「100年後には、我々は週に15時間程度だけ、働くようになっているはずだ」

 こう予言したのは、ジョン・メイナード・ケインズです。ケインズとは、20世紀前半に活躍したイギリスの経済学者で、マクロ経済学を確立した人物です。

この予言からほぼ100年が経ちましたが、現実はそうなっていません。特に先進国の人々はむしろ労働時間を増やしてきました。その理由はより多くお金を稼いで、より多く消費するためだと考えられています。

 最近では、AI(人工知能)とロボットの技術革新により、仕事がなくなると盛んにいわれるようになりました。IT化の進展により10年ほど前からすでに相当量の事務的仕事がオフィスから消えてしまっていますが、これまでのITが苦手だった分野は逆に人手不足に陥っています。実際2019年はじめの新卒の求人倍率は全体として見てみると1.88倍ですが、製造業は2倍、建設業は10倍、流通業は13倍と、業界によっては募集しても人が集まりにくい状況が続いています。

 それぞれの業界のなかでも細かく見ればいろんな職種があるものの、イメージとしては肉体的に疲れる繰り返し作業が中心の仕事や、個人に対して対面のサービスを提供する仕事が多いように見受けられます。こうした仕事には人が集まりにくい状況が続いていて、時給はどんどん上がっていますが、それでも状況は大きくは変わっていません。しばらくすると電話の自動応答や、ロボットによる食事の配膳などの技術が浸透していき、また消費者がそれを受け入れることでこの問題は解決されていくでしょうが、現在は過渡期であると言えます。

「働かざる者食うべからず」と言われるように、私たちは自分が生きる最低限の生活費を得るためには働かなければなりません。単純肉体労働のイメージが強い仕事に人気がないのは、やはり私たち人間はそうした仕事を本能的に嫌っているからです。それでも失業は避けたいものです。

仕事がない状態は若死にするリスクを63%も高めるという調査があります。これは40年間にわたって十数カ国の2000万人を対象に行われた調査で、どこの国でも63%という数字は変わらなかったと報告されています。

「不機嫌な職場」が増えている

 しかし、失業よりも悪いことがあります。それは嫌な仕事に就いていることです。自分の仕事に感情移入できない、仕事で疎外感を感じるなどの職についている人は、失業状態にある人よりも幸福度が低いそうです。

「不機嫌な職場」が増えているという意見がありますが、これの原因を一言で言えば、多くの人がやりたくない仕事をやっている状況であると言えます。そのなかで人々は笑いを求めたり、仲間をつくってやりがいを探したりすることでなんとかやり過ごしています。

 最近、仕事中のふざけた行動をスマホで撮影し、SNSに投稿することが問題になっています。いろんな意見がありますが、私はこれは、ややもすれば不機嫌になりがちな職場に、なんとか人間らしさを取り入れよう、自分は記号で呼ばれるオペレータではなく、創意工夫のできる名前のある個人であることを示そうとする、心の叫びではないかと思います。

 彼らの動機はチャーリー・チャップリンと同じだ、というのは言いすぎでしょうか。チャップリンが演じる主人公は、ホームレスだけれども紳士としての威厳をもち、優雅な物腰とその持ち前の反骨精神でブルジョワを茶化し、権力を振りかざすものを笑い飛ばしました。これらの投稿を寄ってたかって叩く世の中はとても息苦しく感じます。

 ところで仕事というと、嫌なものだという響きがあります。労働というと、疲れるものというイメージがあります。仕事はやらされること、労働は生活のためと考える人は多くいると思います。働き方改革が社会的テーマになっていますが、そもそも私たちはなぜやりたくもない仕事を長時間やるようになったのでしょうか。

 日本人は産業革命の波が日本に入ってくる前から勤勉であったという説があります。それは「勤勉革命」があったからというのが、その理由です。ちなみに「産業革命」を「Industrial Revolution」と言いますが、勤勉革命は「Industrious Revolution」と名付けられています。英語にすると語呂の対比が面白いですね。

 江戸時代の日本の経済は、その前半に耕地の拡大と農業生産性の上昇によって、人口がほぼ倍増しました。その理由は、農民が農業経営者として自分自身で責任を負うシステムに変わったことではないかと言われています。つまり、自らがコントロールできる範囲が増え、がんばればがんばるほど結果が返ってくることが身をもって理解できたため、勤勉になったということです。

「禁欲的な蓄財」

 ちなみに勤勉さと言えば、アメリカ社会もそのルーツは勤勉さによって支えられています。

1620年にメイフラワー号に乗ってアメリカの東海岸、現在のマサチューセッツ州に到着した人々、ピルグリム・ファーザーズはピューリタンでした。ピューリタンは日本語で清教徒、清い教徒と訳されます。英語の意味的には厳格な人、潔癖な人を指します。ここでの意味は、キリスト教のプロテスタントの教えを忠実に守り、その理想とする社会の実現を目指す人々、という意味です。

 プロテスタントの教えというのは、「禁欲的な蓄財」です。つまり、勤勉に働いて、無駄遣いをせず、貯めたお金は次の社会の発展のために投下しなさい、ということです。このルーツは義務教育でアメリカ人全員に教えられています。もしかするとアメリカ人はいい加減で働かないという見方をしている人もいるかもしれませんが、それはごく一部であり多くのアメリカ人はたいへん勤勉です。

