韓国が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄し、日本は8月28日に韓国を輸出管理上の優遇対象国から除外したことで、日韓間の対立がさらに深まっている。日韓関係は1965年の国交正常化以来、最悪ともいわれる状況だ。
そんななか、微妙な立場に立たされているのが在日コリアンだ。韓国に対する風当たりが強い今、「嵐が過ぎるのをおとなしく待つだけ」と語る人もいるなど、日本社会で居場所を模索しているのが実情だ。
在日本大韓民国民団(韓国民団)で民団新聞副局長などを歴任し、現在はフリージャーナリストとして活躍する在日コリアンの裵哲恩(ペー・チョルン)氏は、「日本の韓国批判は国民をミスリードしている」と指摘する。日韓関係の問題点について、裵氏に話を聞いた。
安倍首相の発言は国民をミスリード――日韓関係が悪化した原因とされる徴用工問題について、どうお考えですか。
裵哲恩氏(以下、裵) 韓国大法院の判決が下された際、安倍晋三首相がすぐに「日韓請求権協定ですべて解決済み。国際法に照らしてもこの判決はあり得ない」と反応しました。しかし、日韓請求権協定で個人の請求権がすべて消滅したわけではないことは、日本政府の見解でも外務省の国会答弁で裏付けられています。
そのことをおくびにも出さずに安倍首相が一方的に「解決済み」と発言した背景には、日本国民の嫌韓感情を煽ろうとする意図を感じ、危険な発言だと受け止めました。安倍首相は、韓国はいかにひどい決定を下したかということを世界を巻き込んでアピールしたわけですが、これはミスリードといえます。案の定、日本では韓国バッシングが始まりました。
たとえ国民がヒートアップしたとしても、それを落ち着かせるのが政治家の仕事だと思いますが、逆に政治家が旗振り役になって国民感情を煽るような言動を繰り返している姿は、国民の代表としてあり得ません。
――解決策としては、何があるのでしょうか。
裵 徴用工は戦時中に日本に在住していた韓国人が劣悪な労働環境で強制的に働かされていたという問題であり、人権の問題です。かつて日本は中国との間で同じような問題が発生した際、個人の請求権は消滅していないということで補償しました。いわば、前例はあるわけです。たとえば、日韓両国もしくは企業が基金を積み立てて補償する方法も考えられます。元徴用工の方々は高齢化している事実を直視し、生きている間に決着させるべきです。
――7月に日本が韓国に対して半導体材料の輸出管理強化と「ホワイト国」除外を発表しましたが、当時は参議院議員選挙を控えていたため、選挙対策との見方もありました。
裵 そういう見方があったのなら、政治家は「韓国叩きを集票に利用する意図はない」と明言すべきでした。以前、北朝鮮のミサイル発射が繰り返されたときに、北朝鮮に制裁を加え、世論の支持を得ることで安倍政権の支持率が高まりました。今の韓国バッシングも、安倍政権を利するために利用されている側面があると思います。韓国国内で「反日」よりも「反安倍」が叫ばれるのは、そのためでしょう。
――日本の対応に反発するかたちで、韓国は日本とのGSOMIAを破棄しました。
裵 文在寅政権の「目には目を」といった報復的な対応には納得できません。今、日韓関係を語る上で「戦後最悪」という枕詞がついていますが、この状況を招いた責任は両国の指導者と政治家にあります。
そして、何より残念なのは青少年などの民間交流が延期や中止に追い込まれていることです。政治と民間交流は分けて考えなければなりません。韓国で起きている日本製品の不買運動なども、それにより日韓の民間人に影響が出ているとすれば、子どもじみた行動だと指摘せざるを得ません。日韓関係の悪化を見て、日韓離間を企図する北朝鮮は高笑いしているでしょう。
日韓は隣国ですから、お互いに引っ越すわけにはいきません。過去の歴史問題があったとしても、未来志向で冷静に向き合わなくてはなりません。そのためにも日韓パートナーシップ宣言を尊重し、日韓シャトル外交を復活させ、文大統領は安倍首相と話し合うべきです。
「もはや私の愛した韓国ではない」――日韓関係が悪化すると、在日コリアンは微妙な立場に立たされます。
裵 日本国内で韓国叩きが始まると、在日コリアンに火の粉が降りかかってきます。そのため、関係が改善されるまで待つしかないという消極的な姿勢にならざるを得ないこともあります。
――日本人に対して伝えたいメッセージはありますか。
裵 在日コリアンは韓国への帰属意識が強く政治的な立場も韓国側だと思われているかもしれませんが、それは誤解です。在日コリアンのなかにもさまざまな考えの人がいて、ひとくくりに見ることはできません。そして、韓国政府が間違っていると判断をすれば韓国民団は韓国政府に対して物申す、是々非々の立場にあります。
今の在日コリアンには、文大統領にシンパシーを寄せる人も反発する人もいます。私の知人には「文在寅の統治する韓国は、もはや私の愛した韓国ではない」ということで、日本に帰化した人もいます。同じような理由で帰化する人も増えているようです。
――今後、日韓関係はどうなると見ていますか。
裵 今のように両国が「嫌韓」「反日」で対立していても、お互いに何ひとつ国益につながらないということを政治家が自覚すべきです。意地を張らずに、両国のトップが握手して対話すべきです。
一方で、今は文化面では認め合う土壌ができています。日本の若者は「韓流文化」を好み、韓国では「日流文化」を尊重しています。K-POPには日韓混合グループもあるなど、いい流れも生まれているわけですから、政治がそれを摘み取ってはいけません。
(構成=長井雄一朗/ライター)