国内自動車部品最大手のデンソーが2月3日に突如発表した社長交代が、トヨタ自動車グループ内で大きな波紋を呼んでいる。本命視されていた鹿村秋男副社長(60)ではなく、14人抜きで有馬浩二専務役員(56)が大抜擢されたからだ。
デンソーはいつもオーソドックスなトップ人事を行う会社であり、取締役でもない人を抜擢する人事は珍しい。同社の社長人事は事務系と技術系のたすきがけなので、事務系の加藤社長の次は、生産部門を束ねる人格識見とも高い技術系の鹿村氏が「当確」のはずだった。
しかし、豊田社長が難色を示した。トヨタにとってデンソーやアイシン精機などグループ大手は持分法適用会社であり、株主としての支配権はないが、トップ人事にはトヨタの意向が反映される。豊田社長が最も気にしていたのは年齢だ。陸上ホッケーでオリンピック候補選手にもなったことがある豊田社長は、礼儀など先輩後輩の関係を重視する体育会系。いくらグループとはいえ、年上の社長とは率直に意見交換できないのが悩みだった。トヨタグループ11社の社長が集まって朝食をとりながらざっくばらんに情報交換をする月に1度の「朝の会」も、豊田社長は年上の社長がいるのを嫌って欠席しがちで、とうとう社長ではなく会長が集まる会合に衣替えさせたほどだ。
また、豊田社長は自分に対して耳の痛いことを意見具申するタイプも嫌いだ。
こうした豊田社長の意向を忖度しながらグループ企業のトップ人事の調整をしているのが、トヨタの人事担当の上田達郎常務役員だ。人事部門が長く、能力が高いために若い頃から同部門のエースといわれてきた逸材。この上田氏は豊田社長に取り入るのがうまく、「トヨタの柳沢吉保」と呼ばれるほど手腕が高い能吏でもある。役員人事に限らず、元秘書など豊田社長が日頃から目にかけている若手社員を特別選抜で部長に昇格させて、豊田社長に気に入られるのがうまい。忖度して豊田社長の意向通りに人事を進めるので、上田氏は副社長にまで出世するのは確実といわれている。ところがその一方で、「社長に気に入られているのをいいことに、上田は自分の出世の邪魔になりそうな目の上のたんこぶの人事部門出身の先輩役員の放逐を画策している。策士、策に溺れることにならなければいいが」(トヨタグループ首脳陣)と心配する声もある。
●「相談役3年制」の真の狙い
また、豊田社長は昨年6月から、これまでの相談役制度を改め、副社長以上の経験者は亡くなるまで相談役・顧問の地位で処遇していたのを、「相談役3年・顧問3年制」にした。相談役を3年、その後顧問を3年の計6年経てば、送迎用の車も秘書も付かず、元社長・会長でもただの人になってしまう。
しかし、その真の狙いは、豊田家の意向に逆らいがちな奥田碩相談役と渡辺捷昭相談役を手っ取り早く放逐することにある。不平不満が出るのを防ぐため、豊田社長の意向を受けた上田常務役員が副社長以上の経験者を一人ずつ回って、制度改定の主旨を説明したそうだ。
こうして、世間受けする綺麗ごととしては「若返り」「老害廃止」などを標榜しているが、その一方で豊田社長は「副社長定年65歳」を見直す考えで、「能力があれば年齢は関係ない」と周辺関係者に言っているそうだ。これも世間受けする正論だが、真の狙いは、自分に忠誠を誓ってくれる副社長はできる限りいつまでも副社長のポストに置いておきたいということにある。
とにかく豊田社長は本音と建前がかい離している。建前では、質実剛健を好むといいながら、自分は昨年のベストドレッサー賞を受賞して浮かれていたり、みのもんたのパーティーに出て、はしゃいでいたりするところを写真週刊誌に撮られている。
外部から見えづらい今のトヨタの実態は、言ってしまえば能力に関係なく社長の好き嫌い人事が社内で横行して、それを利用する「社内官僚」が跋扈している姿にすぎない。そして好業績を理由に社長自らが緩みきっているのだ。リーマンショック後の赤字転落、その後の米国での大規模リコール問題などから立ち直って、トヨタは過去最高益を出している。
しかし、いくら過去最高益を出して、株式市場や世間から評価されても、好き嫌い人事によって適材適所が妨げられ、トップが有頂天になって浮かれているようでは、いずれ馬脚を現わすに違いない。
(文=富田裕介/ライター)