2017年に解散したアイドルグループ・℃-uteの元メンバーで、4月30日に芸能界を引退したことを公式ブログで発表したばかりだった岡井千聖(25)が5月15日、自身の公式インスタグラムなどを開設して再出発を宣言し、話題を呼んでいる。
同時に開設された「岡井家TV official」なるツイッターアカウントでは、〈岡井千聖です!/岡井家としてツイッター開設しました!!〉〈少し早い再出発で賛否あるかと思いますがこのタイミングを選ばせていただきました。
デビュー以来一貫して、モーニング娘。らを擁する大手芸能プロのアップフロントプロモーションに所属(2017年以降は系列のジェイピィールームに移籍)していた岡井は、2019年4月に芸能活動を休止。当時のブログでは休養する理由として、〈自分の幅を広げるような教養や経験や知識が必要ではないか、それに対して行動を起こすのはまだ24歳の今しかないのでは〉との考えがあったと明かしている。
その後、競輪選手との不倫熱愛報道などもあり、休養の理由も実はそちらが原因なのではないか……との憶測もあったが、最終的にはそのまま芸能界を引退するに至る。引退を表明した4月30日のブログでは、〈今後は、今までの経験を活かしながら家族のやっている仕事を手伝っていこうと思っています〉とブログに綴っていた。
「休養中はオフィシャルな形でメディアに出てくることはありませんでしたが、妹で、かつては『ハロプロエッグ』というアイドルユニットに所属していた岡井明日菜が運営しているYouTubeチャンネル『おかい家Channel』の撮影・編集などを担当していたようです。過去に同チャンネルにアップされた動画には、岡井の声が入っているものなどもありますね。このチャンネルの動画にはそのタイトル通り家族が揃って出演しており、今後岡井は、ここをメインステージとして活動していくつもりなのかもしれません」(芸能記者)
田中将大投手の妻となっている里田まいにも通じる、岡井千聖の“おバカキャラ”小学2年生だった2002年、ハロー!プロジェクト・キッズオーディションに合格し、芸能界入りした岡井。ハロー!プロジェクト・キッズとしての活動を経て、2005年に結成された℃-uteのメンバーに選出、2017年6月に解散するまで、15年の長きにわたってアイドルとして活動した。
℃-ute在籍時から、ソロでバラエティー番組にも多数出演。解散後はさらに番組出演が増加し、“新バラエティーの女王”として期待する声も高かった。
「ハロプロからは、矢口真里さん、里田まいさん、道重さゆみさん、嗣永桃子さんなど多くの人気バラエティータレントが輩出されていますが、岡井さんはまさにそこに続く逸材でしたね。道重さんや嗣永さんは、ある程度キャラクターを固めつつ場の空気を読みながら個性を発揮するタイプでしたが、岡井さんは、現在はMLBニューヨーク・ヤンキース所属の田中将大投手の妻となっている里田まいさんにも通じる“おバカキャラ”というか……あくまでも自然体のままインパクトのある言動を見せるタイプ。父親の浮気話や、母親が自分の給料をスマホゲームに使っていたという話など、ハロプロアイドルとしては異例の私生活暴露なども辞さない稀有な存在だったと思います。天然系のリアクション芸人に近い雰囲気もありつつ、ヤンキーっぽさと可愛らしさを兼ね備えた親しみやすいルックスも大きな魅力でしたね」
人気バラエティ番組『ゴッドタン』では、「芝居ヤバイ芸人」「芸人マジ歌選手権」などの企画にも登場。まさに芸人顔負けのパフォーマンスを披露したこともある。
「テレビ東京の有名プロデューサー・佐久間宣行氏が担当し、バラエティー番組のなかでも特に攻めた笑いを実践している『ゴッドタン』で揉まれていたということは、それだけ岡井さんのポテンシャルが高かったということでしょう。えてしてアイドルは、芸人たちと肩を並べて体を張ると時に痛々しく見えることもありますが、岡井さんの場合はそういった雰囲気があまりなかった。もしも芸能活動を続けていたならば、もっと人気者になっていたのでは……と想像せずにはいられません」(同)
踊ってみた動画、Ustream配信などで活動の幅を広げた岡井千聖かようにバラエティー番組で大活躍していた岡井だが、かつて所属していたアイドルグループ℃-uteにおいては、センターを担っていたわけではないのだという。
「℃-uteエースの鈴木愛理、リーダーの矢島舞美といったところがやはり人気も高く、岡井はどちらかといえばトーク担当、バラエティー担当でしたね。その後、歌唱力の高さが徐々に評価され、℃-ute後期は鈴木愛理と歌の面で競い合うことも増えましたが、やはり“並び”では、決して真ん中ではありませんでした」(前出・芸能記者)
そんな岡井だが、常に℃-uteのために何かできないかということを模索していたという。
「岡井さんにスポットが当たるようになったきっかけといえるのが、2010年にYouTubeにアップした『Danceでバコーン!を踊ってみた 【岡井千聖(本人)】』という動画ですね」(大塚氏)
当時は、人気アイドル曲の“振りコピ”を一般ネットユーザーがやってみるという「踊ってみた」動画が盛り上がっていた頃。
「2005年の結成当初は7人組グループであった℃-uteは、人数の増減もあり、ハロプロ内のライバルグループであるBerryz工房と比較しても、人気面でなかなか伸び悩んでいた時期もありました。そんななか、踊ってみた動画をまさかの“本人”が投稿したということで、大きく話題になりました。ネットニュースにも取り上げられ、ここで℃-uteの知名度も高まったと思いますね。また当時、岡井さんはUstreamでの生配信などもやっていて、独自のスタイルで℃-uteや自身の人気拡大を画策していました。アイドルのネット活用の先駆者的存在であるともいえるでしょう」(大塚氏)
給料アップを断ったという岡井千聖のエピソードその後、バラエティー番組での活躍も目立つようになり、℃-uteの躍進にも貢献することとなった岡井だが、その義理堅い性格を象徴するかのようなエピソードが関係者の間で語り継がれているという。
「ソロでの活動が増えたことで、事務所のなかで岡井の給料をアップしようという動きがあったそうなんです。でも岡井は、『(エースである鈴木)愛理や(リーダーを務める矢島)舞美ちゃんのおかげでここまで来れた。私はまだ、支えてもらった分を返せていない。私だけ給料が上げてもらうわけにはいかない』と、昇給を断ったというんですよ。どうにかして周りを出し抜こうとするアイドルも多いなか、あくまでもグループのために活動する姿に、周囲の人々も心を打たれていたようですね」(前出・芸能記者)
2017年に℃-uteが解散し、バラエティー番組への出演数も増加。いよいよ自分のために思う存分活動できるようになった矢先、冒頭に述べた通り芸能活動を突如休止し、そのまま引退。
しかし、自分のことよりも周囲の人々を優先するタイプであろう岡井にとっては、それもまた自然な選択だったのだろう。℃-ute時代は℃-uteのためにさまざまなことに挑戦し、そして今後は、ひとりのタレントとして芸能活動を続けるのではなく、家族のために生きていく――。
芸能界でバラエティタレントとしての道を歩んでいくことを期待していたファンにとってみれば少々予想外ではあったが、あるいは家族とともに歩む道こそが、彼女にとっては筋が通った生き方なのかもしれない。
(文=編集部)