「受託会社のスタッフは、よほど我慢ならないことがあって、告発したのだと思います」
そう話すのは、都内の学校図書館関係者だ。発端は内部告発だろうと、筆者も薄々感じていたものの、改めてそう聞くと、この事件の深層が生々しく迫ってくる。
9月14日付当サイト記事『東京都、都立高校図書館で“偽装請負”蔓延か…労働局が調査、ノウハウない事業者に委託』で報じた通り、2015年5月に東京都立高校へ東京労働局の調査が入っていたことがわかった。
業務請負に偽装して労働者派遣業と同じことをしているのではないかとの疑いで、都立高校の関係者が取り調べを受けたわけだが、調査の結果はクロ。
2カ月後の7月29日、当時東京都のトップを務めていた舛添要一東京都知事に対して、東京労働局長が是正指導を出した。それが下の書類である。
08年末から日本列島全土に吹き荒れた“派遣切りの嵐”のなかで、厚生労働大臣として違法派遣を取り締まる側のトップだった舛添氏が、その7年後に、都知事として請負に偽装した無許可派遣を指弾される立場にいたのは皮肉というほかない。
東京労働局長の是正指導書の内容を要約すると、次のようになる。
(1)教諭が受託会社のスタッフに逐一、指示命令を出していたことなどから、実態は請負ではなく派遣であると認定。そうすると、労働者派遣法違反にあたる。
(2)管轄内で同様の違反行為がないかどうか再点検をして、それが見つかったら、すみやかに改善措置を取り、是正状況及び点検結果を9月7日までに労働局へ報告すること
これを受けて東京都教育委員会は、学校図書館を民間委託している都立高校全校へ行ったアンケート調査結果から、他校でも同様の行為が日常的に行われていた実態を把握。今後、偽装請負にならないよう、受託事業者との協議や調整打ち合わせは、業務責任者を通して行い、事前に業務指示書を交付することなどを全校に通達した。
教育委員会がそれらの経過を報告する文書を労働局に提出することで、指摘された違法行為について是正措置を講じたと報告し、一件落着となったのである。
事件は一切報道されず都教委としては、「違法行為はあったものの、当局の指導に従って改善したので特に問題はない」というスタンスなのだが、図書館関係者は「この一連のプロセスは茶番でしかない」と、厳しく糾弾する。
「告発した人は、労働局が動かざるを得ないくらい、決定的な違法行為の証拠をそろえて申告したと思われます。そのため、労働局は一応動いて、おざなりにでも是正指導しました。都教委も、それに合わせて是正をして、違法行為にならないよう規則を設けたり、厳しい通達を出しましたが、それによって現場は余計にやりづらくなっただけで、本質的なところは何も変わっていません」
実に不可解な経緯といえるわけだが、調べていくうちに、この事件には表に出ていない側面が、さらに2つ隠されていたことがわかった。
下の書類は、都教委の都立高校を管轄する部署が民間委託した学校図書館の運営状況の報告書である。その中に、こんな記述がある。
「5月13日 高校経理係・中部センターが農芸高校を訪問(労働局訪問前の事前打合せ)」
東京労働局が偽装請負の疑いで都立農芸高校に調査に入ったのは、5月21日だった。このときの労働局の調査は、午前中に訪問予告のファックスがあり、その数時間後に訪問していることから、筆者は“抜き打ち”の調査だと理解していた。
ところが、この報告書を見ると、労働局が調査に入る8日前に、都教委の担当部署が調査対象となった高校と打ち合わせしていたのだ。つまり、労働局から都教委に対しては事前に調査予告があり、それに合わせて周到な準備がなされていたと考えられる。
調査後、翌々月の7月末に労働局は都に是正指導を行った。それを受けて都は8月末、「是正完了」と労働局に報告してスピード解決。都教委が発表しなかったためか、この事件についての新聞報道は、筆者が調べた限り1件も出てこない。
都立高校関係者によれば、この事件に関与した会社や担当者は「誰も処分されていない」。つまり、事件は表面上は「なかったこと」として処理されているのである。
いったい、どうしてこれほどの重大事件が表に出なかったのだろうか。東京都教育委員会に問い合わせたところ、以下のような回答がきた。
「労働局の指導をもとに是正を行っており、今回の件により、特に外部に迷惑をかけたような事態ではなかったので、内部で適正に対処した」
関与した担当者や事業者に対する処分も一切行っていないという。これでは「意図的に不祥事をもみ消ししたのではないか」と言われても仕方ないだろう。
また、是正措置の内容も、偽装請負にならないよう受託会社とのやりとりの手続きを厳格にしたというだけで、現場の労働者に対する不利益な扱いについては、改善措置は何もとられていない。
