4月にスタートする予定だった春ドラマの放送がジワジワと始まっている。『ハケンの品格』(日本テレビ系)、『BG~身辺警護人~』(テレビ朝日系)、『MIU404』(TBS系)などの局を挙げた大作も多いなか、「話題性の意味では独走している」と言っても過言ではないのが、『M 愛すべき人がいて』(テレビ朝日系)。
昭和の劇画を思わせるストーリー、ぶっ飛んだキャラクター、次々に流れる90年代のヒット曲など、すべてがネット上の話題となり、しかも「結局、一番おもしろい」「くだらないのに見てしまう」などと好意的な声が目立つ。
ただ同作は4月18日の第1話から、25日の第2話、5月2日の第3話まで放送されてからコロナ禍による撮影休止によって中断していた。盛り上がり始めていた時期だけに1カ月超のブランクは痛かったはずだが、ここまでネガティブな影響は一切見られない。
それどころか6月13日の第4話、20日の第5話は、ますます話題性が増すような内容だった。あらためて『M』は、なぜこれほど話題を集める作品となっているのか、そのポイントを掘り下げていきたい。
確信犯的な悪ノリを楽しめるか『M』は浜崎あゆみの自伝的小説をドラマ化したものだが、あまりにも脚色の割合が大きく、もはや別の物語と言ってもいいだろう。浜崎とアユも、恋仲となる松浦勝人とマサも、まったくの別人格であり、「A VICTORY」と「エイベックス」も、まったくの別会社。似ていないどころか、名誉毀損で訴えられそうなレベルのイジリ方をしているが、ここまで、けれんみだらけにしてしまえば、苦笑いはしても、目くじらを立てにくいのではないか。
第5話を振り返ってみても、恋愛シーンでは、FAXで熱烈な愛の告白をし、わざわざ渋谷のスクランブル交差点で抱き合い、波打ち際でバチャバチャ水をかけ合う。音楽シーンでは、プロデューサー同士がグーパンチで殴り合い、CDをお金で買い占めてランキングを上げ、ライバルが目の前で相手のCDを真っ二つに折り、CDがヒットしたらクラブでパーティーを開き、アルバムが1位を取ったら会社のロビーでお姫様抱っこをしながら「これが神様の答えだー!」と叫ぶ。
さらに、テレビ番組に出演したアユが「アユは……」「アユは……」「アユは……」と自分の名前を連呼して、世間の人々から「絶対バカだよね」「頭悪い」とののしられるなか、ラジオで「アユと一緒にバカになろう! アユと一緒に夢を見よう! みんなアユを信じろー!」と呼びかける一連のシーンは爆笑を誘った。
これらはすべて「ネット上の反響狙いでつくられたシーン」に見えるかもしれないが、その感覚は正しい。
もともと鈴木おさむはツッコミどころ満載の1980年代大映ドラマをイメージして書いていることを公言していたが、「もっとエスカレートできる=もっとバズらせられる」と思ったのだろう。つまり確信犯的な悪ノリであり、今後はますます笑いながら、ツッコミを入れながら、SNSに書き込みながら、見られるということではないか。
ディープキスとスピンオフの意味そして、主人公のアユ以上に注目を集め、「もう一人のヒロイン」となっているのが、マサの秘書を務める姫野礼香。第1話からオレンジ眼帯と狂気じみた言動でインパクトを放っていたが、放送再開後は礼香の出演シーンが明らかに長くなっている。
第5話で、礼香を演じる田中みな実は、三浦翔平、白濱亜嵐とのキスシーンがあり、なかでも白濱とは10秒を超えるディープキス。白濱が「僕、食べられてると思った」と笑ってしまうほどの濃厚なキスで視聴者の度肝を抜いた。このあたりの撮影はコロナ禍が深刻化する前のようだが、今ではめったに見られない濃厚接触シーンだけに、制作サイドは「してやったり」の心境だろう。
それ以外でも礼香はアユやマサの出没する場所に現れ、恐怖というより笑いに近い怪しげな姿を見せている。もともとスポット的に登場させる脇役のはずが、主役以上に見せ場の多いキャラクターになったのは、田中みな実の勢いであるとともに、スタッフたちが話題性重視の方針に振り切ったことの証だろう。当然ながら、礼香が目立つドラマになるほど、原作や浜崎あゆみのサクセスストーリーからはかけ離れていく。
さらに、6月27日24時5分からスピンオフ『L~礼香の真実~』がABEMAプレミアム会員限定配信されることが発表された。こちらは礼香の秘められた過去に迫る物語で、「なぜ異常なまでの執着心を持ち、愛のためなら手段を選ばない女性になったのか」が描かれるという。
地上波の第6話放送直後に、『スピンオフ「L~礼香の真実~」徹底紹介!』というPR番組が放送されることも含め、スタッフたちは「オリジナルキャラクターの礼香と人気絶頂の田中みな実を飛び道具として活用するだけでなく、ダブルヒロインのように遊び尽くそう」と思っているのではないか。
鈴木おさむは礼香について、「ぶっ飛んでいけばいくほど、切なさが際立つ」と語っていた。ただの狂気じみた女で終わるのか、それとも涙を誘うシーンがあるのか。最後までアユやマサと同等以上にネット上をにぎわせてくれるはずだ。
主演・安斉かれんは「ヘタ」「大根」なのか最後に触れておきたいのは、主演を務める安斉かれんの演技。ネット上には「ヘタ」「大根」などの声が飛び交っているが、当作は「ドラマ初挑戦の安斉がどう成長していくのか」を楽しむドキュメンタリーでもある。
また、鈴木おさむが「イメージして書いた」という大映ドラマ『スチュワーデス物語』の主演女優・堀ちえみも当時は同レベルだったため、安斉もそれに合わせてスタートしたのかもしれない。
さらに深読みすれば、「三浦翔平、田中みな実、高嶋政伸らが演じるキャラクターが過剰なほど濃いため、ヒロインは淡泊な演技の安斉のほうがバランスは取れる」という見方もできる。視聴者にとって、「安斉は本当に大根なのか?」「最後まで成長するのかしないのか?」を見届けるという連ドラならではの楽しさもあるのだ。
新型コロナウイルスの脅威がいまだ収まっていないだけに、『M』くらいバカバカしく、何も考えずに笑えるドラマがあってもいいのではないか。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)
●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。