矢野経済研究所が昨年5月に発表した「国内靴・履物小売市場に関する調査結果2013」によると、2012年度の国内靴・履物の小売市場規模は1兆3540億円で前年度比2.4%の小幅増。13年度も市場伸び率は前年度比2.3%増と小幅の予測。

同社の市場規模推移によれば、07年度の1兆4470億円をピークに08年度は1兆4060億円に縮小、09年度以降はさらに縮小して1兆3000億円台で実質横ばいを続けている。

 総体的に見れば靴小売りは成熟市場。そんな伸び代のない市場で靴専門店、スポーツ用品店、百貨店、総合スーパー、ホームセンター、インターネット通信販売などが入り乱れて激しい競争を展開している。

 そんな中、靴専門店・ABCマートを展開するエービーシー・マートが今年1月7日に発表した15年2月期第3四半期連結決算は、売上高が前期比14.6%増の1580億円、営業利益が同23.2%増の321億円、最終利益が同28.5%増の193億円と増収増益だった。通期予想も昨年10月に上方修正した売上高2130億円(前期比13%増)、営業利益406億円(同19%増)、最終利益244億円(同21.8%増)を据え置いた。これにより、同社の13期連続増収増益がほぼ確実となった。

 同業態ライバルのチヨダとジーフットの業績が伸び悩んでいる中、同社はどうして独り勝ちしているのだろうか。同社はこれまで「デフレの勝ち組」としてその成長ぶりがメディアにしばしば取り上げられ、靴小売業界では異例のSPA(製造小売り)によるビジネスモデルの成功などが、成長要因とされてきた。

 だが、業界関係者に話を聞いてゆくと、勝利の方程式やビジネスモデルの裏に、それらを生かす現場の地道な改善の積み重ね、すなわち論理的でわかりやすい近年の「計画経営」花盛りの下でなおざりにされがちな泥臭い「現場力」を、同社は磨いてきたことがうかがえる。

●平均2000点の商品データを暗記している店員

 ABCマートの朝礼は、ちょっと変わっている。同社関係者によると、朝礼は営業開始20分前に始まる。内容は(1)前日の売り上げ報告、(2)当日の売り上げ目標、(3)当日の推奨品紹介、(4)業務連絡、(5)ABCマート接客3原則唱和。
(3)以外は、小売りチェーンや外食チェーンでよく見られる朝礼風景だ。

(3)の当日の推奨品紹介は、重点販売商品の時もあれば、新商品のこともあるという。いずれにせよ、単にデザインなど特徴を紹介するだけではなく、必ず全員の前で実物を掲げ、そのセールストークを紹介するのがABCマート流だ。

 例えば、天気が雨と予想されている日は「この紳士靴は表面をエナメル加工してあるので、雨の日も履ける。それを客に説明すると購入率が高まる」などと、推奨品のセールスポイントをかなり具体的に説明する。

 同社関係者は「初めから『この靴を買おう』と決めたうえで来店する客は少ない。大半は『何かいい靴があれば』と考えながらやって来る。だから雨の日にエナメル加工の靴を紹介すると、得心して買ってゆく。小売り業で一番重要なのは、ニーズを取りこぼさないこと」と言う。つまり、当日の推奨品紹介は、販売機会を逸失しないことが目的のようだ。

 このように、同社の現場では日々、その日の状況に応じた推奨品のセールストークによる「POPのない販促活動」が行われている。

 同社の店員(正社員)は1時間平均2~4足売るのが一般的で、ベテランになると1時間平均6足以上も珍しくないという。


 靴は紳士靴、婦人靴、子供靴、スポーツシューズなどの種類の違いに加え、ブランドごとにサイズと色が異なり、通常の店舗で、平均2000点程度の品揃えをしているといわれる。同社の店員はそれらの靴を、どのコーナーのどの棚の何段目に陳列してあるかをほとんど暗記しているという。

 このため、例えば客がランニングシューズを買いに来ると「練習やレースに使うのか、普段履きとして使うのか、初めて買うのか買い替えか、好みのブランドはあるのか」などを接客しながら聞き出し、客のニーズに合った靴を提案できる。

 いくら正社員といえども、2000点もの商品データを暗記できるのか疑問だが、前出関係者は「自分で履いて、客に説明して、売ってということを1年もやっているうちに、自然に覚えてしまう」と、事もなげに言って笑う。

●本部の統制やマニュアルに縛られない現場

 では、こうした現場力は、どのようにして磨かれたのだろうか。

 同社に詳しいマーケティング関係者は「どのような経緯で醸成されたのかはつまびらかではないが、同社には『過度に指導しない』人材育成土壌がある。平たく言えば『自分で売り方を考え、自分のやり方で売れ』。だから同社にはチェーン業種に付き物の接客マニュアルがない」と、次のように説明する。

 接客マニュアルを作ると、それが縛りになって、マニュアル以上の接客ができなくなってしまう。「マニュアルにないことは店長に聞く」といった具合に、指示待ち人間になる。マニュアル以上の接客をして失敗すると減点評価されるが、マニュアル内の接客で失敗すれば、「マニュアル通りの接客をしたのですが」と言い訳が立つ。そんな現場で1年も過ごすと「マニュアル通り」が一番楽になる。
その結果、店員は客ではなくマニュアルに向いて仕事をするようになる。同社の現場は、これと真逆のことをしている。

 つまり、自分が考えた接客で靴が売れるとうれしい。だからもっと売れるように工夫する。そこに仕事のハリが生まれ、売るのが楽しくなってくる。

 前出関係者は「それが同社の現場力の磨き方だ」と指摘する。入社して1年もたつと、「どのコーナーのどの棚のどの段に、どの靴があるか。それをどんなふうに客に奨めると喜んでもらえるのか」をそらんじてしまうのは、そうした背景があると分析する。

 これに関して、同社の野口実社長もかつて「プレジデント」(プレジデント社/09年3月30日号)のインタビューの中で、次のように話している。

「接客では来客のニーズ把握が最重要。世間話のような対話をし、試し履きをしてもらっている間に、この客はその価格帯の靴が欲しいのか、そのブランドが好きなのか、その色が気に入ったのかなど聞き出すのではなく感じる。すなわち察知しないといけない。
察知しないと、試し履きした靴が気に入らない場合、さっと気に入りそうな次の靴を提案できない。提案できないと客はそのまま帰ってしまう」

 無論こんな接客は、誰でも一朝一夕にできるようになるわけではない。店員自身の日々の努力と工夫が大事になる。

 野口社長は、接客プロのような口上手店員よりも「口下手でも小さな改善をこつこつと愚直にやっている店員が当社では伸びている」とも述べている。

●現場は顧客志向と販売競争のるつぼ

 成熟・激戦の市場で同社が成長し続けているのは、接客の重視、店員の豊富な商品知識、店員の自主性を尊重する社風などによる現場力以外の何物でもない。その現場は飽くなき顧客志向であり、貪欲なまでの販売志向でもある。

 同社では週末になると、役員も本社管理部門の社員も揃って店頭に立つ。野口社長が店員に混じり率先して靴を売っているのは有名な話。これも市場のニーズを肌で感じるのが目的だという。

 いかに競争優位なビジネスモデルを確立しても、それを生かすのは現場だ。本部が現場を知らず、経営数値などマクロ的なデータの判断だけで全国一律的な統制や改善指導を行っても業績が向上しないのは、直近の外食大手の複数の例でも明らかだ。

 あらためて経営における「現場」の重要さが痛感される。

(文=福井晋/フリーライター)

編集部おすすめ