近年、新たな職業として、注目を集めることも多い「プロゲーマー」。現在、競技としてのビデオゲーム……すなわち「eスポーツ」は、ゲームタイトルによっては大会優勝賞金が1億円以上になることもあるほどにシーンが拡大。
昨年末、そんなプロゲーマー界隈でちょっとした炎上騒ぎが勃発し、物議を醸した。セミプロゲーマーチームが、未成年の所属メンバーに、労働基準法違反の“ただ働き”を強いたというのだ。いったい何が起きていたのか。
昨年12月、グラドル夢見るぅによる「ゲーム不正」が発覚し、大炎上に発展ことの発端は、グラビアアイドルとしても知られる夢見るぅの言動。2019年1月に放送された『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)に出演し、「Iカップ」を武器に芸能界デビューを果たした人物だ。
そんな彼女が、一人称視点のシューティングゲーム(FPS)『Apex Legends』(米国ゲーム開発大手Respawn Entertainmentが開発、エレクトロニック・アーツが販売)のPS4版を、「コンバーター」と呼ばれる器具を使ってプレイしているのではないか……という疑惑が発生。門外漢にとっては「?」な内容だが、ここでいう「コンバーター」とは、PS4にマウスやキーボードを接続することが可能となる器具。本来はコントローラーでプレイするPS4版は、マウスやキーボードを用いるPC版に比べて相手に狙いをつけることが難しい。そのため、その差を埋めるために「エイムアシスト」という機能が実装されているのだが、コンバーターを使用するとこの機能を利用したままPC版と同じ環境でプレイができるため、同ゲームの運営サイドが公式に禁止している行為なのである。
ところが、夢見が9月にTwitterに投稿した画像に、このコンバーターを装着したPS4がうつっていたことが発覚。12月上旬にこの疑惑が浮上し、Twitterの炎上ニュースをまとめるアカウントが12月15日にこの件を投稿して、一気に炎上状態へと発展したのである。
夢見は同日、そのアカウントに対して投稿を削除するようTwitterのダイレクトメッセージ機能を使用して呼びかけたものの、そのアカウントは翌16日、削除を拒否するとともに、夢見が未成年2人と飲酒している画像を公表。夢見だけではなくこの2人にも批判が集まることとなったのだが、この未成年の参加者のひとりが、『Apex Legends』をプレイするセミプロゲーミングチーム「HYUGAR」に所属する「kentoboss」というプレイヤーであったことが発覚したことにより、さらなる問題が発生する。
HYUGARはこの件を受け同16日、Twitterの公式アカウントで、kentobossが成人する2021年7月25日まで、「収益化、報酬、サポートの全てを停止し、無償で活動する事となりました」と発表。さらにkentoboss本人もこの投稿を引用し、「浮ついた軽率な行動をとってしまい申し訳ありません。チームの処罰に従いこれから心を入れ替えていきます」(いずれも原文ママ)と、処分を受け入れることを表明。
またkentobossはその後12月25日には、今回の自身の未成年飲酒について警察に出頭し、指導を受けたことをTwitterで公表。2020年中は活動を自粛し、2021年が明けてから活動を再開すると宣言した。つまり、本人の同意こそあれ、未成年飲酒のペナルティとして、所属するメンバーを8カ月間という長きにわたって「ただ働き」させることを宣言したということになるのだ。
この処分の発表後、ネット上では「これは労働基準法違反ではないか?」「無償で活動させるなんてブラックすぎる」「未成年飲酒のペナルティだからといって、ただ働きさせていいの?」といった、当然といえば当然の批判が巻き起こり、大炎上。
こうした声を受けてか、HYUGAR公式アカウントはこの投稿をすぐに削除、翌12月17日には、「本選手は雇用契約ではなく業務委託契約となっており、今回の件でイベントや大会への斡旋を控えさせて頂くという処置になります」と処罰について説明し、つまりは労働基準法違反にはならないと主張。「配信活動等は、本選手が自由に活動でき制限も設けておりません」などと釈明することとなったわけであった。(いずれも原文ママ)
