台風15号が9日、首都圏を直撃し、少なくとも3人が亡くなり、鉄道各社は始発から運休した。各地で混乱を極める中、各駅には朝から出勤しようとする人々が長蛇の列をつくった。
警察官や消防職員、ライフラインの維持や災害対応の指揮を執る公務員、病院や介護関係者など、どうしても出勤が必要な職種はあるにしても、あの状況下で出勤しなければいけなかったのは、どういう企業だったのか。首都圏各社に当日の従業員の出社状況を聞いてみた。
銀行はライフライン水道、電気、ガスの流通と同様に「お金」の流れは社会の血液だ。企業間決済や給与支払いに影響が出る銀行業界は、やはり出社不可避だったようだ。みずほフィナンシャルグループ広報部は当日の状況を次のように説明する。
「会社や店舗の近隣のホテルやオフィスに泊まったり、早めに出勤したりしていました。必要最小限の人数を確保する必要があります。金融はライフラインですし、不足の事態があってはならないのでそのような対応をとりました」
昔から、金融業界の働き方は泥臭いと言われている。金銭のやり取りを家に持ち帰ってやるわけにもいかない。金融取引のシステムがIT化されても、従業員の働き方まで変えることはできないようだ。
それでは、電車や飛行機の運休の影響をもろに受ける旅行業界はどうだったのか。JTB広報部は次のように語った。
「災害が予見される場合に社としての対応を定めたガイドラインがあります。それに基づき、ツアー中のお客さんがいたり、交通機関が乱れたことによる航空券や切符の取り扱いもあったり、各店舗や部署によって対応が異なるので、各部署で出社可否を判断しました。テレワークなどリモート業務ができる部署もあったようです。いずれにせよ身の安全確保第一でということになりました」
確かに台風の渦中に放り込まれたツアー客にしてみれば、主催者が不在だったら怒り心頭だろう。
「新聞休刊日でした」「台風15号が首都圏を直撃し、鉄道網がまひして多数の通勤客らが駅で足止めに遭った。JR東日本や私鉄各社は、きのうの始発から運休をあらかじめ告知する『計画運休』に踏み切った。(中略)多くの駅では、客らが疲労困憊(こんぱい)しながら待機しなければならなくなった。職場にたどり着いたのが午後になった人もいた」
「災害に見舞われながらも何とかして出社しようとするのは、日本人の勤勉さの表れだろう。文句も言わず長時間列に並んでいられるのは、日本人の冷静さの証明かもしれない。しかし、駅でただ待機していたのでは、本人にとっても企業にとっても、時間を浪費しているだけだ。
毎日新聞社は10日付朝刊の社説で上のように主張した。格調の高い論調だ。では、肝心の同社はどのような対応を取ったのか。新聞業界といえば、災害時は会社全体が鉄火場となるイメージがある。同社社長室は次のように説明する。
「実は月曜日は休刊日だったんです。そのため新聞輸送や管理部門は出社する必要がなく、特段の対応も必要ありませんでした。当然、記者は現場に行って取材しろという話ですが」
どうやら鉄火場だったのは記者だけだったようだ。
西川社長辞任表明の日産は西川廣人社長が9日夜、辞任を表明するなど、まさに全社的に“台風の渦中”にある横浜市西区の日産自動車。同社の企業広報部は次のように語る。
「オンライン上の安否確認システムを導入していて、『各自判断で可能な限り出社』としていました。ただ部署にもよりますが、本社はフレックス対応になっているため、昼過ぎ出社にしたり、テレワークで業務をしたりする社員も多くいました」
思いのほか、社内は冷静だったようだ。
こうした各社の対応に対して神奈川県内の社会福祉協議会に勤める社会保険労務士は次のように解説する。
「企業には従業員の心身の安全・健康を守るよう安全配慮への義務があります。法令上、『災害時に働かせてはならない』という定めはありませんが、万一の被災を考えれば自宅待機が妥当でしょう。仮に暴風雨の中で出社を命じ従業員が流されたり、風で飛ばされたりして負傷した場合、安全配慮義務違反を問われる可能性は高いです。万一死亡事故が発生すれば遺族から巨額の損害賠償請求を提訴される可能性もあります」
ゲリラ豪雨や台風など年々、自然災害の猛威は高まっている。猛烈サラリーマンでも、台風やゲリラ豪雨はしのげない。従業員の身の安全を第一に考えることができる企業の在り方が問われている。
(文=編集部)