コンビニエンスストアチェーン各社はカウンターコーヒーをめぐって激しく争い、カフェ業界ではサードウェーブコーヒーが注目を集めるなど、このところコーヒー市場は活気がある。2013年にはコーヒーの輸入総量が、史上初めて生豆換算で50万トンを突破した(全日本コーヒー協会「日本のコーヒー輸入量の推移」)。



 実は、1人当たりが飲むコーヒー総量の「平均週11杯弱」(同/調査対象:中学生から79歳)のうち、約64%が自宅で飲まれる。次いで多いのは職場や学校の約24%だ。

●“うちカフェ”需要に応え、5年で店舗数が倍増

 そうした「うちカフェ」需要に応える代表的な店の一つとして「カルディコーヒーファーム」(株式会社キャメル珈琲)がある。北海道から沖縄まで全国各地に店舗があるので、利用経験のある人も多いだろう。最新の直営店舗数は341店(14年8月現在)と、5年前の161店(09年1月末)から倍増した。それに伴い売上高も急増し、13年8月期には694億円(同社単体)と07年8月期の215億円から3倍以上に拡大した。

 店の名前は、コーヒーを発見したといわれるエチオピアのヤギ飼い、カルディからとった。店内には、そのカルディ伝説がパネルで紹介されている。現在ではコーヒー豆よりも、ワインや輸入食品などを扱う食品小売店のイメージが強いが、出発はコーヒー豆を喫茶店に卸す焙煎業だった。

 1号店の開店は1986年で、東京・下高井戸駅前の小さな店だった。現在も同駅を降りた商店街に店はあるが、当初は昔ながらの下高井戸駅前市場にあった。この場所が象徴するように、店づくりでこだわったのは「市場っぽさ」――。
手軽に商品へ手を伸ばせる雰囲気にしている。

 最近は、出店する場所や周辺の雰囲気に合わせて整然とした商品陳列も行うが、基本はボリューム感あふれる陳列が特徴だ。オリジナルのコーヒー豆も多数取り揃えている。

 現在の小売業に進出したのは、取引先から「コーヒー豆だけでなく、業務用パスタソースも欲しい」といった要望に応え、品揃えを増やしていった。当初は、パスタやホールコーンなどの業務用商品や、個包装したスパイスを中心に販売したという。

●コーヒーサービスで売り上げ増加

 カルディをよく利用する人にはおなじみだが、同店は紙コップに入れたコーヒーを入り口で手渡す「コーヒーサービス」を実施している。下北沢店(現在は閉店)で始めた、このサービスが現在の発展を築いた起爆剤となった。店舗統括部長経験もある同店の元店長は、こう説明する。

「下北沢店は92年7月に3号店としてオープンさせました。私が店長を務めましたが、夏の盛りに開店したこともあり、1日の平均売上高は17万円と不振でした。そこでお客さまを呼び込むために始めたのがコーヒーサービスです。路面店の下北沢店には2階もありますが、コーヒーを渡したお客さまは、それを片手に2階に足を運んでくださるようになりました。
商品を取ってレジに直行するお客さまは減り、店での滞留時間も売り上げもアップしました。開店2カ月後の9月には、平均売上高は40万円にまで伸びたのです」

 そして消費者心理を巧みにくすぐった、この成功体験を、各店舗に水平展開していったのだ。品揃えが拡大した今でも、カルディの基本はコーヒー豆だという。店名には「コーヒーをもっと気軽に飲んでほしい」との思いが込められ、コーヒー提供はその象徴となっている。社内では「コーヒーサービスが一人前になれば、ほかの仕事でも一人前になれる」との共通認識がある。

 ちなみにコーヒーサービスで手渡されるのは、カルディオリジナル銘柄の「マイルドカルディ」で、コーヒーミルクと砂糖の量も決まっている。同商品が配られる理由は「クセがなく、誰にでも好まれる味だから」だという。

●女性の感性で女性客の心をつかむ

 そんなカルディの店舗スタッフは基本的に全員女性で、全従業員の98%が女性だという。それは、食材に興味を持つのは圧倒的に女性が多いからだ。最近は男性客の姿も見かけるが、大半は女性客で、特に若い世代は、雑貨が人気の書店「ヴィレッジヴァンガード」と同じように、「雑貨を探す」感覚で同店を利用する人も多いようだ。

 現在の主力商品であるワインも、お客からの要望で始めた。関連会社のオーバーシーズがイタリアワインなど各国のワインを輸入し、それをカルディ店舗で販売している。
ワインを取り扱うようにすると、それに合う食材も必要となり、チーズや生ハムなどの品揃えも充実させた。「ワインを手がけたことで客単価も上がり、食材の幅も広がりました」と同社は語る。

 また、頻繁に店頭や店内の陳列を変えるのも持ち味だ。これは生鮮食品に比べて季節感の乏しい加工食品を活性化すること、意外な食品に出会う「宝探し感覚」を提供することの2つの狙いある。当然ながら、これらの作業も女性スタッフが行う。にぎわいを打ち出すために週単位で変えて、イベントの先取りも重視。今では多くの小売店が手がける方法だが、昔から11月からクリスマス、年が明けたらバレンタイン、早春にはお花見、秋にはハロウィンにちなむ商品を集め、季節を先取りして店頭に変化をつけてきた。

 コーヒー業界に詳しい経営コンサルタントは、「面白いのは、本社のトップダウンではなく、女性店長に仕入れを任せてきた点だ。店長が『これは面白そう』と感じる食材を仕入れ、販売している。女性の感性で品揃えを充実させて、売り上げ拡大を果たした」と解説する。

 流通業界を取材すると、よく「もうチラシ広告の時代ではない」との話を耳にする。確かに、現在の消費者は「ロールバック(長期間の安売り)」は好まない。
毎日変わる売り場を楽しみ、その日の目玉商品を買うことで、買い物上手な自分を秘かに誇りに思うのだろう。その意味で、カルディの手法は「チラシ広告感覚」だ。競合の多い中にあって、今のところ顧客ニーズをつかんでいるといえるだろう。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト)

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