その後、kentobossは宣言通り、年が明けた1月2日にはTwitter上でゲーム動画のシェアを行い、活動を再開。
YouTuber界隈やゲーム業界など、ネットの発達で近年勃興したタイプの新しいエンタメ業界では、まだ歴史が蓄積されておらず、にもかかわらずSNSで各々の主張を簡単に発信できてしまうがゆえ、昨今話題のてんちむとかねこあやの間のトラブルのように、揉めごとの当事者同士の臆面もないケンカに発展して醜態を晒したりしてしまうケースも多い。また今回のように、トラブルが起きた際に社会一般の常識・マナーにのっとった対応をできず、ときに法的に問題のある対応をしてしまうケースもままあることだ。
さて、上記のセミプロゲーミングチーム「HYUGAR」の一件、法的にみるとどうなのか。果たして「業務委託契約」であれば、こうした“無償の活動”も許容されるのだろうか。東京都内で弁護士事務所を営むある弁護士に話を聞いてみた。
「詳細な契約内容が不明である以上、あくまでも出ている情報をもとにしか回答できませんが……。
業務委託契約には、民法632条に定められている『請負契約』と、民法643条に定められている『委任契約』の2つがあります。前者は何かしらの成果物を作る契約であり、後者は契約にのっとった活動を行うというもの。
請負契約は報酬を支払うことが必須ですが、委任契約についてはそうではない。
HYUGAR側が削除した投稿は、未成年飲酒のペナルティとして、有償であった契約を無償に変更する……というふうに捉えられるものでしたよね。未成年飲酒は企業や団体の社会的評価に重大な悪影響を与えるものであると判断できますから、契約内容を表明の通りに変更をする余地はあるのではないかとは思います」
プレイヤー側が不服だとして訴訟を提起した場合には「無償活動」は問題となってくるのではないかとはいえ、これがHYUGAR側とkentobossさんとの間の訴訟などに発展した場合には、「無償の活動を強いた」として、チーム側にとってかなり不利になってケースも考えられるという。
「今回は、少なくとも互いの宣言を読む限り、ペナルティとしての『無償で活動する』という処置に、チーム側とプレイヤー側との双方が合意しています。しかし、ネット上で多くの疑問の声が上がっていた通り、『ただ働きをさせるのは許されない』という社会通念上の問題があります。ゆえに、もしプレイヤー側がこれに納得いかないとして訴訟を提起した場合には、裁判所の判断によって、こうした契約が無効だとされる可能性が高いといえます。
また、この委任契約は名前の通り、委託者側の代理として契約を履行するという側面が強いため、業務の遂行において必要となる費用は、委託者が負担することとなるのが原則です。つまり、仮に無償での活動に両者が合意をしていたとしても、例えばその活動にあたって交通費などが発生した場合は、それは委託者であるHYUGAR側が負担することになるのが原則だといえますね。
まあ、これは個別の契約内容にもよるので判断が難しいところですし、そもそも削除した『無償で活動させる』という投稿と、その後の釈明における『イベントや大会への斡旋を控える』という投稿とでは、その内容がかなり異なるような印象を受けるので、実際のところがどうなっているのか……」
日本eスポーツ連合(JeSU)なる国内競技連盟が誕生したものの、まだまだ発展途上のeスポーツ業界多くのプロスポーツ選手も、所属チームとの間で業務委託契約を結んでいることは多い。とはいえ、たとえばプロ野球においては『最低年棒は、育成選手の場合240万円』などと日本プロフェッショナル野球協約によって定められるなど、金銭面の待遇に関しては、明確に規定されている場合がほとんどだ。しかし、まだまだ市場が形成されてから日が浅いeスポーツ業界にあっては、こうした明確なルールは望むべくもないだろう。
2018年2月に日本eスポーツ連合(JeSU)なる国内競技連盟が誕生したものの、同団体が掲げた「プロライセンス制度を発行すれば、高額賞金の大会が実現できる」との主張が大きな物議を醸すなど、まだまだ発展途上段階にあるこの業界。今後は、こうしたネガティブな話題を振りまかず、さらなる発展を遂げてほしいものである。
(文=編集部)