10月20日に始まった連続テレビドラマ『グランメゾン東京』(TBS系)を見ているが、思いのほか面白い。

 主演の木村拓哉が演じるのは、フランスの三つ星レストランで修業を積み、かつて日本人シェフとして名声を極めた尾花夏樹。

 尾花はフランスの有名レストランでシェフとして成功を収め、パリで自分の店を開く。そこで行われた日仏首脳会談の昼食会で、フランス首脳がアレルギーを起こすという大事件を起こしたうえに、責任を問うフランス人官僚を殴って逮捕され、どん底に落ち込んだところから物語が始まる。

 このドラマでは、東京で再出発する尾花が、仲間たちと三つ星レストランを目指して立ち上がることが基本的な構図になっている。多少の複雑さは含みながらも、「名声を極めたシェフがどん底に落ち、再び名声を取り戻そうと立ち上がる」という視聴者好みのわかりやすさは長所として挙げてもいいだろうが、特筆すべきはこれが「今」の木村に課せられたポジションそのままであることだ。

 かつて長年にわたり圧倒的な人気を維持してきた木村が凋落したきっかけは、2016年に起きたSMAP解散騒動の最中に、SMAPが出演する番組で行われた謝罪会見を仕切ったことにある。木村は解散に走った他のメンバーを叱責するような態度で謝罪会見を進めて、仲間をさらし者にした“裏切り者”という印象を多くの視聴者に与えた。

 ここには木村が認識していなかった誤算があった。

木村の2つの誤算

 ひとつは木村の多くのドラマが、「大きな力にひるまずに立ち向かう」という役どころであったことだ。謝罪会見で木村は、ジャニーズ事務所という大きな力に属した立場で発言している。強者(=ジャニーズ事務所)の立場から弱者(=他メンバー)をたしなめるかのような言動をしたことで、それまで積み重ねてきた「強い相手にもひるまない」というイメージを自らぶち壊してしまった。

 もうひとつが、木村を「かっこよく」見せていたSMAPという装置を、自ら台無しにしたことだ。SMAPにいることの恩恵を、その頃にはあまり自覚しなくなっていたのかもしれない。

キムタクのかっこよさ」は、SMAPという国民的人気グループで、他のメンバーが「木村君はかっこいい」と言い続け、華を持たせてきたことで成立していた。そこでは木村の「傲慢さ」はSMAPの中で中和されて、「自信」「積極性」などのむしろプラスに転化された。

 これまでの人気アイドルグループよりSMAPが長生きできたのは、他のメンバーが木村を盛り立てる役に徹したことが大きい。多くの芸能人、特にアイドルであれば自己顕示欲のかたまりのような行動をとるのが一般的だ。そのため、「誰が一番人気か」という競争に疲弊し、人気の差が固定化したところで、多くのグループは雰囲気が険悪になり、まもなく解散に至る。

 ところが、SMAPのメンバーは木村がかっこよく見えるように自我を殺して一歩退いた。トップをトップと認めて、自分の役回りに徹することができたからこそ、SMAPは人気を維持できたのである。おそらく担当マネージャーが卓越した手腕で、各メンバーが自分の役割を自覚するように促し、そのポジションに徹するように導いていたのだろう。

 また同時に、木村がドラマなどで活躍することで、SMAPのステータスが上がり、他のメンバーも活躍の場が拡がっていた。この相乗効果を長く維持できたことがSMAP成功の原動力になっていた。

 ここでは、他のメンバーは木村人気を支える恩人であると同時に、木村人気の恩恵を受けていた。ギブ・アンド・テイクの同等の関係である。

 ところが謝罪会見での木村は、メンバーからの恩恵を忘れたかのように、「俺様」を隠すことなく場を仕切ってしまった。支えてきてくれた人を裏切ることは、多くの日本人が嫌うところである。木村はまさにそれを、数千万人の視聴者が見守る中でやってしまったようなものだった。その結果、この態度に違和感や反感をもった視聴者は木村バッシングに向かった。

『グランメゾン東京』は木村の今後の試金石になる

『グランメゾン東京』の主人公である尾花は、圧倒的な人気を誇りSMAP人気を支えてきた頃の木村と同質の傲慢さを持っている人物だ。かつて不快な思いをしてきた人たちから、かつての傲慢さを指摘されるが、耐えるだけで「日本の恥」といった自虐の言葉すら口にする。これは謝罪会見後のバッシングと、その後、木村がほとんど沈黙してしまったことをなぞらえているのだろう。

 11月3日までに『グランメゾン東京』は第3話まで放送されているが、視聴率は12.4%、13.2%、11.8%と、なんとか2桁を維持している。現在の「TBS日曜劇場」の枠としては、“まあまあ”といったところだろうか。ただ、高級レストランを舞台にしているうえに、フランスロケもあったので、予算は通常よりかかっていると報じられている。また、通常であれば主役・準主役をこなせる鈴木京香及川光博沢村一樹などが共演している。制作側の力の入れ方からすると、まだまだ期待には達していない数字ではあるだろう。

 これまで木村が演じた役は、“タレント・木村拓哉”のイメージに合わせられてきた。そのため、しばしば「何をやってもキムタク」と揶揄されるが、制作者側が、そして揶揄する側の視聴者ですら、それを求めていた結果にすぎない。だから、「木村=かっこいい」というイメージが固定化されている間は、制作側は「どうやって木村をかっこよく見せるか」に腐心すればヒットが約束されていた。

 だが、今の木村は、その方程式だけでは受け入れられなくなっている。「木村をかっこよく見せているだけのドラマ」の需要はなくなったと考えるべきだろう。

 だが、木村が「かつて傲慢で鼻持ちならなかったシェフ」という役回りを受け入れたことで、このドラマは従来の木村のドラマにあった「いかにキムタクをかっこよく見せるか」という枠を脱して、新たな木村像を描くのに成功している。

 ただし、問題は木村が「傲慢でかっこ悪い自分」を本当の意味で受け入れられたかどうかにある。もし彼が「こんな役も演じられますよ」といった気持ちでやっているなら、多くの視聴者に見透かされて、木村の完全復活は遠のくだろう。

 また、ドラマのなかで、尾花の失態が実は誰かが仕組んだ罠であったとすることは、おそらく間違いだろう。そこで「尾花は正しかった」となって「かっこいいだけのキムタク」に戻してしまうと、せっかくの新たな木村の可能性を台無しにすることもないとは言えない。

 反対に、「傲慢でかっこ悪いなりに、かっこよく演じる」という新たなスタイルを獲得し、そんな木村に視聴者が共鳴することができれば、今後は面白い展開ができるはずだ。このドラマはその試金石として、木村の今後にとっても重要なものになるだろう。


(文=白川司/ジャーナリスト、翻訳家)

白川司(しらかわ・つかさ) 国際政治評論家・翻訳家。世界情勢からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。最新刊に『議論の掟』(ワック刊)、翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)ほか。「月刊WiLL」(ワック)、「経済界」(経済界)などで連載中。

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