不動産経済研究所が2月19日に発表した「全国マンション市場動向(2014年)」によると、全国で販売されたマンションは前年比21%減の約8万3000戸で、2009年以来5年ぶりの減少となった。地区別では北陸・山陰地区以外は軒並み減少し、三大都市圏も首都圏は20.5%減、近畿圏は23.8%減、中京圏は26.8%減という結果だった。
そんな市場で、中堅ゼネコンの長谷工コーポレーション(以下、長谷工)が好調だ。長谷工の15年3月期第3四半期連結決算(14年4~12月)は、売上高が前期比16.6%増の4614億円、営業利益が同46.9%増の254億円となり、通期で3期連続の増収増益がほぼ確実となった。
長谷工といえば、不動産バブル崩壊の後遺症で1990年代は多額の有利子負債を抱え、経営危機に陥っていた会社だ。そんな同社が14年3月期には優先株を全額償還し、6期ぶりに普通株の復配を実現するなど、近年は好業績を続けている。なぜ復活できたのだろうか。
●発注者が受注者に頭を下げて頼む理由
昨年1月に行われた不動産業界の賀詞交歓会では、会場の一角で常識ではありえない光景が見られた。
「大手不動産会社の社長や副社長が、入れ替わり立ち替わり長谷工の大栗育夫社長(現会長)に近寄ってきて談笑し、『うちは長谷工さんが頼りですから』と一言かけて離れていきました」(不動産業界関係者)
不動産会社とゼネコンは発注者と受注者の関係だが、その主客が転倒していたというのだ。それも、大手不動産会社と中堅ゼネコンの間で、である。主客転倒の構図は、賀詞交歓会が終わっても変わらなかった。昨年の不動産業界では、秘かに長谷工に日参する不動産会社が多かったという。
その背景には、マンション建設工事の特殊事情があった。東日本大震災の復興需要、安倍政権による公共事業復活、都市再開発ブームなどに加えて、東京五輪開催決定による湾岸地区のインフラ整備加速である。
大手ゼネコン関係者は「施工能力はもう限界です。社内の技術者や協力会社の職人はもとより、他の作業者も足りない状況なので、新規工事は選別受注しないと現場が回りません」と語る。選別受注とは、「大型かつ採算のいい工事」を指す。つまり、昨今のゼネコンは受注をよりどりみどりの状況にあるわけだ。
一方、マンション建設工事はゼネコンにとってどうなのだろうか。前出のゼネコン関係者は「マンションは工事中の周辺住民や竣工後の入居者のクレームが多いのです。クレーム対応は建設コストの増加要因にもなるので、今はどの業者も受注したがりません」と語る。
実際、大手・中堅のゼネコンが受注するのは、都心のタワーマンション、駅前・都市再開発とセットの大型マンションなど、うまみのある工事ばかりだ。そして、郊外のマンションなどは敬遠する。
また、新築分譲マンションの販売価格は、基本的に立地周辺の「売値相場」に基づく土地価格と建設価格で決まるといわれている。不動産会社にとって、用地を仕入れた後の建設価格は「固定発注額」となる。
したがって、建設を受注した後は工事途中で建設コストが上昇しても、不動産会社が上昇分を受注額に上乗せしてくれることはない。ゼネコンにとっては採算の悪い工事になり、工事中になんらかのトラブルが発生すれば赤字受注になるリスクもある。
これも大手・中堅ゼネコンがマンション建設を敬遠する理由のようだ。「建設案件が断り切れないぐらいある今、わざわざマンションに手を出すゼネコンはいません」(同)というわけだ。
つまり、不動産会社がマンションを建てたくても、今は建設工事の引き受け手がいない。それが、冒頭のマンション減少の一因にもなっている。
そんな中、長谷工は「ゼネコン各社が『他の建設工事と比べて採算が悪い』と敬遠するマンション建設工事を、適正額で率先して受注する稀有な存在」(ゼネコン関係者)というわけだ。不動産会社が同社に日参するのも当然といえる。
