リモートワーク続きで、時間の確保という面からはワーク・ライフ・バランスは達成しやすくなったともいえるが、一方でワーク(仕事)とライフ(プライベート)との区別が付けづらくなったという声も多く聞く。双方の区別が付けづらいと多くの人が感じている通り、このワーク・ライフ・バランス自体、そろそろ見直しの時期に来ているのではないだろうか。
ワーク・ライフ・バランスが疎外されると、それはストレス要因となり、ネガティブな感情につながると一般的には考えられており、そうしたことを裏付ける調査結果もある。定時で帰るつもりだったが、部下に依頼した仕事の進捗が気になり、残業となってしまい、イライラする。仕事時間外にもスマホに仕事の連絡が入り、イライラは募る。やり残した仕事が気になって、週末にもついPCを開いてしまう。イライラは頂点に達する。多くありがちな光景だ。
しかし、そもそも、ここまでデジタル化が進んだ現在、仕事とプライベートとの間に明確に線引きすることなど可能なのだろうか。線引きしようと強く思えば思うほど、それが崩れた時のストレスは大きくなる。つまり、仕事とプライベートとを無理に分けようとすることから、ネガティブな感情を抱くような事態に陥っているとも考えられるのだ。果たして、仕事とプライベートとの区別を付けたほうがよいのか、区別を曖昧にしたほうがよいのか。今一度、考え直してみる必要がありそうだ。
近年、ワーク・ライフ・バランスが取りざたされ、その実現にあたって、「働き方改革」も進んできている。
近年は労働人口の減少という事情もあり、女性の社会進出が進み、それにより、仕事と家庭との調和ということが叫ばれ、ワーク・ライフ・バランスに至っている。結局、女性が働くようになることで、両立の難しさから、少子化の方向が強まるという状況が起きる。現在の労働人口の減少を補うために女性の活躍を促進すると、将来の労働人口の減少を招くという矛盾が引き起こされることとなった。
そこで、少子化を招かないような方法で、女性に活躍いただこうということで、仕事と私生活の調和を図るという政策をとることになる。これが一つの背景だが、女性活躍の観点にとどまらず、介護の問題が増加している事実もあるし、仕事一辺倒ではない多様な生き方を支援し、充実した人生を送ることを後押しするという目的も兼ねている。
「仕事は忌み嫌うべきもの」との前提アメリカにおいても、同様な成り立ちをしている。ワーク・ライフ・バランスという考え方が生まれたのは、1980年代のアメリカであるとされる。当時、IT技術の革新などによって産業構造が大きく変化し、女性の活躍する職場は飛躍的に増えた。そこで問題になったのが、仕事と子育ての両立である。優秀な女性従業員が子育てをしながら仕事を続けられるように企業が打ち出したさまざまな支援策が、今日のワーク・ライフ・バランス支援の始まりである。
当初、こうした支援策は「ワーク・ファミリー・バランス」または「ワーク・ファミリー・プログラム」と呼ばれていた。つまり、明らかに「仕事と子育て」を意識したものだった。しかし、1990年代になると、仕事とそれ以外の生活の調和は、子供のいない女性や男性にとっても重要と考えられるようになっていった。
これらの目的自体はすべての関係者にとって賛同できるものであろう。しかし、仕事と私生活の調和というのは、言葉で言うほど簡単なことではなく、さまざまな問題が起こってきている。そもそも、ワーク・ライフ・バランスという発想の中には、仕事とプライベートとを対立軸と考え、ワーク(仕事)はストレスが溜まるものであって、ライフ(プライベート)はストレスを発散する時間というイメージが含まれているように思われてならない。
極端にいえば、仕事は忌み嫌うべきものとの前提がありはしないだろうか。少なくとも、仕事とプライベートとの区別ということを明確に主張している人の中には、そうしたトーンが見え隠れする。「仕事時間外はいっさい仕事のことなど考えたくはない」といった感じである。