 産業革命により人口爆発が起こりました。衛生面が改善され、暖かい衣類と豊富な食べ物で栄養状態はよくなり、平均寿命が伸びました。それまでの世界は人口が少しずつしか増えませんでした。人口が増えすぎると食料が足りなくなります。

火山の噴火や地震などの自然災害による飢饉や、疫病の流行で一気に人口が減ることもありました。

 特に14世紀にヨーロッパで発生したペストは、人口が3分の1にまで減った激甚災害でした。その原因はモンゴル帝国が広がったことで中央アジア起源の病原菌がヨーロッパに持ち込まれ、開拓による森林伐採によって、ペスト菌を媒介するクマネズミが激増したことに加え、世界的な気温低下によって飢饉が頻発し、民衆が体力を消耗していたことだと考えられています。

 また、日本でも江戸時代に大きな飢饉を経験しています。これらはアイスランドの火山の巨大噴火により、膨大な量の火山ガスが放出されたことで、地上に達する日射量を減少させ、北半球に低温化・冷害をもたらしたことが主な原因の一つではないかと言われています。この時期は日本の天明の飢饉だけでなく、世界中で飢饉が発生しており、それがフランス革命の火種をつくったともいわれています。

充実した働き方を実現する方法

 さて、産業革命による生産性の向上により、人類は自然を克服する能力を向上させ、一気に人口が増えましたが、同時に「手触り感のない仕事」を生み出しました。生産性が向上した要因は主に、化石燃料の投入、機械化、そして分業でした。皆さんもアダム・スミスのマチ針工場の話を聞いたことがあると思います。

 分業が進んだ工場では10人で1日に4万8000本のマチ針を生産できました。針金をひきのばす人、それをまっすぐにする人、切る人、とがらせる人、頭の部分をつける人など、仕事はおよそ18の作業に分割されていました。もし彼ら全員が別々に働き、あるいはこの作業のための訓練を受けていなかったならば、1人あたり1日に20本のマチ針をつくることもできなかったであろう、という話です。

 分業システムにより、マチ針の単価は劇的に下がり、従業員の生活は安定し、経営者は自らが作業に従事することなく利益を上げるという、現在の会社の原始的な姿が出来上がりました。

 社会全体の生産性は向上しましたが、新たな問題を引き起こしました。従業員と経営者とのお金の配分の問題、そして今回のテーマである従業員の単純労働によるストレスの問題です。この問題が、形を少しずつ変えながらも、現代の社会にも引き継がれています。

 このストレスから抜け出す方法は「自分自身を自分でコントロールしている感」を持つことです。それは、仕事の目標設定、計画立案、実施および進捗の確認、必要に応じた計画の修正に主体的に携わることです。もしあなたが主体性を持てない仕事に就いていることに不満を持っているとしたら、このような部分に関わる余地がないか、考えてみるべきでしょう。また、上司とも相談すれば、解決策を見つけることができるかもしれません。それでもだめなら、自分がコントロールできる範囲が増えそうな仕事を探すべきです。

 また、それと同時に、勉強し、スキルアップに時間を使ってください。ストレスが多く肉体的にも疲れるから、お酒を飲んで寝てしまいたいという気持ちはわかります。しかし、どこかで集中的に自分の時間の中で努力をしなければ、上司や転職先との交渉力を持つことはできません。

 反対に、マネジメントの立場にいる人ならば、従業員がコントロールできる範囲を増やすことを考えなければなりません。やり方の例としては、工場のセル生産方式が参考になるでしょう。セル生産方式は少人数のメンバーがさまざまな仕事を分担しながら、チームで製品の完成までを終えるモノづくりの方式です。ラインに流れてくる製品の組み立ての一部を延々と繰り返すのではなく、作業員の分業度を下げて一人当たりに分割される仕事の単位を大きくし、作業員自身が完成まで責任を負うやり方は、作業員の仕事の満足度の向上につながるだけでなく、製品の品質を上げる効果もあると報告されています。

 上司は従業員の一挙手一投足をコントロールすることが仕事だと思ってはいけません。情報を与えない、考える余地を与えないことは、ストレスの高い従業員を生むことになり、結果としてチームの生産性は落ちる一方です。働く個人としては一人の事業家的に、できるだけ自分で仕事をコントロールすること、管理者としては部下ができるだけ自分で仕事をコントロールできる範囲を増やすこと、これが充実した働き方を実現する方法だと思います。

(文=山崎将志/ビジネスコンサルタント)

●山崎将志

ビジネスコンサルタント。1971年愛知県生まれ。1994年東京大学経済学部経営学科卒業。同年アクセンチュア入社。2003年独立。コンサルティング事業と並行して、数社のベンチャー事業開発・運営に携わる。主な著書に『残念な人の思考法』『残念な人の仕事の習慣』『社長のテスト』などがあり、累計発行部数は100万部を超える。

2016年よりNHKラジオ第2『ラジオ仕事学のすすめ』講師を務める。

最新刊は『儲かる仕組みの思考法』(日本実業出版社)

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