偽装請負が発覚した現場では、告発した労働者が不利益を被らないよう、一時的にしろ使用者が直接雇用したり、違法状態を早急に解消するために派遣契約に転換するなどの救済措置が行われることも珍しくないが、このとき都教委では、委託会社のスタッフに対する処遇を再検討した形跡すらみられなかった。
都教委によれば「契約上、そういうことはできない」というのがその理由だが、労働者サイドからみた、労働者派遣に該当する業務を請負契約で行っていることの不適切さは、今をもってしても、なんら改善されていないといえるだろう。
ちなみに、是正指導を行った東京労働局にも聞いてみたところ、「個別の案件については一切答えられないが、一般的には、是正措置がなされたことが確認できれば公表はしないのが基本スタンスだ」と回答した。
契約不履行が常態化もうひとつの側面は、前記の報告書の主な議題は、偽装請負ではなく学校図書館の受託企業が犯している重大な契約違反についてであったこと。
具体的にいえば、仕様書に定められた通りに司書の人員配置ができていないこと(以下、「不履行」と呼ぶ)に対して、担当部署がいかに度重なる指導を厳しくしてきたかを記録しているのが、この文書だったのだ。
労働局調査後の日付で提出されているにもかかわらず、違法認定された偽装請負については、ほんの一部分触れられているだけで、ほとんどが特定の委託会社が犯した不履行について逐一報告された内容だった。
下の書類は、前出の都教委の担当部署が受託企業への指導の経緯を報告した文書の冒頭部分だ。
ここには、15年4月から「サービスエース」という会社が受託している、3つの都立高校で起きた不履行について、担当部署の対応が詳しく書かれている。
農芸高校については4月に2日、中野工業高校は4月に3日、荻窪高校にいたっては、4月~6月20日頃にかけて休日を除いたほとんどすべての授業日において、不履行が起きている。
都立高校に設置された学校図書館の業務委託は、午前と夜間(定時制)は司書ひとりの単数配置、午後だけは複数配置が基本だが、朝・昼・夜の三部制を敷いている荻窪高校については、午前・午後ともに複数配置が義務づけられていた。それにもかかわらず、当初、単数配置しかできていない日がほぼ毎日のように続いていた。
定時制課程があり、中学時代に不登校だった生徒への配慮のため、「月~金まで同じ司書を配置してほしい」との高校側から強い要望があったという特別な事情を差し引いても、これだけ長期間、不履行が続いているのは異様である。
都の担当部署でも、そうした状況を早くから憂慮しており、逐一指導に努めてはいたものの、なかなか改善されず、始末書を提出させるなどしていた。15年度は、筆者が知り得た範囲だけでも、2社において8件の不履行が起きている。
不履行を指摘された受託企業は、始末書を提出している。だが、事態は改善されず、翌16年度にも、少なくとも3社で6件の不履行が起きていた。
下の書類は、偽装請負事件の翌年(16年度)のもので、都教委が根気強く指導したにもかかわらず、司書配置については一向に改善されている様子は窺えない。
そのためか、これだけ不履行を起こしても、受託会社は契約解除されていない。ちなみに、16年度までは単年度契約のため不祥事に関係なく、翌年度は入札価格のみで業者を決定する流れである。
また、不履行があった日は、人員を配置していないのだから、当然、受託会社は人件費分相当の委託金額減額、あるいは返金すべきだが、関係者によれば、そのようなペナルティーは科されていないという。関係者のひとりは、こう証言する。
「当時、受託会社とは、『総価契約』であり、契約書やその詳細を記した仕様書には、不履行の場合の違約金や返金についての取り決めはされていませんでした。それを可能にした『単価契約』にしたのが17年度からでしたので、委託費の減額はされなかったはずです」
それが事実なら、結果、不祥事を起こしても人件費が浮いた受託会社は、その分を懐に納めていることになる。
都教委に確認すると、この関係者の証言を否定。「委託費の減額はした」との回答があったが、それを具体的に示す内容については明示しなかったため、現在、不履行による委託費減額について情報開示請求を行っている。詳細がわかり次第、続報でお知らせしたい。
それにしても、いったい、なぜ教育現場である公立高校の学校図書館において、こんな不祥事が次々と発生したのだろうか。
次回、都立高校の学校図書館関係者への取材によってわかった事実をつまびらかにすることで、このところ急速に進みつつある学校図書館の民間委託の実態に迫っていきたい。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)