クール・ジャパンや日本文化の発信としてKAWAii(かわいい)文化が注目されている。一口にKAWAii文化といっても主に以下の3系統あり、それぞれの系統が海外と国内でターゲット層も受け止められ方も違っている。



(1)東京・秋葉原のおたく萌え系

 アニメファンが少女キャラに萌え、コスプレやメイド服を貴ぶ文化である。海外からみたKAWAii文化は、このオタク萌え系のイメージが強い。美的ファッション性よりもアニメと関連した意味づけに重きが置かれる。ちなみに、アイドルグループAKB48は国内では人気だが、海外、特に欧米では今のところそれほど受けていない。

(2)渋谷の赤文字系ファッション

 20歳前後のOLや女子大生を対象とした「JJ」(光文社)、「ViVi」(講談社)、「Ray」(主婦の友社)、「CanCam」(小学館)といった女性ファッション誌の題字が赤であったことから、これらの女性誌がターゲットとするファションを赤文字系という。延長上にファッションモデルをイメージした、男性に「愛される」コンサバ(保守的)なファッションであり、東京ガールズコレクションが象徴的祭典である。アジアでは一定の支持があるが、欧米ではファッション業界の一部に注目されているにとどまる。

(3)原宿の青文字系ファッション

 原宿のヘアメイク、アパレル関係の専門学校生とOBが支持。男性に媚びず同性から「かわいい」といわれることを意識し、エッジの立った自分の個性を表現するファッション。アジアだけでなく欧米でも大人気の歌手でモデルのきゃりーぱみゅぱみゅが最も有名なタレント。ただし、海外のファンはきゃりーぱみゅぱみゅをオタク萌え系のタレントとして支持しているきらいがあり、実はマンガにもアニメにも関心の低い本人とのギャップがある。

 雑誌でいうと、個性的な「CUTiE」(宝島社)、「Zipper」(祥伝社)、ガーリーな「mer」(GAKKEN PUBLISHING) 、ゴスロリの「KERA」(ジャックメディア)など、見た目にまったく違うファッションを含んでおり、赤文字系ほどの統一感はない。
「CUTiE」や「Zipper」は非対称的で片方の髪にバリカンがはいっていたり、いかにもセンスがある個性的な、ある意味で難しいファッション。対照的に「mer」は、前髪パッツンにニット帽、ふわふわスカートかサスペンダーデニムにリュックを背負ったスニーカーが典型的なカジュアルファッション。そして「KERA」は、メイド・コスプレのオタク系とは似て非なるゴスロリを展開している。きゃりーぱみゅぱみゅが所属するアソビシステムの中川悠介社長が、これらの雑誌を原宿の「青文字系」文化とまとめて表現して世に広めた。

●そもそもKAWAii文化とは

 筆者は2005年から、古典『枕草子』(清少納言)の「をかし」は「かわいい」と現代語訳するべきであり、世のすべての諸事を「かわいい」と「かわいくない」とで二分する現代の女子高生は清少納言の正統な後継者だと主張してきた。例えば、「春は曙がかわいい」「冬は昼下がりの白い灰ばかりの火鉢がかわいくない」などとなる。それは、作家・四方田犬彦氏が『「かわいい」論」』(ちくま新書/06年)において、「かわいい」の源流が11世紀の枕草子にあるとするのとほぼ同様の趣旨であった。

 四方田氏も言うように、約1000年間継承されてきた日本の「かわいい」という感性の本質は、まず「未成熟の肯定」にある。「枕草子」も小さいものは「みなうつくし」という。完全に明るくなりきらない春のあけぼのを高く評価するのも同じ感性だろう。そして、「未成熟の肯定」がわずかに転じて、「不完全の肯定」「非対称の肯定」につながっていった。

 よく言われるように、ギリシアの「完全と対称と均整による美意識」とは対照的に、日本の美意識は「不完全と非対称と不均衡」に趣向を凝らしてきた。
それは、江戸時代の浮世絵に引き続き現代のアニメにも当てはめられ、人気キャラクターは未成熟の少女であり、ギリシア彫刻とは対照的に頭と胴と脚の比率が不均衡な「トトロ」(スタジオジブリ)であった。また、社会学者・上野千鶴子氏が『セクシィ・ギャルの大研究』(岩波書店/82年)で指摘したように、歌手・松田聖子が左右非対称の仕草で確立した「かわいこぶりっこ」は、その後の洗練を経てコンサバファッションになっていく。さらに、調和を拒否する感性は、きゃりーぱみゅぱみゅのポップな原色の使い方とメイクとファッションにつながっている。

 西欧の主流の美学と対照的なこのKAWAiiの感性が、海外の人々には新鮮で個性的な魅力に感じられているのだろう。

●KAWAii文化 3系統の違いと関係

 それでは、前述したKAWAii文化の3系統の違いを、ビジネスパーソンには馴染みの薄い「原宿青文字系」とそれ以外の違いからみてみよう。

 青文字系の最大の特徴は、エロスの拒否と個性の自由な発揮である。もともと、青文字系は赤文字系と違い、男に媚びず、男を意識しない。従って、エロスの要素が完全に消されている青文字系のプロダクションであるアソビシステムのタレントへの対応方針は、恋愛自由、水着禁止、ネット発信奨励である。対照的にAKB48では、恋愛を禁止しつつ、プロモーションビデオで全員が水着で登場し、明るいエロスが売りである。

 さらにいえば、青文字系はストーリーに対する関心が希薄で、感性によって「かわいい」か「かわいくない」かの瞬間的な判断を優先するように感じる。この点は、萌えオタク系がアニメの歴史やストーリーに詳しくこだわりを持ち、ファッションの美しさよりもその服の意味にこだわるのと対照的だ。また、赤文字系が、ブランドやファッションの時代による変遷や、TPOに合った「着回し」に関心を払うのとも異なっている。


 やや強引に言えば、エロスがなくストーリーよりも明るい感性を優先する青文字系は、清少納言。愛されることに関心が高く、場面転換のあるストーリーを好む赤文字系は古典『源氏物語』の作者・紫式部。エロスとストーリーが優先され、簡略化された個性的な絵画的表現を好む萌えおたく系は、浮世絵の系統といえよう。

●海外ビジネス戦略

 さて、このように、KAWAii文化の内容が何を含んでいて、それぞれがどういう関係であり、どのように海外・国内で受けているのかよく理解した上で、ビジネスの戦略を練らないといけない。

 先日、タイムアウト東京で行われたトークショーで、アソビシステムの中川氏は、KAWAii文化の世界への発信を目指して自身が立ち上げている「もしもしにっぽん」プロジェクトの説明を行った。そこで筆者は、海外で受けているKAWAii文化は萌えおたく系が大きな部分を占めるが、青文字系のアソビシステムとしてはどうするのかと質問してみた。中川氏は次のように非常に明快に答えてくれた。

「海外と国内を完全に分けて考えている。国内は今まで通り萌えオタク系とも赤文字系とも違う青文字系の道でいく。一方、海外は間口を広く敷居を低くし、萌えオタク系も赤文字系も取り込んでいく。従って、海外での『もしもしにっぽん』においては、アソビシステムは一部でしかなく、それでいいと思っている」

 海外でもきゃりーぱみゅぱみゅをヒットさせ、国内外のファンの反応を肌身で感じている中川氏だからこそ得られた結論であり、傾聴に値するといえる。
(文=小林敬幸/『ビジネスをつくる仕事』著者)

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