向けの更生プログラム」の重要性に注目が集まっているという。

なぜDV加害者の多くが“被害者意識”?

「更生プログラムを受ける加害者の8~9割が30代、40代の男性。プログラムを受けるきっかけの多くは、配偶者からの紹介です。DVに耐えかねた妻が『DV加害者更生プログラムを受けてください』とメモを残して出て行ったことを機に訪れてくるケースですね」

 神奈川県にあるNPO法人女性・人権支援センター ステップの理事長・栗原加代美さんは、そう語る。暴力を振るう加害者は、夫婦関係が崩壊寸前になって初めてステップの門を叩く。しかし、不思議なことにDV加害者の多くは“被害者意識”を抱いているという。

「プログラム受講者の約8割は『俺を怒らせる妻が悪い、自分は被害者だ』と考える傾向があり、みなさん『妻が悪いことを証明しに来た』という発言をします。反対に、DVの被害者は『自分が夫を怒らせてしまった』という“加害者意識”が強い。このように加害者と被害者の関係性が逆転していると、DVの発覚が遅れる原因になってしまいます」(同)

 また、相手を罵倒したり存在を否定したりする「言葉の暴力」がDVの一種である事実を知らない人はまだまだ多い、と栗原さんは指摘する。身体的暴力に比べて言葉のDVは周囲も気づきにくいため、発覚が難しいのだ。

「DVの関係は、加害者と被害者が“支配”でつながっているのが特徴です。

もっとも危険なのは、妻を自分の所有物ととらえて相手が思い通りにならないときにDVで従わせる夫と、『妻は夫に逆らわないもの』と思い込んでしまっている妻という夫婦。男らしさや女らしさを示す“ジェンダーバイアス”にとらわれている夫婦は、DVに発展しやすい傾向がありますね」(同)

 しかし、そんな結婚生活が10年ほど続くと、DVに疲れ果てた被害者たちはシェルターや支援団体に駆け込む。支配でつながった関係は長くは続かないのだ。

加害者に自身の“歪んだ価値観”を認識させる

 当初、ステップでは「被害者シェルター」のみを運営していた。しかし、さまざまなDV被害者と接するなかで、栗原さんは「被害者の支援だけではDV問題を根本的に解決することはできない」と感じたという。そんななかで出会ったのが、アメリカの刑務所で実施されている「更生プログラム」だった。

「アメリカのカリフォルニア州でDVやストーカー事件が起きた場合、加害者は迅速に逮捕され、その後、警察と連携している更生支援団体による『更生プログラム』を受けるシステムが確立しています。アメリカの精神科医ウィリアム・グラッサー博士が提唱している『選択理論心理学』を応用した更生プログラムを受けて、『自分の行動は自分の選択であると自覚して生活すると、より幸せになれる』という考えを学んでいきます」(同)

 栗原さんは、この「選択理論心理学」に感銘を受け、2011年4月に「DV更生プログラム」の提供を開始。今や、日本における草分け的存在になっている。

「ステップの更生プログラムは全52回。毎週2時間、約1年間の講習を受けることになります。まずは、加害者とパートナーの個人面談を通して、加害者が育った家庭環境や現在の夫婦生活など、さまざまな話を聞くことから始めます」(同)

 面談の後、10人前後の加害者でのグループワークを実施する。

初期段階では「自分を怒らせる配偶者が悪い」という被害者意識やジェンダーバイアスなど、加害者が抱く“歪んだ価値観の問題点”を認識させるという。

「多くの加害者は、自分がDVをしていることに気がついていません。まずは、自分がDV加害者であり、DV行動は犯罪であること、人権侵害をしているということを自覚しなければなりません。同時に、加害者の怒鳴り声や怒り、存在の無視などの“怒り行動”がどれほど強いストレスを被害者にもたらすか、についても学んでもらいます」(同)

 加害者の誤った考えを取り払い、相手を暴力で従わせていたことに対する「責任」を芽生えさせる必要があるのだ。

「これらの学びを通して、『他人を変えることはできない』ということを知ってもらうのが目的です。加害者は『自分がいい妻に矯正してやった』と考え、相手が自分の思い通りに動いていることに満足します。なので、私たちは被害者が“変わった”のではなく、暴力におびえて従っているだけという事実を伝えるのです」(同)

 他人を変えられないことを知った加害者は「自分はなんて無駄なことをしてきたんだ」と、総じてショックを受けるという。このように、加害者の根底にある歪んだ固定観念を正しながら、実践を交えてDVの更生を試みていくのだ。

「家庭で実践できるDV解消法のひとつが『相手は最善の選択をしている』と考えることです。たとえば、子どもに虐待をしてしまう人は、相手の理解できない行動に対して『どうして私を困らせるようなことをするんだ』と怒り、詰問します。一方の子どもは詰問に萎縮してしまい、何も答えることができず、加害者の怒りが増幅するという悪循環に陥ります」(同)

 しかし、怒りが湧き上がる前に「相手は最善の選択をしている」と考えて立ち止まることで、相手の言葉に耳を傾ける余裕ができるというのだ。実際に、この方法で虐待をしなくなった親もいるという。

「更生プログラムはカウンセリングではなく、感情のコントロール法を実践的に学ぶのが特徴です。すべてのプログラムを終えた人の表情は、初回とは比べものにならないほど穏やかなものになりますね。何より、身近にいるDV被害者が『本当に変わった』と言ってくれます」(同)

DVは親から子への“負の連鎖”

 しかし、栗原さんは8年の活動を通じて「DV加害者本人の更生だけでは不十分」という現実も知った。

「更生プログラムを受ける加害者は、幼い頃に親からの身体的、精神的な虐待を受けていた人ばかりです。怒りを暴力や言葉の暴力のみで表す親に育てられれば、その子どもも暴力でしか自分の怒りを伝えられなくなります。ケースによっては、虐待していた親を呼び、加害者に謝罪してもらうこともありますね」(同)

 親からの謝罪を受けた加害者は、それを機に前向きにプログラムに取り組むようになるという。DVは親から子に受け継がれてしまう“負の連鎖”にほかならないのだ。

「被害者の場合も同じ。『妻は夫に従うもの』という家庭で育った妻は夫に反抗するという発想に至らず、支配関係が成立してしまいます。なので、更生プログラムの一環として被害者の面談も行う必要があるんです」(同)

 もはやDVは「家庭内の問題ではなく、国が取り組むべき課題」と、栗原さんは語る。

「日本では、大きな事件にならなければ加害者を逮捕することもできず、再犯率も高いことでも知られています。アメリカのように民間の更生支援団体と連携して加害者が正しい更生プログラムを受けていれば、起きなかった事件はたくさんあったのではないでしょうか」(同)

 事件そのものよりも「なぜDVが起きてしまうのか」に目を向け、社会全体がその改善に取り組んでいくことが、DVを根絶するための一歩となるのだ。

(文=真島加代/清談社)

●取材協力/栗原加代美(くりはら・かよみ)
NPO法人女性・人権支援センターステップ理事長。同団体にて、DV・ストーカー加害者更生プログラムの講師を務めながら、被害者の相談をはじめ、DVやストーカー防止のセミナー講師として活動する。

●「NPO法人 女性・人権支援センターステップ」

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