ワーク・ライフ・バランスは、やじろべえや天秤の絵でイメージが描かれることが多いように、バランスをとるというのは難しいわけである。天秤にかけている時点でちょっとした比重のズレでそのバランスは不安定になりやすく、この仕組みは危うい。もっと安定した仕組みが欲しくなる。
現代社会はテクノロジーの発達で、仕事とプライベートの境界線はますます線引きが難しくなっている。いつでもどこでもスマホでメールを見たり、仕事をすることができる。線引きが難しいなら、いっそ統合・融合してしまおうというのが、ワーク・ライフ・インテグレーションだ。ワークとライフを別のものと分けて考えるのではなく、双方を⼈⽣の構成要素としてあえて境界線を設けず、柔軟かつ統合的にとらえることで、双⽅の充実を求める働き⽅のことだ。
ケンタッキー大学の学長で経営学者のクリスティーン・M・リアダン氏は次のように述べている。
「職場から家庭へ、あるいは家庭から職場への『ネガティブな波及効果』を避けるためには、すべてを同じ枠組みに入れ、一貫した物語をつくらなくてはならない。それによって、仕事と私生活の断絶を緩和できる」
仕事と私⽣活の境界を曖昧にすることで生産性が上がるという研究結果も発表されている。ストレスを軽減するにあたって、より明確に境界線を引こうとする方向性は誤りのようなのだ。⼀時期、ワーク・ライフ・バランスに関する最良のアドバイスは、「仕事とプライベートの間に明確な線引きをすること」であった。だが最近の研究によれば、仕事上の役割と家庭での役割を厳格に区別し続けることが、実際にはストレスを招いているおそれがあるということがわかった。それは、葛藤とストレスを抱え込むようになり、公私両面での消耗を招くようだ。
結局、公私ともに充実させるための方法として、仕事と私生活との間に境界線を引くことは逆効果なのだ。この方法とは反対に、双⽅を融合させれば、⼼⾝の健康と仕事のパフォーマンスが向上する可能性があるという。仕事と私生活の境界を曖昧にすることこそが解決策であると、米オーラル・ロバーツ⼤学准教授で経営学者のデイビッド・バーカス氏は言う。
バーカス氏は、⼼理学の概念の1つ、「認知上の役割転換」を用いてこれを説明している。職場で仕事をしている最中に家庭のことが脳裏に浮かんでいる時、仕事上の役割から家庭での役割へと、認知の転換が起きている。この転換はたとえつかの間であっても、仕事の遂⾏に必要なエネルギーと集中⼒を消耗させる。このような役割転換はストレスの元になりかねない。同様に、家庭において、突然仕事絡みの事柄が頭をよぎることがある。それを振り払うには努⼒が必要だ。こうした認知の転換は労⼒を伴う。明確に線引きすることは、認知の転換を最小限に抑えるうえで効果はないのだ(Research: Keeping Work and Life Separate Is More Trouble than It’s Worth /August 09, 2016)。
事実はその反対である可能性を、ボールステート⼤学とセントルイス⼤学の研究チームが発⾒した。
つまり、仕事とプライベートとの間に、厳格で融通の利かない境界線を引くよりも、あえて境界線を曖昧にし、自然にさまざまな思念が浮かぶに任せて対処したほうが、結果としてエネルギーの消費を防ぎ、ストレスを軽減することにつながるのだ。目的は、仕事の時間とプライベートの時間とを分けることではない。仕事もプライベートも豊かにし、充実させることだ。それにあたって、これまで有効とされてきた、双方の間に境界線を引くという方法は、どうやら逆効果のようである。
むしろ、境界線は曖昧にし、目的へ向けて両者を融合していく、ワーク・ライフ・インテグレーションの方向へ向かうべきなのだ。ワーク・ライフ・バランスの発想からすれば困難なことのように思われるかもしれない。しかし、そうすることでストレスが軽減されるということが何よりもの証拠であるように、それがむしろ自然な方向なのではないだろうか。
(文=相原孝夫/HRアドバンテージ社長、人事・組織コンサルタント)

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