長谷工は、14年の首都圏と近畿圏の新築分譲マンション建設工事で共に27.4%のトップシェアを誇る、マンション建設専業のゼネコンだ。68年のマンション建設参入以来、新築分譲マンション累積建設戸数は56万戸を突破し、こちらもトップシェアを保っている。この実績で培ってきた建設ノウハウが、採算が悪いといわれるマンション建設でも高収益を叩き出している。不動産会社が見積もった建設費を適正と判断すれば、ほぼ言い値で受注してくれる長谷工は、不動産会社にとっては不可欠の存在といえる。
●他社が追随できないビジネスモデル
採算が悪いといわれるマンション建設で、長谷工はなぜ高収益を上げられるのだろうか。これは、単純に受注量が多いというだけでは説明がつかない。同社OBの不動産業界関係者は「それは、独特の土地持ち込み営業と施工能力の高さにある」と説明してくれた。
まずは土地持ち込み営業だ。不動産会社に、この土地持ち込み営業をしているゼネコンは少なくない。だが、長谷工の場合は営業マン自らがマンション用地を仕入れ、その用地に見合ったマンションの事業計画と収支見積もりを添えて、用地を不動産会社に売り込むのが特徴だ。採用されると、設計込みで工事を特命受注する。
さらに、受注すると今度は子会社の長谷工アーベストが販売企画を持ち込んで不動産会社から販売を受託し、同じく子会社の長谷工コミュニティがマンション管理を受託する。つまり、同社の土地持ち込み営業は、マンション事業を一気通貫で一括受注する点で他のゼネコンと違っている。専業ゆえのビジネスモデルともいえ、それが高収益の源泉になっているのだ。
同社はこの土地持ち込み営業により、市場環境が厳しい時期でも首都圏で年間1万戸、近畿圏で5000戸をコンスタントに適正額で受注してきた。
前出のOBは「工事受注の営業だけであれば、競合になり受注額を叩かれるし、日参した挙げ句に発注を断られるケースも多い。
この土地持ち込み営業を陰で支えているのが、施工能力の高さだ。同社には、年間約1万5000戸のマンション建設を施工可能な協力会社が東西に揃っている。
その大半が、同社のマンション建設参入以来の付き合いで、しかもマンション建設専業だ。当然ながら、職人もベテランが多い。前出のOBは「長谷工は、コンスタントに年間約1万5000戸の工事を東西の協力会社に発注してきました。彼らにすれば『将来、仕事がなくなるかもしれない』という心配がありません。それが同社から離れなかった理由であり、経営が安定しているからこそ、職人も育成できたのだと思います。
●前途多難な次の成長戦略
足元の業績は好調だが、マンション建設の市場環境は厳しい。特に今後は、人口減少で新設住宅着工戸数減少が予測されている。例えば、野村総合研究所は14年7月に発表した「2025年の住宅市場」で「今後数年間は90万戸前後で推移するが、その後は漸減し、25年には62万戸になる見通し」と分析、「60万戸時代到来」を予測している。
そこで、長谷工が次の成長戦略に据えているのが「マンションストック事業」だ。同社は新築分譲マンション累積建設戸数56万戸に加え、同マンション管理受託約31万戸、賃貸マンション運営・管理受託約10万戸のストックを持っている。これらストックの補修やリフォームで成長していくというもくろみだ。前出のOBは「00年前後に建設した大型マンションの改修工事が増える時期に来ている」とも語る。
だが、マンションストック市場は不動産会社、ゼネコン、住宅メーカーなど住宅関連事業者の大半が狙いを定めており、競争の激しいレッドオーシャンだ。同社がこれまでのマンション建設事業で培った強みを生かし、この激戦市場でいかに勝ち抜き、高収益を上げられるのか。ゼネコン業界関係者の注目が集まっている。
(文=福井晋/フリーライター)