現在開催されている第87回選抜高校野球大会で、史上5校目の「夏春連覇」を狙いながらも準決勝で敗退した大阪桐蔭高校が「裏金」問題で揺れている。
大阪桐蔭は中高一貫の私学で、学校法人・大阪産業大学の傘下にある。
この裏金づくりと不正使用の中心にいたとされるのが、前校長の森山信一氏だ。関係者によると、裏金の使途はデパートの外商から購入していたエルメスなどの高級バッグやスカーフ、ゴルフ代、飲食代などで、中には100万円もするような高級ブランド品もあった。さらに、裏金から森山氏の口座に毎月50万円、その娘の口座に毎月30万円が振り込まれていたという。
同校の内実に詳しい学校法人の元役員がこう説明する。
「優秀な学生を大阪桐蔭中高に誘導してもらうために、主に学習塾経営者の接待に用いていたようです。森山先生は金にまつわる噂の絶えない人でもあったが、こんなに金まみれだとは思いませんでした」
さらに、こうも指摘する。
「学校出入りの建設業者などからバックマージンをもらっている噂も絶えず、自宅もその出入り業者が建設したようです。寮運営などで野球部へ出入りする業者も『打ち出の小槌』のようにうまく使っていました。野球部の西谷浩一監督は、教員でありながら森山先生の運転手のような存在でもありました」
●やらせ受験も発覚
森山氏は1988年から25年間、大阪桐蔭中高の校長を務め、同校を文武両道の私学に育てた実力者でもある。高校野球の強豪校であり、阪神タイガースの藤浪晋太郎選手や北海道日本ハムファイターズの中田翔選手らの母校としても知られると同時に進学校でもあり、関西の有名私立大学「関関同立(関西大、関西学院大、同志社大、立命館大)」や国公立大に多数の合格者を出している。
森山氏は2013年に発覚した「やらせ受験」の責任を取って教育相談役に退いていたが、隠然たる権力を持っていた。
昨年秋、学校法人と教職員労組の団体交渉の席で労組側が裏金の存在を指摘して問題が発覚、第三者委員会を設けて調査をしていた。大阪産業大では学校法人として、森山氏らに対して刑事告訴も検討するほか損害賠償も求めていく方針で、「大阪桐蔭会計処理問題対応委員会」を発足させている。また、この裏金問題を受けて大阪府は3月26日、大阪桐蔭中高への補助金を20%カットすることを決めた。
筆者も森山氏には何度か取材で会ったことがある。最初に会ったのが2009年だった。大阪産業大が元本保証でないリスクのある金融商品に手を出して資産運用に失敗して多額の損失を出した際、森山氏は校長と兼任で学校法人の運用担当の一人で副理事長だった。森山氏は、ある経営コンサルタントを通じて筆者に接触してきたが、その内容は「私に責任はなく、学内の権力闘争に利用されている」といったものだった。大手証券会社の担当者まで同席させ、自分に責任がないことを証言させた。
しかし、後になって、森山氏の言っていることや、証券会社の担当者の証言には嘘が多く、騙されて不快な気持ちになった。そもそも最初の取材で面談の場所に指定してきたのが、大阪市内の高級フランス料理店だった。
●保護者からの提訴も
この取材を契機に筆者は大阪産業大の学校法人としてのガバナンスに興味を抱き、取材して批判記事を書いてきた。資料や証言も多く集めた。「井上久男」「大阪産業大」で検索すれば多くの記事が出てくる。常に内紛が絶えない組織だったし、金銭にまつわる不祥事も絶えなかった。
例えば、法人内で不透明な調達システムを変えようとしたり、教育改革を展開しようとしたりした法人ナンバー2の常務理事・事務局長が次から次に解任された。中には「微罪」にもならないような言いがかりをつけて、事務局長を懲戒免職に追い込んだケースもある。その事務局長は名誉棄損と不当解雇で大学を提訴。裁判では和解したものの、事務局長側の事実上の勝訴で、学校側は懲戒処分を取り消し多額の和解金を支払い、謝罪文をホームページに掲載した。この裁判では、事務局長に対してハニートラップを仕掛けてほしいと大学側から依頼され、それを断ったことを示す陳述書を証拠として女子大生が裁判所に提出した。尋常な大学ではない。
さらには、改革派教員を追い出すネタを見つけようと、探偵事務所に素行調査依頼の費用として100万円も支払っていたり、学校のブランドイメージを高めるために副学長にベストドレッサー賞を取らせるための予算が計上されたりと、およそ大学とは思えないお金の使い方だった。
出入り業者から法人幹部への付け届けも多く、ある関係者によると、警備会社は盆暮れの時期には、法人役員には現金30万円をお中元やお歳暮として届け、突き返す人もいたが、平気で受け取る人もいたそうだ。
教育機関としても不適切で、たとえば経営学部に新設された「アパレルコース」では実学重視を掲げながら、入学前に約束した内容の授業ができないため、学生と保護者が学校法人を相手取って損害賠償の裁判を起こしたこともある。この裁判の背景にも、内紛によって実学を教える教員を追い出し、予定していた授業ができなかったことがある。
裁判になる前には、この問題にクレームを付け始めた親の職場に、大阪府警から学校法人に天下りしている元刑事を出向かせ、「これ以上騒ぐと娘さんの就職がどうなっても知りませんよ」と恫喝に近い行為にも出ている。
前述した「やらせ受験」に関して混乱の責任を取って大阪産業大学の本山美彦学長も辞任に追い込まれ、後任には法人創業者の孫である瀬島順一郎氏が再登板したが、教員から「リコール運動」を起こされる始末で、就任から1年も経たない14年6月6日付で辞職届を提出した。わずか1年間に学長が2人も任期途中で辞職する異常事態だった。
●望まれる文部科学省や大阪府による徹底した調査
14年は、法人トップの理事長である土橋邦芳氏(当時)と重里政司・常務理事事務局長(同)の激しい対立も顕在化した。法人運営の実務は事務局長が取り仕切っていたが、「増長した重里氏が独断で後輩の警察OBを職員に採用し始め、『俺が理事長代行だ』と言って土橋氏をないがしろにするようになったため、関係が悪化した」(法人関係者)そうで、職員の前で激しく口論することもあったという。重里氏は大阪府警で警察学校長などを務めた元警視正。定年後に天下ってきた。「横暴極まりなく、教育の場である学園を恐怖政治に陥れた張本人」(学校法人元役員)との指摘もある人物だ。
土橋氏との対立を生んだ理由は、09年に発覚した資産運用失敗の責任者の一人だった経営学部教授(運用当時は常務理事)の責任を問い、重里氏が理事長の決済印を勝手に押して5年後にもなった14年3月に突如懲戒免職にしたことだ。元常務理事は、今頃になっての解雇は「突然で不当だ」として大阪地裁に提訴した。
温厚な土橋氏もさすがに堪忍袋の緒が切れて、重里氏の常務理事職を14年4月25日付で解任、法人本部事務局サテライト事務局サテライト長に異動させた。この混乱のため、土橋氏は5月末に退任する予定だったのが任期を約1カ月延ばす異例の事態となった。
後任にはガバナンスの強化と改善のために、元検事総長で顧問弁護士だった土肥孝治氏を14年7月4日付で新理事長として迎え入れた。元検事総長を理事長に据えたことで、学園内の「浄化」は進むと見られ、今回の第三者委員会や大阪桐蔭会計処理対応委員会の設置など対処の動きは早い。
しかし、この学園の「闇」は深い。さらなる文部科学省や大阪府による徹底した調査が求められるだろう。
(文=井上久男/ジャーナリスト)