昨年、積水ハウスが“地面師(じめんし)”たちによる巨額の詐欺にあった事件で、7月17日に東京地裁で3人の被告全員に実刑が言い渡された。多くの人は“地面師”など自分には関係ないと思っているが、親が遺した不動産を対象に親族が詐欺を働く、“家庭内地面師”とでもいうべき乗っ取りに泣いている人もいる。

複雑な親族関係がもたらした“家庭内地面師”のケースを紹介しよう。

 今回、紹介するのは土地売買価格600万円という物件がターゲットになった案件だ。

 X氏は複雑な家庭環境で育った。両親は共に再婚で、父親(以下、B男)は前妻との間に実子はいなかったが、前妻の連れ子であるYと養子縁組をしていた。X氏の母(以下、A子)は前の夫との間に、子供がひとり(以下Z)いたが、離婚の際に、前の夫がZを引き取った。A子の前の夫がほどなく再婚をして、Zはその再婚相手と生活している。

 A子は再婚相手のB男とは、15歳以上も歳が離れていた。B男の前妻は、新しい家庭を築いており、すでにYと没交渉になっていた。そのため、A子とB男がYの面倒を見ることになった。YはA子に反抗的な態度を取ることもあったが、A子は手放したZの姿をYに重ねてしまい、何も言えずにいた。

 YのA子への反抗は、X氏が生まれてから一層、ひどくなった。A子はYがジェラシーを感じないように、Yの前ではX氏に厳しく接していたつもりだが、YはX氏が実母と暮らしていること自体が許せなかったのかもしれない。

B男もどこかで遠慮があったのか、そんな様子を見てもYを叱ることは一度もなかった。

 時が経過し、高齢になったB男が亡くなった。B男の遺産といえば、わずかばかりの貯金と自宅である約20坪の土地・建物だった。自宅はA子とB男の2分の1ずつの共有であり、その旨が登記されていた。

 X氏はYに「不動産のB男の共有持分をすべてA子に相続させよう」とYに持ち掛けたが、Yは強力に阻んだ。Yは、「A子に何かあったら、A子の実子であるZも相続人となる。しかもB男と私は、Zとまったくの赤の他人で会ったこともない。なぜB男の遺産である不動産の持分を将来的にZに渡さなければならないのか。絶対に納得がいかない」と猛反対をした。

 A子は離婚後、Zとは一切の連絡を取っていなかったが、我が子のことは忘れようとしても忘れられない。2人の話をそばで聞いていたA子は、Yの気持ちを考えると何も言えずにいた。

 Yは「ZにB男の遺産を渡さない方法がある。

不動産をすべて私の所有にし、その後、Xに分ければいいから」と切り出した。A子は法律のことはまったくわからないものの、Yひとりの所有にして、その後、本当にXに不動産持分を譲渡してくれるのか、一抹の不安を抱いた。しかし「Yは法学部出身なので、色々と知っているのだろう。Yは私には懐いてくれなかったが、さすがに一緒に育ったXにはきちんとしてくれるはず」と思い直すことにしたのだ。

 Yの提案は、「遺産分割協議書にA子とXが捺印して、不動産のB男の持分をすべてYに相続させること、不動産のA子持分は売買契約書を交わし、YがA子から買い取る」「すぐにXに対し、不動産の共有持分2分の1を譲渡するから、Yは特に金銭を支払うことはしない」というものであった。

 2年後、B男の後を追うように、A子が亡くなった。葬儀後一段落して、空き家になっていた実家を訪ねたX氏は、Yがなんの相談もすることなく、実家の不動産を第三者に売却し、行方不明となっていたことを知った。

 驚くのはこれだけではなかった。YはB男の養女だったが、A子とYは養子縁組をしていなかったことを知った。養子縁組をしていないということは、A子の相続人はXとZとなる。Xは完全にYに図られたのだ。

代償分割制度

 井上裕貴弁護士(みとしろ法律事務所)は、次のように解説する。

「B男の相続人は、A子、X及びYの3名なので、B男が死亡したことにより、自宅不動産は、A子が持分4分の3、XとYが各持分8分の1の共有となっていたはずです。そもそも、遺産分割の方法として、さまざまな方法を採り得るのですから、本件ではA子とXは、Yの提案に乗る必要はまったくありませんでした。

 仮に、B男の遺産分割がなされないうちにA子が死亡していたときには、自宅不動産の共有持分は、最終的にXが2分の1、Yが8分の1、Zが8分の3となっていたはずです。Yは、自宅不動産の売却代金を騙し取る目的で、上記のような提案をしたのかもしれませんが、遺産分割協議の無効取消を主張したり、不法行為責任を追及したりしたいところですが、Yが行方不明となっているのでは、難しいかもしれません」

 ところで、現実的に自宅しか財産がないというケースはよくあることだ。そうした場合、相続人同士で分割するのは困難だ。

 そんなときのために覚えておきたいのが“代償分割”制度だ。たとえば、自宅を特定の相続人が相続し、他の相続人に相続すべき遺産がない場合、“代償金”を支払う制度だ。この代償金として活用されるのが生命保険だ。この制度や生命保険の活用を知らないばかりに、代償金が支払えずにトラブルになっている例も少なくない。先の例のようなケースは、一度、保険関係者に相談することをお勧めしたい。

「遠くの親戚より近くの専門家」

 代償分割制度以外にも、簡単にできる対策はある。そのためにも“家庭内地面師”に泣いた実例の共通項を探ってみたい。

 まず、「うちだけは争いは絶対に起こらない」「うちの親族は何かあっても穏便に話し合うタイプ」と親族間のトラブルが起こることなど、まったく予想していなかったことだ。親族を盲目的に信じることは、時として悲劇を生む場合もある。

 さらにいえば、法律の知識がないことだ。また、「おかしい」と思っても専門家に相談をしないのは、親族を疑ってはいけないと思っているからなのだろうか。「相談に行ったと他の親族に知れたら、揉める」という人もいるが、後悔しないためにどんな対策やリスクがあるか、知っておくべきだろう。

 なかには、無料相談には行くが、解決や手続きなどには費用がかかることを知って、グズグズしているうちに泥沼化したり、親が亡くなって対策がとれなかったりした例もある。気持ちはわかるが、人の寿命はいつどうなるかわからない。特に親が認知症を発症すると、選択肢も限られてしまうことは忘れずにいたい。

 相談で注意したいのは、いくら近所に物知りの人がいるからといっても、遺産相続は井戸端会議で終わる話ではない。「私が間に入りますから」と弁護士資格を持たない人の言うことを聞いているうちに、親族の関係が泥沼化し、結局、調停に持ち込まれた例もある。裁判所や調停で“和解”することになったとしても、実生活では絶縁になったケースも珍しくない。

 不動産相続は本当に奥が深く、同じ事例は2つとしてない。

しかも単純な売買案件としてではなく、法律や税金、さらには金銭面や売却などの時期も総合的に検討する必要がある。法律対策はしていたが、納税資金の準備ができていなかったとか、税金対策はできたが、法律的な対策をしていなかったので、親族で揉めたというのは、よく耳にする。

 親族間のトラブル防止のためには、近視眼的ではなく、長期的・包括的に考えることが非常に重要となる。また親族同士だとお互いの価値観や感情のぶつかり合いになってしまいがちだ。そうならないためにも、弁護士や税理士や保険関係者に相談することが重要であることは間違いない。

「遠くの親戚より近くの他人」というが、取り返しのつかない後悔をしないためにも「遠くの親戚より近くの専門家」が、これからの新常識になるかもしれない。

(文=鬼塚眞子/一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表、一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表)

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