台風19号の大雨の影響で浸水被害が発生した東急・JR武蔵小杉駅周辺のタワーマンションの住民は、ようやく普段の暮らしを取り戻しつつある。同地域のタワーマンション計11棟のうち2棟は、台風の影響で地下の電気設備や水道ポンプが冠水し、停電、断水した。
29日夜、東急東横線武蔵小杉駅(川崎市中原区)から徒歩数分のタワーマンションに向かった。にょきにょきと夜空に伸びる高層建築の窓からは、被災前と同じ生活の明かりが漏れていた。以前、道路に残っていた泥の痕跡はもはやなく、見た目は完全に復旧しているように見える。
だが、家路を急ぐ住民の顔には一様に疲労の色がにじんでいた。
通りがかった女性は「マンション住民全体で決めました。お話することができないことになっていますので」と言葉少なに立ち去った。立ち止まった別の50代女性に話を聞いたところ、次のように語った。
「下水の逆流で排泄物が町中に散らばったとか、泥の撤去に来たボランティアにクレームをつけたとか、根も葉もないうわさが流れて武蔵小杉のイメージはボロボロ。
また、仕事帰りというマンション住民の男性は「電気もガスも戻ったけれど、水道はまだ飲用に使えないんですよ。当然、料理にも水道を使っていません。これから煮炊き用のミネラルウォーターを買って帰ります」と自嘲気味に語った。
川崎市上下水道局サービス推進課は、こう話す。
「中原区内の上水道は復旧しました。市管理の水道管を通って蛇口から出る水に関しては、これまで同様飲料水として利用可能です。ただ、市の管理を離れてしまう各ご自宅の受水槽や給水槽などが被災されている場合は、それぞれでご対応いただくかたちになっております」
復旧したとしても、一度、下水に浸かったというイメージがあり、心理的に「飲用、食用として使いたくない」という思いもあるのだろう。
タワーマンションの周辺は、生活排水と雨水を同じ排水管で流す「合流式下水道」となっている。大雨の場合、生活排水は雨水と一緒に多摩川の放水口で放流されるのだが、今回は台風の影響で川の水位が想定以上に上昇。川の水位より高い位置に設置してあった放水口が水没し、川の水が逆流してマンホールから噴き出した。
放水口には水門が付いていて、川と市街地の排水を遮断することもできた。
検証や復旧が長引く中、神奈川県内の不動産関係者は次のように話す。
「武蔵小杉のタワマンオーナーから『部屋を売りたい』との相談が出始めているようです。終の棲家としてではなく、もともと資産運用目的で購入した一部のオーナーは、一連のトラブルと報道の影響で、期待していた価格まで値上がりしないことを見越して、売り抜けようと考えているようです」
それでもタワマン価格に暴落はない今回の事態を受けて、武蔵小杉以外の海沿いや川沿いのタワーマンション人気に陰りが出る可能性はあるのか。
首都圏では、豊洲やお台場、晴海、みなとみらいなど海沿いのタワーマンションが人気を集めてきた。だが武蔵小杉の一件で、こうしたマンション群の危険性を指摘する報道もある。影響は今後、どこまで広がるのか。タワーマンションの防災機能と合わせて、榊マンション市場研究所の榊淳司氏は次のように解説する。
「今回、武蔵小杉で起きた内水氾濫はかなり予想不能な事態であったと思います。
武蔵小杉での売り出しは、私が不動産流通推進センターの不動産流通標準情報システム(レインズ)で確認した限り増えていません。そもそも武蔵小杉の人気のピークは、2018年にJR武蔵小杉駅の朝の通勤ラッシュが問題になるまでだったと思います。価格は台風前から天井感があったので、今後は徐々に下がるでしょう。しかし、一般消費者が暴落と感じるレベルにはなりにくいと思います。『3年経ったら2割下がっていた』は十分にあり得ます。
今回、私の予想以上に武蔵小杉のタワマン浸水の話題が取り上げられています。被災したタワーマンションの住民らが情報を統制した影響も大きいでしょうね。
住まいの購入は人生最大の買い物になることが多い。災害が他人事ではなくなった現在、一層慎重な家探しが求められている。
(文=編集部)